第27話 もう一つの恋物語

 その頃、領主館の門の前に停められた馬車の中にいるひなげしは…。


「あれ、ひなげしちゃん。今日も出張施術?」

「わん(おー、ひなげしっ。久しぶりっ!)」

 マリウスと犬、じゃな。


「あ、こんにちは。マリウスちゃん、ポムポム」

 ひとりと一匹に気づいたひなげしが、馬車の中から出てくる。

「いまから帰るの?」

「ええ。でもサエコさんを待っているの。ミーナ様とお話があるからって」

「ふぅん、そうなんだ」


「わん(ひなげし、ひなげしっ。その後、マラダイさんと交換日記続いてる?)」

 しっぽをぶんぶん振りながら興味津々で訊いているが、何度も言うが通じておらんからな、犬よ。

「どう、最近マラダイさんとは?」

 代わりにマリウスが遠回しに訊く。

「え?」

 すぐさま、ぽっと恥じらいに頬を染めるひなげし。

「わん(ま、まさかっ!?)」

 ポムポムの言いたいことがわかったマリウスは、犬を軽く睨むと訊いた。

「交換日記、続いてる?」

 こく、とうなづくひなげし。

「デートとか、してるの?」

「この間、初めてマラダイさんのお家に行ったの」

「わん(ななな、なんだってぇ!じゃあ、もうっヤッチャった?)」

 興奮するでない、見苦しいぞ、犬よ。


 不細工な犬が何を言っているかわからないひなげしは、わんわん言ってくる犬の頭を撫でながら無邪気に続ける。

「それでね、とっても可愛いリスさん達に会ったの」

「ああ、ナル、ニナ、ノワの3姉妹だね?」

「まぁっ!マリウスちゃんも知ってるの?」

「うん」

「わん(俺も知ってるぜぇ。末っ子のやつが、天然なんだよな)」

 余計なことは言わんでよろしい、犬よ。


 それからひなげしは、マラダイの家でどんな風に過ごしたか、どんなに楽しかったかを、サエコたちに語ったのと同じようにマリウスにも訊かせた。

「わん(ってことは、まだヤッテない…。うわぁ、あの・・絶倫のマラダイさんが…我慢してるんだろうなぁ。可愛そうに)」

 犬のお前に可哀想だと思われるほど、マラダイも落ちぶれてはおらんと思うぞ。


 そこへ、ミーナ様との話しを無事に終えたサエコがやってきた。

「あら、マリウス」

「こんにちは、サエコさん」


「サエコさん、ミーナ様とのお話は無事終わったんですか?」

「ええ、終わったわ。そうだ、ひなげし。先に馬車に乗っていて」

「はい」

 素直に、また馬車の中に戻るひなげし。

 それを見届けて、サエコはマリウスの肩に手を置くと、小声で言った。

「今日で、恐らく出張施術はおしまいよ」

「どうしてですか?」

「ミーナ様にお伝えしたの。ひなげしとマラダイのこと」

「それで、母は?」

「まあ…最後には諦めてくださったわ」

「そうですか」

「わん(何なに?俺にも教えろよ)」

 いいから、部外犬はひっこんでおれ。


「だからジュリアス様の恋が、上手くいくといいわね」

「知ってたんですか?」

 マリウスが驚いたように、真っ赤な唇の口角を上げたサエコを見た。

「ジュリアス様とベッティを見ていればわかるわ。いろいろ障害はあるかもしれないけど、好きな相手と結ばれるのが本当は一番いいのよ」

「はぁ…」

 マリウスが曖昧にうなづく。

「領主の後継者だって、ここにもうひとり、とても優秀な頭脳を持った息子がいるじゃない」

 サエコはそう言うと、マリウスにウインクして見せた。

「いや、僕は…」

 戸惑うマリウスを誤解したサエコが続ける。

「大丈夫よ、すぐに大きくなるわ。あと10年もしたら、立派な後継者として誰もが認めざるを得ないような青年になるわ」

「いや、そう言う意味では…」

 マリウスが小さく言いよどんだのを、サエコは気にも留めなかった。


「わん(このドS女は、俺たちが前世の記憶がある異世界転生組だって知らないからなぁ。元異世界人が領主って、ありなのか?)」

「あらぁ、なあに?ポムポムも、次期領主様の愛犬になりたいの?」

「わんっ(おっ、それいい!モテそうだぞっ。元異世界人が領主って全然ありあり!)」

 現金じゃのぅ。しかも、モテそうだと?

 おい、お前は自分が不細工だということをすっかり忘れておらんか?犬よ。


「さあ、もう帰らなきゃ。じゃあまたね、マリウス、ポムポム」

 サエコはそう言って、馬車に乗った。

「またね、マリウスちゃん、ポムポム」

 ひなげしが馬車の窓から顔を出して、マリウスと不細工な犬に挨拶をした。

「うん、マラダイさんによろしく」

「わん(ひなげし、頑張れよー。マラダイさんの絶倫っぷりを、頑張って受け止めろー!)」

 だから余計なお世話じゃ、犬よ。



✵ ✵ ✵


 その頃、領主館の庭にしつらえられたガゼボ洋風あずまやの中では。

 人目を偲んで、もう一組の恋人たちが愛を育んでおった。


「ジュリアス様、よろしいのですか?今日もサロン『ディーテ』から、あの方が出張施術に来ているのでしょう?」

 ジュリアスの肩に小さな頭を乗せたまま、ベッティが訊く。

「僕とふたりのときは、僕のことだけ考えていればいいんだよ。ベッティ」

「でも…」

 言いよどむベッティの両肩を摘んで、うつむき加減の顔を覗き込みながらジュリアスが言う。

「ベッティ、僕の気持ちは決まっている。もうずっと前から」

「でも…ミーナ様は、あのひなげしさんがよろしいんでしょう?」

「僕の気持ちは、彼女にはない。彼女の気持ちも、僕にはないよ」

「そうでしょうか?」

 不安気に瞳を曇らせながら、ベッティが眼に涙を浮かべる。

「そうだとも。彼女だって、仕事で呼ばれて仕方なく来ているのさ」

「でも…ジュリアス様はとても素敵だし、いつか好きになるかもしれない」


 小さな肩を震わせているベッティを優しく抱きよせながら、ジュリアスはその額にキスをした。

「素敵と言ってくれてありがとう。嬉しいよ。でも、そう言ってくれるのはベッティだけでいい。待っていて、必ずキミを…」

 そう言うジュリアスの言葉を遮るように、ベッティはその腕から逃れた。

「やっぱりだめです、ジュリアス様。世間が許さないわ、次期領主様がこんな身分の低い、学もない…」

「身分なんて、世間なんて、そんなことを気にしてはいけない。僕らは幼い頃から、兄妹のように育ったんじゃないか。それにベッティが本当は頭が良くて、独学で薬草のことなんかを学んでいるのを僕は知っている」

 ジュリアスは熱い視線と言葉で、ベッティに語りかける。

「でも、アサムド様とミーナ様は、絶対にお許しにならないわ」

 ベッティがジュリアスの視線を避けるように横を向くと、淋しそうにそう言った。


「ベッティ、僕らはもう、許されないことをしてしまったじゃないか」

「それはっ…」

「もう、僕らは一心同体で同罪さ」

「ダメよ、ジュリアス様。わたしさえ、黙っていれば…」

 ベッティが再び自分を抱き寄せたジュリアスの両腕から逃れようとするが、今度はジュリアスはそれを許さない。

「僕は領主の座なんて、興味が無い。それよりベッティと一緒に薬学や医学を極めたい。ねぇ、ベッティ、ウチには僕より領主向きの賢い弟がいる。マリウスが継いだ方が、いいと思わないかい?」

「それは…マリウス様はとても8歳とは思えないくらいの秀才でいらっしゃるけど。でも、本当にそれでいいのですか?ジュリアス様は」

 くい、と右手でベッティの小さな顎を掴むと、ジュリアスは言った。

「可愛いベッティ、キミがいれば僕はなにもいらない。さぁ、また秘密の小屋で、可愛い声を訊かせておくれ?」

「あ、ぃや…」

 突然ジュリアスに右耳をまれたベッティが、愛らしい声を上げた。


「ぶ~ん(へぇ。奥手に見えて、ジュリアス様もヤルことヤッテるんですね)」

 まあな、純潔そうに見えて、やはりルキーニ王国の男じゃからの。

 さぁて、ジュリアスとベッティの道ならぬ恋の行方は、どうなるじゃろうのぅ。

 おーほっほっほ。

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