第30話 巣鴨地蔵通 質屋 2000円

「という訳なんだ」

 マラダイからいきなり迎えに来られ、「頼むから助けてくれ!」と懇願されたマリウスは、何だか訳のわからないままに『ダンユ商会』にいた。

「わん(日本では結婚するまで貞操を守るって、いつの時代だよ。テキトーなこと言うなぁ、あの占い師も)」

 相変わらず失礼な犬だな。実際そういう時代もあったわけだし、ルキーニ王国の奔放さに比べたら、それに近いであろう。

「ポムポム、話しの邪魔しないで」

「わん(それにさぁ、プロポーズは歌と踊り?あれか?俺が生まれ変わる前に日本で流行ってたフラッシュモブってやつか?)」


 うるさい犬を無視して、マリウスは話を進める。

「それで、日本という国から転移させた音楽で歌って踊れというんですね?」

「そうなんだ。でも、初めて見るものでこれが何なのか、どう使うのかさっぱりわからない」

「それで、アンナ様は僕に訊けと?」

「うん。マリウスはとても8歳とは思えないほど博識だから、使い方に思い当るはずだって言うんだ」

「わん(それってさぁ、俺たちが異世界で生まれ変わる前は日本人だって、あの占い師知ってるってことじゃねぇの?)」

 わんわん言う犬をため息交じりに見てから、マリウスはマラダイに言った。

「わかるかどうかは何とも言えませんが、まずそれを見せてください」


「うん、これだ」

 マラダイは丈夫な木箱に入れて大事に持ち帰ってきたCDとCDプレーヤーを、マリウスに見せた。

「わんっ(ぶっ!!!あはははは、このCDプレーヤー、質流れ品じゃねぇかっ)」

 マリウスは犬をじろ、と睨んだだけで、『巣鴨地蔵通すがもじぞうどおり 質屋 2000円』と書かれた値札をそっと外す。

「これが、その器具というやつですね。で、歌の方は?」

「うん、これ」

 マラダイが差し出したCDを見て、犬がまた大笑いする。犬のクセに笑い過ぎじゃ。

「わんっ(ぶはっ!あーはっはっは。ありえねぇー。普通、告白ソングって言ったら、アニメソングやアイドルの歌、いまどきのミュージシャンだろっ。それが…演歌だってぇ?あーはっはっはっは、く、苦しい…はははっはぁはぁ…笑い過ぎて死ぬ)」

 遠慮なく死んでいいぞ、犬よ。


「天城越え…石川さゆり、ですか…」

「マママ、マリウスはこの何だかわからない字が読めるのか!?」

「あ、ええと。ひ、ひなげしちゃんから日本語というのを、少し習ったので」

 マリウスでも、うっかりミスをすることがあるのじゃな。まぁ、いまは頭の中がひなげしへの恋心でピンク色のマラダイなら、誤魔化せただろう。

「わんっ(あはははは、しかも天城越えって、たしか不倫の歌じゃねぇの?そんな歌でプロポーズって、あははははっ。ひなげしがOKする確率はゼロだな。あーはっはっは!)」

「ポムポム。お前、今日はすいぶん元気だなぁ」

 マラダイが呑気にポムポムの頭を撫でる。

「わんっ(マラダイさん、この歌は情念の歌ですよ、怖~い女の歌ですよぉ。プロボーズ失敗してもいいんですか?)」


「とにかく、聴いてみましょうか」

 ため息交じりにポムポムを見てから、マリウスがCDプレーヤーについているボタンの一つを押す。すると、がこんという音を立ててふたが開いた。

「おおっ!」

 ふたが開いただけで感動するマラダイ。

 次にマリウスは、CDケースからCDを取り出してプレーヤーにセットする。

「電池が切れてないといいけど」

「でんち?」

「あ、いえ。何でもありません。じゃあ、スタート」

 スタートボタンを押すと、いかにも演歌っぽいイントロが流れはじめる。


 


 隠しきれない移り香が  いつしかあなたに染みついた

 誰かに盗られるくらいなら  あなたを殺していいですか

 寝乱れて隠れ宿 ~(中略)~ あなた…山が燃える

 くらくら燃える火をくぐり あなたと越えたい天城越え


 

 ふふふ、確かに不倫の歌、情念の歌じゃな。

 しかしこれが演歌、いや炎歌じゃ。いい歌じゃ。


「あのぅ…」

 聴き終わったマラダイが、遠慮がちにマリウスに言う。

「これ?」

 そうじゃ、これじゃ。何か問題でも?


「ま、まぁ。アンナ様がこれと言うなら、これでしょう。気に入りませんか?」

「い、いや。なんかさ、ずいぶんゆっくりした音楽だなぁって。それに少し重たいような…」

「わん(あはは、だって演歌だから。演歌ってそういうものだから)」

 犬が再び大うけして、転げまわっている。騒々しいぞ、しずまれ、黙れ、犬。


「でも、踊るのは簡単そうです」

 遠巻きに様子を見ていたリス3姉妹の長女ナルが、近づいてきて言った。

「それに、あああ~とかコーラスも入れやすいです」

 次女リスのニナも近づいてきて、そう言う。

「でも、なんかこう、こぶしを握りたくなりますね」

 末っ子リスのノワもそばに来て、ちっちゃなこぶしを握って見せた。

 良い感性をしておるではないか、ド天然リスよ。


「キミたちも、手伝うの?」

 マリウスが、小さな応援団に訊いた。

「もちろん!だってマリウスちゃま、これはマラダイ様の一大事だもの」

 長女リスのナルが、深くうなずく。

「踊りはあたしたちが得意だし。任せて、マリウスちゃま」

 次女リスのニナも、やる気満々だ。

「歌だって、ほら。はまぎ~あえ~~」

 天城~越え~~、じゃ。


「おお、ありがとうありがとう。それでこそ『ダンユ商会』の看板リス達だ」

 マラダイがリス達の小さな手を取る。

「じゃあ、早速、練習しましょうか!」

 マリウスが言った。

「よしっ!」

「「「がんばりま~す!」」」

「わん(俺も手伝うよ、俺も!)」

 お前は邪魔なだけだ。引っ込んでおれ、犬よ。



✵ ✵ ✵


 その頃、わしはダンユ家の豪奢な客用部屋の寝台で、ゆっくりとくつろいでおった。

「アンナ様、良かったですわ。数時間でお目を覚まされて」

「うむ。わしの占い師としての力は、年々増しているようじゃ。これが数年前なら、確実に3日3晩は気を失っていただろう」

「さすがですわ、アンナ様」

 わし専用のメイドとしてダンユ家が就けたのは、30代の良く気が利くセーラじゃ。


「パウラ様もサエコ様も、アンナ様が数時間で目覚められたと訊いて、そのお力の凄さに驚いております」

「そうか、そうか」

「そしてぜひ1週間と言わず、何週間でも何カ月でも、ごゆっくり療養され、ご滞在くださいませと」

「そうか、そうか」

「ところでアンナ様、ご昼食は何にいたしましょう?」

「そうじゃな。仔牛のフリカッセに野菜のキッシュ、ポワロ―のスープがよいかの」

「ワインもおつけしますか?」

「まだ陽の高いうちから酒というのは、さすがにの」

「旦那様から、貯蔵庫のワインはどれでも開けていいと申しつかっております」

「そうかそうか、では軽めの白と、フルボディの赤をグラスで1杯ずついただこうかの」

「かしこまりました」

 セーラは深々とお辞儀をして、部屋を出ていった。


「極楽、極楽。おーほっほっほ」

「ぶ~ん(アンナ様ぁ、いいですねぇ。ヴィもお裾分けいただきたいなぁ)」

「わかっておる。ジャムは3種類ほど用意させよう、ダンユ家のジャムはどれも高級品で絶品じゃからの。あと紅茶に入れるはちみつも、たっぷりもらってやるぞ」

「ぶ~ん(わ~い!やったぁ~)」


 こうしてわしは2週間ほど、三食昼寝つき、風呂つきマッサージつきの生活を堪能したのじゃった。

 もっといてやろうかと思ったが、やはり棲み慣れた我が家が一番じゃ。

 おーほっほっほ。

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