第25話 リス3姉妹の歓待

 2階へ案内されたひなげしは、結構広いリビング・ダイニングのテーブルに、お茶とお菓子が用意してあるのを見た。

「まぁ、これリスさん達が?」

「はい!ひなげしさんを歓迎するためです!」

「紅茶はミルク?それともレモン?」

「サンドイッチにチェリーパイ、シュークリームもありますよ!」

 ほぉ、おいしそうじゃ。

 リス三姉妹も心なしか、張り切っているように見える。


「さぁ、ひなげしちゃん。こっちへ」

 マラダイも嬉しそうにエスコートする。

 テーブルには花も飾られ、色とりどりのお菓子とともに華やかにセッティングされていた。

 長女リスのナルが、自分の身体ほどもあるティーポットを持ち上げてお茶をカップに注ごうとするのでひなげしは慌てた。

「あ、大丈夫?」

「大丈夫です。あたしたち看板リスは、見た目よりずっと力持ちなんです」

 次女リスのニナがそう説明する。

「このリス達は、特別な訓練を受けていてね。『ダンユ商会』に代々使える由緒正しい看板リスなんだ」

 マラダイがそう教えてくれる。

 ひなげしが驚いたり感心したりしているうちに、末っ子リスのノワがそれぞれの前にティーカップをサーブしていった。


「ひなげしさん、サンドイッチは召し上がりますか?お菓子はどれがいい?」

 また自分の身体ほどもある銀のトングを手に、次女リスのニナがそう訊く。

「どれもおいしそうで、迷ってしまう…」

 ひなげしも女の子じゃの。甘いお菓子を前に、顔が嬉しそうに輝いている。

「このスモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチは、マラダイさんの大好物ですよ」

 長女リスのナルがそう言う。

「そうなんですか?」

 ひなげしが隣に座ったマラダイを見て、そう訊く。

「うん。とってもおいしいから、ひなげしちゃんも試してごらん」

「はいっ!」

「じゃあ、スモークサーモンとクリームチーズのサンドイッチ。お菓子は?」

 末っ子リスのノワが、サンドイッチをお皿に取り分けながら訊く。


「シュークリーム…弟のまきが大好きだった…」

 ひなげしが思い出したように、しんみりする。

「弟がいたのか、ひなげしちゃんには」

 懐かしむような表情になったひなげしに、マラダイが優しく訊ねる。

 こく、とうなずくひなげし。

「思い出させてしまったか…」

 マラダイの呟きに、リス3姉妹が慌てて謝る。

「「「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」」」


「ち、違うの。懐かしいなって思っただけで、むしろ嬉しいの。だからシュークリーム、くださる?」

 小首をかしげて、ひなげしが愛らしくお願いした。

 自分にお願いされた訳でもないのに、再びずっきゅ~んとなり、ガタンと椅子から立ち上がるマラダイ。

「すすす、すぐにシュークリームをっ。おおお俺がっ」

「もう、マラダイ様は座っててください」

 長女リスのナルが、そうたしなめる。

「マラダイ様は、何がいいですか?」

 ひなげしのときよりぞんざいに、次女リスのニナが訊ねた。

「おおお、俺はひなげしと同じものをっ!ももも、もちろんっ」


「ぶ~ん(初恋、中二レベルですねぇ、アンナ様ぁ)」

 ヴィの言う通りじゃな。落ち着け、おっさん。


「リスさん達は、何が好きなの?」

 ひなげしが訊ねると、リス3姉妹は口を揃えた。

「「「この、胡桃くるみ入りケーキですっ!」」」

「まぁ、可愛い」

 正直なその言い方が可愛らしすぎて、ひなげしは鈴の音が転がるような声で笑った。

「ひなげしちゃんは、笑い声まで可愛いな」

 デレデレになったおっさんが、ケーキよりも甘い声でそう言う。

「え、い、いやだっ!恥ずかしっ」

 訊いているこっちが恥ずかしくなるような、ラブラブっぷりじゃな。


 長女らしくおっとりと優しいナル、乙女チックな次女リスのニナ、ときどき天然をかます末っ子リスのノワ達を交えての賑やかなティータイムに、ひなげしはそれはそれは嬉しそうだった。

「ああ、こんなに楽しいのはルキーニ王国へ来て、初めてかも」

「それは良かった」

 マラダイも嬉しそうにそう言う。


「ねぇ、ひなげしちゃん。夕食も食べていくでしょう?」

 初対面の緊張がすっかりなくなって、「さん」から「ちゃん」づけに変わった長女のナルが言う。

「絶対、一緒に食べましょうよ。夕食も腕によりをかけてつくるからっ」

 次女リスのニナも、ひなげしがたいそう気に入ったようじゃ。

「帰さないっ、帰さないっ!」

 末っ子リスのノワに至っては、ひなげしの腕を掴んで振りながらそう言う。


「どうだろう、ひなげし。リス達もこう言っているし、夕食も一緒に食べておいで?大丈夫、遅くなってもアパートまで俺が送るから」

 おぅ、いつの間にかマラダイもちゃっかり「ちゃん」づけから呼び捨てになっておる。

 まぁ、それだけこの短時間で親近感が増したということじゃろう。

 ひなげし、と言うときのおっさんの嬉しそうな顔ときたら。

 鼻の下が盛大に伸びておるな、おーほっほっほ。


「いいんですか?そこまで甘えて」

「もちろんだ。ちっとも甘えてなんかいないぞ。むしろそうしてくれたら、俺も嬉しい」

「じゃあ、夕食づくり、あたしにも手伝わせてください!」

 ひなげしがそう言うと、リス達が歓声を上げる。

「「「きゃほー、やったぁ。決まり~、決まり~!!」」」


 それからリス3姉妹とひなげしはキッチンに移動し、マラダイもその隅に椅子を置いてデレデレとだらしな~い顔でひなげしが料理する様子を見ていた。

 ひなげしは、ここでもリス達が自分の身体よりも大きな鍋を火にかけたり、まな板の上で食材を切ったりする様に驚いた。

「本当に凄いのね、リスさん達は」

「「「はいっ!だって由緒正しい看板リスですから!」」」

 どうやら道具類は軽量にできているらしいが、それでも肉や野菜が入った鍋は重いはずだ。


「ひなげしちゃん、お芋の皮をむいてください」

「はい、ナルちゃん」

「ひなげしちゃん、このラムのシチューはマラダイ様の大好物なんですよ」

「まぁ、そうなの?ニナちゃん、つくり方、覚えたいわっ」

「このラオクという野菜は生でも、煮ても炒めてもおいしいんです。それに精力増強に抜群の効果がありますっ!」

「そ、そうなの?ノワちゃん」

「ぶっ!」

 ↑マラダイが吹いた音じゃな。


 まぁ、それでもリス3姉妹とひなげしが楽しそうに料理する様子は実に微笑ましく、マラダイの鼻の下は伸びっぱなしだった。

 やがて出来上がった料理をみんなで食べる頃には、リス達とひなげしはとても仲良しになっていた。

 マラダイはひなげしがつくってくれたと思うと、感激で震えるらしく若干ぼろぼろこぼしながら「おいしい、おいしい」を連発。

 リス達は口々にひなげしにルキーニ王国や『ダンユ商会』について話し、その間に食べるので忙しい。

 ひなげしは一気にいろいろな情報を得て、納得したり驚いたりしている。


「まぁ、リスさん達はお料理だけじゃなくて、『ダンユ商会』のお仕事もしているのね?」

「はい、看板リスと言っても、ただお客様をお迎えするだけじゃないんです」

 長女リスのナルが、そう言って胸を張る。

「在庫管理も、帳簿つけも、薬の材料発注もあたしたちの仕事です」

 次女リスのニナも、誇りを持って答える。

「それに、すぐにさぼって女漁おんなあさりに出かけようとするマラダイ様のお尻を叩いて、ピンキーノの在庫が十分足りるようにするお役目もあります」

 ノワが真面目くさった顔で、そう言った。

「ぶっ!げほっごほっ!」

 ↑マラダイが吹いて、ついでに喉に食べ物を詰まらせた音じゃな。汚いのぅ。


「お掃除やお洗濯は?」

 さらに、ひなげしが訊く。

「それはちょっと難しいので、1日おきにお手伝いさんが来ています」

 長女リスのナルが、そう教えてくれる。

「食材のお買い物は、どうしているの?」

「それもあたし達には難しいので、欲しいものを書いたメモをマラダイ様に渡してお店に届けてもらいます。そうすると、お店から食材が届くんです」

 次女リスのニナがそう言い、マラダイがうなずく。

「そのほかに、調味料とかパンとかが足りなくなると、マラダイ様が買ってきてくれるんです」

 末っ子リスのノワが言った。

「まぁ、マラダイさんは、優しいのね」

「ぶっ!ぼっ!」

 ↑ひなげしの褒め言葉に、マラダイが吹いて顔を赤くした音じゃな。



✵ ✵ ✵


「「「いやーだー。もう帰っちゃうのー。泊まってってぇ~~~!!!」」」

 リス3姉妹がめずらしく、我儘を言っておる。

「こらこら、約束だろう。もう、ひなげしは帰る時間だ。明日は仕事もあるのだから」

「「「…しゅんっ」」」

 しょげながらも、仕方なくひなげしを掴んでいた手を離すリス3姉妹。

 しっかりしているように見えて、こんな子供のようなところもあるのじゃな。

「ごめんなさいね。ナルちゃん、ニナちゃん、ノワちゃん。でも、また来るから。またお料理を教えてくれる?」

 ひなげしにそうお願いされて、ちょっと元気になったリス達が答える。

「はいっ。今度は一緒にケーキをつくりましょう?」

 と長女リスのナル。

「日本のお料理も教えてっ!」

 次女リスのニナが、両手を組み合わせてお願いする。

「あたしは得意料理の、魚の香草蒸し焼きを教えるわっ。これ肉食派のマラダイ様も大好物の料理で、食べるとちが抜群になるそうですっ」

「げ、げほぉおおお!!!」

 ↑末っ子リスのノワの言葉に、マラダイが激しくむせた音じゃな。


 まあとにかく、そんなこんなで、ひなげしはマラダイと共に再び馬車に乗った。


「今日は、本当にどうもありがとうございました」

「うん、楽しかったか?」

「はい、とっても!」

「リス達がはしゃぎすぎて、悪かったな。でも、彼女たちがあんなに楽しそうにしているのを見たのは初めてと言ってもいい」

「あたしも本当に楽しかったです!あの…マラダイさんは?」

「もちろん楽しかったさ。ひなげしを見ていられるだけで、幸せだった」

 歯の浮くような言葉を、さらっと言うマラダイ。

「ホント?」

「ああ、ホントだとも」

 真っ赤になったひなげしを見て、自分も真っ赤になったマラダイが何やら躊躇ちゅうちょしたあげく、ひなげしの頭にそっとキスをした。

「!!!」

 驚きの表情を浮かべて、いっそう真っ赤になるひなげし。


「ぶ~ん(恋したおっさんは、節操もでてくるんですねぇ、アンナ様)」 

 そうじゃな、2分で口説き3分後にはヤッテいる絶倫が、こうも変わるとは。


「ひなげし、また会ってくれるね?」

「はい…」

 小さな小さな声で恥ずかしそうに答えながら、ひなげしは大きく何度もうなずいた。

 やがて馬車がひなげしのアパートの前に着き、マラダイはもう誰に見られてもかまわないと思ったのか、ひなげしの姿が扉の中に消えるまで見送った。

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