第29話 プロポーズは歌と踊りで

 日本という国の特殊な事情を知って、驚愕するサエコと違って、36歳おっさんはとくに驚く様子も見せない。

 ふふふ。しかしこれからする話を訊いても、呑気に構えていられるかの?


「ふ~ん。まぁ、どうせ俺は結婚するつもりだし、じゃあ早めにプロポーズしよっかな。その方が、堂々とひなげしと…でへへ」

 何を思ったか、いや思っていることは一つじゃろうが、マラダイの顔が一層いやらしくゆるむ。

 しかーし、絶倫男よ! 事はそう甘くはないぞ。

「そうじゃ、もう一つ大事なことを伝えておこう。日本ではプロポーズは、歌と踊りでするものと決まっているのじゃ」

「えっ!!!」

 どうじゃ。

 今度はマラダイも驚愕し、そしてサエコがやっと驚きから立ち直った。


「う、歌と踊りって…。俺、歌はともかく踊りは、禁欲と文章を書くことの次に苦手…」

「大丈夫じゃ。お前はひなげしのために不可能な禁欲にも果敢に挑戦しようとしたし、交換日記も何とか続けるという快挙を成し遂げたではないか。もっと自信を持て」

 しかし、マラダイは頭を抱えて嘆く。

「うわぁ~、何でこうも次々と試練がやってくるんだぁ」

「恋には試練がつきものじゃ。しかしそれを果敢に乗り超えてこそ、真実の愛にたどり着くことができるのじゃ」

 うん、いいこと言った。のぅ、ヴィ、そうは思わぬか?

「ぶ~ん(はいはい)」

 これ、なんじゃ。そのテキトーな受け答えはっ。

 おっと、話しがソレかけたな。


 とにかく、わしのありがたーい言葉に、マラダイがはっと顔を上げる。

「あ、愛…ひなげしの愛…。ひなげしの、真実の愛…」

 マラダイが感動したように、ぶるりと震えた。

「わかりました、東の森の占い師様!俺は必ず、ひなげしの真実の愛を得るのだ。そのためなら、何でもやるっ!そうだ、歌でも踊りでもバク転でもやってやるぞっ」

 その熱い決意は認めるが、最後のバク転は必要ない。アイドルでもない、ただの絶倫のおっさんに、わしもそこまで求めてはおらん。


「あの、アンナ様。日本という国は、だいぶ変わった国なのですね。ところでその歌と踊りというのは、いったいどんなものなのでしょう?」

 すっかり立ち直ったサエコが、そう訊いてきた。

「ふむ、良い質問じゃ。一番手っ取り早いのは、その歌を聴いてみることなのじゃが…」

「ルキーニ王国にも、その歌はありますか?」

「いや、ないな。日本独特の歌で、しかもその歌を聴くための特別な器具がいる」

 わしがそう言うと、マラダイがたいそうがっかりした顔をした。

「それじゃあ、プロポーズもできないじゃないですか」

「いや、一つ方法がある」

 そう言ったわしをマラダイが期待に満ちた眼で見、サエコが訊いた。

「アンナ様、それはどんな方法ですか?」

「霊玉の力で、時空を超えて、日本国からその歌と器具をルキーニ王国へ転移させるのじゃ」

「そ、そんなことができるのですかっ?」

「だ、だったらすぐにっ。占い師様、お願いしますっ!」

 まぁ、焦るでない、ドS妹と絶倫兄よ。


「しかし、当然それはわしにとっても簡単なことではない」

「それはそうでしょうとも、アンナ様」

「占い師様、そこをなんとかっ。か、金ならいくらでも払いますからっ」

 ふふふ、その言葉、後々まで覚えておれよ、マラダイ。

 だが、いまは…。

「金の問題ではないのじゃ。むしろ、わしの生命の危機が問題なのじゃ」

「それほど、大変なこと…」

 サエコが青ざめながら言う。


「もし、わしが霊玉の力を使って、日本という異世界からルキーニ王国へ、その歌と器具を転移させたとする」

「「はい…」」

「その場合、おそらくわしはその場で気を失う」

「「えっ!!!」」

 めずらしく、兄妹が揃って驚きの声を上げた。

「それから3日3晩、わしは眠り続けるであろう。その間に、誰か手厚く世話をしてくれる人間が必要じゃ。そして目覚めたとき、すぐに滋養の高い食べ物をとらなければ、生命が危ない。その後、ゆっくりと身体を温め清める風呂も必要じゃ。また、元通りに体力が回復するには、おそらく一週間はかかるであろう」

 わしは深刻な顔でそう言って、頭を振った。


「まぁ、アンナ様。それでしたら、すべて私にお任せください。何の心配もいりませんし、問題もございません。責任を持って、ダンユ家でアンナ様のお世話をいたします」

 サエコが自信たっぷりに、満面の笑顔でそう言った。

「なに、ダンユ家で?」

 わしは、確かめるようにサエコを見た。

「はい。母のパウラは、このヤルことしか頭にないマラダイが、やっと結婚したい相手を見つけたことを、心底喜んでおります。ですからマラダイの結婚のために、そこまでしてくださるアンナ様のためなら、どんなことも喜んで引き受けることでしょう。ダンユ家には教育の行き届いたメイドも、腕のいいコックも、お役に立てる多くの使用人もおります。どうか、むしろぜひダンユ家でお世話をさせてください」

 ふむ、これは予想以上に良い待遇が期待できそうじゃ。

「そうか、それなら安心じゃな」

 わしは大きく頷くと、マラダイを見た。

「お前もそれでよいか?」

「は、はいっ!もちろんです」

 マラダイが感激にうるうるしておる。気持ち悪いから、それは止めろ。


「それと、もう一つ伝えおくことがある」

「はい、何でしょう?」

 身を乗り出して訊くサエコにではなく、絶倫顔でうるうるしているおっさんにわしは告げた。

「よいか、マラダイ。わしが日本から、その歌と器具を転移させたら、その使い方をマリウスに訊くがよい」

「マリウスに?なぜですか?」

「おそらく、それはルキーニ王国では眼にしたことがないものだからだ。しかし、マリウスは8歳とは思えないほど博学じゃ。きっとその使い方に思い当るに違いない」

「ほ、本当ですか?」

「うむ」

「も、もし、マリウスでもその使い方がわからなかったら?」

「そのときは、わしが目覚めるまで待ちなさい」

「えええ~~!」

「ん?なんじゃ、何か不満でも?」

 わしはきろり、とマラダイを見た。

 ヒェッと首を縮めたマラダイを、サエコがパシィッツと引っ叩いてから慇懃いんぎんに頭を下げた。

「わかりました、アンナ様。すべて仰せのままに」


 ふふふ、出来た妹ではないか。感謝しろよ、マラダイ。

 さて、それでは召喚しようかの、CDとCDプレーヤーを。

 わしは懐から霊玉を、おもむろに取り出すと唱えた。

「さぁ、我が霊玉よ。いまこそ迷える愚かなおっさんのために、その力を存分に発揮するのじゃ。むはんじゃら、ほんじゃら、じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、ぽんぽこぽんのすっぽんぽん。大いなる神風よ、ルキーニ王国に向かって吹き荒れるのじゃ~、奇跡を起こすのじゃ~~!!!」

 わしの言葉が終わるか終わらぬうちに、霊玉がまばゆい七色の光を放ち、それが竜巻のように天井高く舞い上がる。眼が潰れんばかりの激しい光彩が辺りを一瞬で包み…。


 やがて。

 眩しさからつむっていた眼を恐る恐る開けたサエコとマラダイは、床に倒れているわしと、薄い四角い入れものに入った何か、そして丸っこくて表面がつるつるした白い何かを発見したのじゃった。

 おーほっほっほ。

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