第24話 初めてのおうちデート

 るんるんるんるん、るるるんるん。

 36歳のおっさんが、いい歳をして見苦しいほど浮かれておる。


 今日はひなげしが、マラダイの家兼仕事場である『ダンユ商会』を訪ねる日だ。

 馬車で迎えに来たマラダイは、ひなげしのアパートから少し離れた小径こみちで待ち合わせをした。ジェシカや自分の知り合いなどに運悪く見られでもしたら、後で何を言われるかわかったものではないからの。

 

「マラダイさ~ん!」

 マラダイの姿を見つけたひなげしが、遠くから嬉しそうに手を振っている。

「ひ、ひなげしちゃんっ!」

 それに気づいたマラダイも、嬉しそうに両手をぶんぶん振る。

 まるで初々しい高校生カップルの様じゃの。片方はいい歳をしたヤリ〇ンのおっさんじゃが。


「ごめんなさい、お待たせしちゃって」

 ひなげしが健気にも小走りで近づいてきた。

「い、いや。そんなことは全然ない」

 そうじゃな。勝手にお前が30分も早く来ただけで、ひなげしだって5分前じゃ。


「か、可愛い」

 ひなげしを一目見て、思わずそう呟くおっさん。


 今日のひなげしは、このむすめにしては少し大胆なオフショルダーの白いサマーニットに、水玉模様のブルーのミニスカート。すらりと形のいい生足の右足首には、小さなジルコニアがついたアンクレットをしている。

 サエコがカットしてくれた前下がりボブの髪は、ひなげしの小さな顔の周りに緩くウェーブを描き、とてもよく似合っていた。黒髪じゃが、日本人にしては少し茶色のようじゃな。


「か、可愛い」

 そんなひなげしを見て、もう一度そう言うと、マラダイはぽっと顔を赤くした。

 マジで恋するおっさんが、ここにいた。

「そんなっ。マラダイさんこそ素敵です」

「すすす、素敵!?」

 頬を染めて可愛らしいことを言うひなげしに、もうマラダイはメロメロである。


 まぁ、もともとマラダイは結構イケメンなのじゃ。背は高いし、筋肉質でガタイはいいし、髪はブロンドの短髪で日に焼けた彫りの深い顔によく似合う。眼も大きくて、絶倫らしく鼻も大きい。ちょっと濃い顔立ちじゃが…。

 また、声がいい。低めのバリトンで、なかなかセクシーじゃ。

 わしでもこれくらい長所を上げることができるのに、マラダイの父母妹は何を見てきたのだ。ま、どうでもよいことじゃが。


「さあ、馬車に乗って」

 マラダイが36歳のおっさんらしく、21歳の若いひなげしをエスコートする。

「はい、ありがとうございます」

 差し出されたマラダイの手を、恥じらいながらそっと取るひなげし。


「ぶ~ん(初々しいですねぇ、あの・・マラダイさんがいい人に見える)」

 ははは、悪いやつではないのだぞ。ただ見境のないヤリチ○なだけで。


「リスさん達に会えるのが楽しみです」

 馬車に乗って、隣りに座ったマラダイを恥ずかしそうに上目使いで見ながら、ひなげしが言う。

「ああ、彼女たちも楽しみにしている」

 マラダイも嬉しそうに、そう答えた。


 10分ほどで、馬車は『ダンユ商会』へ到着した。

 馬車から降りたひなげしは、想像していたよりも立派な店構えに驚いた顔をした。

「うわぁ、歴史を感じる立派な建物」

「いやぁ、それほどでもないよ」

 褒められたマラダイが、嬉しそうに鼻の下を伸ばす。

「でも、ヨーロッパの伝統的なお屋敷みたい」

「よーろっぱ?」

「あ、ごめんなさい。日本とはまた違った異国のことです」

 そうか、と頷いて、マラダイは『ダンユ商会』のドアを開けてひなげしを中へといざなった。


「まぁ!」

 中へ入るなり、ひなげしが感嘆の声を上げる。

 眼の前に、リス3姉妹がちょっと緊張した面持ちでカウンターの上に並んでいたからだ。


「は、初めまして。長女リスのナルです!」

 真っ白い毛に覆われたナルが、ピンクのエプロンの両端を持って優雅にお辞儀をした。

「いらっしゃいませ、次女リスのニナです!」

 グレーの毛並みのニナも、同じようにピンクのエプロンの両端を持って、ちょこんと可愛くお辞儀をする。

「お会いできて嬉しい!末っ子リスのノワです」

 真っ黒な毛並みのノワもピンクのエプロンの両端を持ったが、緊張したのかぴょこたんとゼンマイ仕掛けの人形のようじゃった。


「まぁっ!なんて可愛らしいの。ナルさん、ニナさん、ノワさん、初めまして。麻倉ひなげしと申します」

 ひなげしは、丁寧に深々とリス3姉妹にお辞儀をした。


「ひ、ひなげしさんも、可愛いっ!」

 礼儀正しいひなげしに、ナルが感動したように言った。

「ホントに黒い瞳と黒髪なんですねぇ。神秘的だわぁ」

 ちょっと乙女なニナが、眼をウルウルさせる。

「ほんと信じらんない。絶倫のマラダイ様がこんな清純な…」

 ノワがそう言った途端、ナルとニナが慌てて両側からノワの口を塞ぐ。


「「は、はははは」」

 若干、乾いた笑いをするナルとニナ。そして苦しそうに暴れるノワ。

「た、大変。お願い、放してあげて」

 ひなげしが慌てて、そうお願いした。


「こら、お前たち。せっかく来てくれたお客さんの前で、何をしてるんだ」

 マラダイが、ノワの失言にちょっと気分を害した様子で言った。

「だって、マラダイ様が女の人を連れてきたのは、初めてなんですもの。ごめんなさい、ひなげしさん」

 ナルがそう言って謝る。

「しかも、こんな可愛い純情そうな…」

 ニナがそう言って、ひなげしに微笑む。

「そうそう。これまではいっつも外で女漁おんなあさり。引っかけるのはイケイケあっはーんのお姉ちゃんばかりで…」

 再びノワは両側から口を塞がれ、そして暴れた。


「「ははは…」」

 渇いた笑い再び。

 そんなナルとニナの拘束からやっと逃れたノワは、ぷんぷんで抗議した。

「もうっ、苦しいっ!」

 

「もう挨拶は充分だから、お前たち。さぁ、ティータイムにしてくれよ」

 ひなげしの手前、バツが悪そうに首をすくめたマラダイが、そう催促する。

「そうでしたっ!ひなげしさん、今日はとってもおいしいお菓子と紅茶を用意していますから」

 気まずい雰囲気を変えるように、ナルがにこやかに言う。

「夕飯も食べていくでしょう?あたしたちが腕を振るいますからねっ!」

 ニナが、ちっちゃな拳をつくって細い腕を曲げて見せた。

「もちろん、泊って行くでしょう?最近マラダイ様は自慰マスター○ーションばかりで見るに忍び…」

 そう言ったノワは、両側から腕を掴まれて、ナルとニナに引きずって行かれた。


「ひ、ひなげしちゃん。ほら、ここに座って」

 いまのをなかったことにしようと必死のマラダイが、引きり気味の笑顔でひなげしに椅子を勧めた。

「ありがとうございます」

 ひなげしが少しも軽蔑した様子がなく、素直に腰掛けたので、マラダイは明らかにほっとした顔をした。


「ぶ~ん(あの末っ子リス、ワザとですかねぇ?アンナ様ぁ)」

 いや、あれは天然なのじゃろう。悪気はなさそうじゃ。


 お茶とお菓子の支度を待っている間に、ひなげしはきょろきょろと店内を見回す。

 天井が高い店内は、目の前にカウンターが、その奥に巨大な薬棚が設置されている。

 つやつやと飴色に磨き込まれた壁や柱が重厚な雰囲気で、いかにも国家事業の商いを任されている老舗といった趣きじゃ。


 リス3姉妹が消えて行った先は廊下で、右側に秘薬ピンキーノを製造したり、新媚薬を開発したりするための研究室、左側は在庫の薬や薬製造に必要な材料の保管庫となっている。

 そして廊下の突き当りにある階段を昇ると、マラダイの住まいだ。


 カウンター前の接客用テーブル&チェアのところへ、マラダイとともに腰かけたひなげしは少し恥ずかしそうに言った。

「日記、書いてきました」

 ひなげしの差し出した日記を嬉しそうに受け取ると、マラダイはそれを開こうとする。

「あ、駄目。待って、あたしのいないところで読んでください」

 ひなげしが慌ててそう言うと、マラダイはきょとん顔になる。

 だから、36歳おっさんのきょとん顔は全然可愛くないので止めておけ。

「どうして?」

「だって…恥ずかしいから」

 ずっぎゅ~ん!とマラダイの顔には書いてあったな。

 ひなげしのあまりの可愛らしさに、思わず胸を押えて息ができなくなるマラダイ。

 恋とは恐ろしいものじゃのぅ、36歳になるまでやりたい放題でエンジョイ・○ックス!を決め込んでいたおっさんが。


「頼む、ひなげしちゃん。そんな可愛らしいことを言わないでくれ」

「ぶ~ん(じゃないと、下半身がとんでもないことになるから…な~んちゃって!)」

 ナイス・つっこみじゃ、ヴィ。

「ま、マラダイさんこそ、目の前で読もうとするなんて、いじわる」

 ひなげしが、ねたように身をよじる。

 がっび~ん!とマラダイの顔には書いてあった。

 凄まじい破壊力に、もうハートも下半身もやられっぱなしじゃ。


 そこへ。

「お待たせしましたぁ」

「お茶とお菓子の用意ができましたよ」

「さぁ、ひなげしさん。2階へどうぞ~~~!」

 ナル、ニナ、ノワが揃って呼びに来た。

「ぶ~ん(良かったですねぇ、これでおっさんの下半身事情が取りあえず危険回避できましたね、アンナ様っ)」

 そうじゃな。危機一発、もとい危機一髪であったな。おーほっほっほ。

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