第28話 ひと試練去って、また試練

 るんるんるんるん、るるるんるんっ。

 またも、36歳いい歳をしたおっさんが絶倫顔をだらしな~く崩して浮かれておる。

 

「ああ、ひなげし、早く仕事が終わらないかなぁ」

 このところ仕事帰りのひなげしをピックアップして、自宅デートを楽しむのがマラダイのマイ・ブームになっている。

 とは言っても、サエコに見られるとロクなことにならないので、サロン『ディーテ』からは少し離れたところに馬車を停めている。

「それに、そろそろいいんじゃないかなぁ」

 でへへ、とだらしない顔をさらにだらしなくイヤらしくしてマラダイが呟く。

 

 こらこら、取らぬ狸の皮算用をしていると、後で痛い目にあうぞ。気をつけるのじゃ。


 そのとき、絶賛妄想中のマラダイが乗る馬車に近づく影が…。

「ちょっと、マラダイ!こんなところで、何してんのっ?」

 サエコであった。

 ほれ、見ろ。

「うげぁっ、サ、サエコッ」

「ちょっと、失礼ね。うげぁって、何よ!」

「いい、いやいや。と、突然で驚いただけだ」

 ふん、と鼻で笑ってからサエコは言った。

「ちょっと顔かしなさい、マラダイ」

「え、あ、いや。おお、俺はいま、ちょっと待ち合わせをしていて」

「知ってるわ、ひなげしでしょ?大丈夫よ、ひなげしには少しマラダイと話があるからって言ってあるわ」

「え~~~、そんな勝手に…」

「四の五の言うんじゃないわっ。顔かすのが嫌なら、お母様の所に引っ立てるまでよっ」


 問答無用でサエコに馬車から引っ張り出されたマラダイは、そのままローランが経営するレストラン『マルデアポ』へ連行された。

「イヤだイヤだイヤだイヤだ」

 レストランについてからも席につくことを抵抗するマラダイを、コーヒーを持ってきたローランが慰める。

「さぁさぁ、マラダイさん。温かいコーヒーでも飲んで。大丈夫ですよ…たぶん」

 たぶん、とはあまりアテにならない慰め方じゃのぅ。


「いいからっ!覚悟を決めて座りなさいっ!」

「…はい」

 ふんぞり返って座るサエコの前にも、コーヒーを置くローラン。

「訊きたいことは一つよ。ひなげしともう、そう言う関係になったの?」

 さすがのサエコも、母上のパウラ様ほど単刀直入ではないらしい。

「へ?」

 間抜け顔で訊き返し、サエコの怒りを買うマラダイ。

「だからっ!もうヤッタのかどうかって訊いてるのよ!」

 おやおや、やはり母娘じゃな。

 単刀直入の問いに、マラダイはらしくなくモジモジしながら答える。

「いや、だって、ほら。ひなげしは、まだ何にも知らないし、初心うぶで純粋だし。日本から来たばかりの異世界人だし、ルキーニ王国にやっと少しずつ慣れてきているところだし。ここは、やっぱり時間をかけて…」

「はぁ?アンタが、このマラダイが、時間をかけるですってぇ?」

 サエコがくわ、と眼をく。


「それに…俺、ひなげしが大事だし。ガッツいて嫌われたくないし、余裕がある大人だって思われたいし」

 ヤルことしか頭にない絶倫男かと思ったら、本気で恋をすると嫌われたくないなどと意外に可愛い思考に走るらしい。

 おーほっほっほ。


 しかしサエコは、顔を赤くして照れる36歳おっさんの兄を、まるで気色悪いものでも見るような眼で一瞥いちべつする。

「キモイ!」

「大切に大切に扱いたいし」

「げろっ!」

「俺の初恋だし」

「熱あんの?」

「ああ、そうかもしれない。ひなげしのことを想うとこの胸が熱くなって、躰も熱くなってギンギンに…じゃなくて熱に浮かされたような気分になるんだ」

 いい年をして初めて恋した中二のような事を言う絶倫の兄に、サエコは盛大にため息をついた。


「とにかく、お母様からの命令を伝えるわね」

サエコは居ずまいを正すように椅子に腰かけ直すと、パウラ様そっくりの美しい顔と眼光鋭い眼で言い放った。

「好きになったなら、まずヤリなさい。そして躰の相性を確かめなさい。もし相性がいいなら、すぐにでも結婚して子供をバンバンつくってわたくしを安心させなさい。以上」

「あ、相性とかなら大丈夫だから。俺、大概の女は満足させられるし、俺もヤリたいだけヤレれば満足するから」

 さすが、本来は絶倫のヤリ放題男。


「きぃいいい~~~~!とにかく、早くヤリなさいよっ!結婚しなさいよっ」

「え~~~~、だって恋人同士の時間を楽しむのもいいもんだって最近わかったからさぁ」

 わかるのが遅すぎじゃ、ある意味。

「ふぅ~~~っ!とにかく、ヤレっ!!」

 能天気な発言をする兄に、猫のように毛を逆立ててサエコが迫る。

「もちろん、ひなげしとは結婚するつもりだよ?だってもう、他の女なんて考えられないから」

「ヤッテもいないのに、どうしてそんなことが言えるのっ?」

「だって俺、本当の恋に目覚めちゃったんだもんっ」

 そう言って、てへ、と照れるマラダイがもの凄~く気持ち悪い。


「…もん、って。気持ち悪い…」

 同感じゃ。

「だけど、ひなげしのことが遊びじゃないのはいいことだわ。あたしだって、ルキーニ王国の奔放さに戸惑い続けているあのに、悲しい思いはしてほしくないもの」

「まぁ、そろそろ頃合いかなって、実は思ってるんだけどね」

 にまぁ~と笑うマラダイに、そろそろ冷や水を浴びせるときじゃな。



「ふふふ、そうは問屋が卸さないようじゃぞ。ズズズズズ~~~、はむはむはむ。うむ、旨いな、このスコーンは」

 『マルデアポ』の厨房から勝手に失敬した紅茶とスコーンを隣の席で食べながら、わしは言ってやった。

「ぐげぇっ!ひ、東の森に棲む占い師っ!」

 こら、マラダイ。ぐげぇ、は失礼じゃ。

 それと「様」をつけよ、「様」を。いくら驚いたからと言って、呼び捨ては失礼じゃ。

「こ、これは、アンナ様。いつからそこに?」

 サエコの方は、驚きを瞬時に美しい微笑みの裏に隠す。

 兄と違ってさすがじゃの。

「ふむ、さっき来たばかりじゃが、話はだいたい理解した」

 なぜ?という疑問形がマラダイとサエコの顔に浮かんでいるが、気にしないのだ。

 なにせ、わしは何千年のときを生きる占い師じゃからの。

 おーほっほっほ。

「ぶ~ん(アンナ様ったらぁ。それ、ヴィのお蔭でしょ?)」

 わかっておる。

 このスコーンにつけるジャムが絶品だから、後でたんまりもらってやろう。

「ぶ~ん(わ~い!)」


「あ、あの。アンナ様?」

 おっと、話しを戻そう。

「なんじゃ、サエコ?」

「そ、その。先ほどおっしゃった、そうは問屋が卸さないとは、どういう意味でしょうか?」

 サエコが訊ねてくる。

「ふむ、日本という国はの」

「は、はい」

 ごくりと唾を飲んで、わしの次の言葉を待つサエコとマラダイ。

「結婚するまで、女性は貞操を守る国なのじゃ!」

 厳かにわしは、そう伝えてやる。

「ええええ~~~!しょ、処女のまま結婚するということですかっ?」

 さすがのサエコも、今度は椅子から落ちそうなほど驚いている。

「そうじゃ」

「じゃ、じゃあ、もし結婚してからヤッテ、躰の相性が合わなかったらどうするんですか?」

「それは当人同士が努力をする。互いに協力しあって愛を育むのじゃ」

「せ、せめてSかMかを確認しておかないと、努力では埋められないものがあるのではないでしょうか?」

 サエコの話は、具体的にしてかたよっておるな。

「ほとんど大多数の男女が、SでもMでもなく中間だと思うぞ。まぁ、必要とあれば確認するのも良いことじゃが、おおむね大っぴらな性の話は日本ではタブーとされておる」

 そう言うと、サエコは口をあんぐりと開け、驚愕したのだった。

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