第21話 ランチタイムの事情聴取

 その日のひなげしは、朝からサエコやジェシカのもの言いたげな視線が気になっていた。

「?」

 眼顔で訊ねてみても、ふたりは何も言わない。

 まあ、サロンが忙しかったこともあるが、サエコは真っ赤な口紅を塗った唇を時折ヘの字にして何やら難しい表情を見せる。

 ジェシカはすれ違う度に、ひなげしに何かを言おうとしては止め、迷っているような困っているような様子で大変気になる。


「どうしたんだろう?あたし、二人に何かしたかなぁ?」

 もともと鈍いひなげしが気づく訳もなく、頭の中を「???」だらけにしながら午前中の仕事は終わった。


 そして昼休み。

「ひなげし、ランチに行きましょう!」

 サエコがそう言い放った。

「あ、あたし今日は、お弁当が…」

 ふむ。昨日マラダイが沢山持ってきてくれた弁当の残りを、今朝嬉しそうに小さな容器に詰めておったからの。

「ダメダメ、訊きたいことがあるのっ!」

 そうジェシカが言い、サエコとふたりで両側から腕をがしっと掴み、そうして哀れなひなげしは連行された。


「いらっしゃいませ~。あら、これは『ディーテ』の皆さんお揃いで」

 ローランのレストランのスタッフ、ジョイスが愛想よくそう迎えた。

「ちょっとジョイス、個室空いてる?」

 サエコがいきなりそう言うのはめずらしいことで、ジョイスは途端に興味津々な顔になる。

「空いてますけど。なに~、密談?」

「いいから、早く案内してっ!」

「はいは~い」

 

 サエコたち3人は、レストラン奥の個室に案内された。

 サエコはいつもと違ってメニュー内容を確かめることもなく、急いで注文する。

「今日のスペシャルランチ、お肉の方。3人分ね」

「あれぇ、皆さん同じでいいの?因みに今日のお肉は…」

 料理の内容を伝えようとするジョイスを、サエコは途中で遮った。

「いいから、それ持ってきて。ジェシカもひなげしも、それでいいわねっ?」

 ジェシカが大きく頷き、ひなげしも従うしかなかった。


 いぶかしがりながらもジョイスが個室から出ていくと、サエコは早速本題に入った。

「ひなげし。マラダイにもうヤラれちゃった?」

 ストレート過ぎじゃ。

 ほれ見ろ、ひなげしが鳩マメの顔をしておる。ぽっか~ん、じゃ。

「え?えっと?」

 どうやら、何を訊かれたかわからなかったらしい。

「だからっ。マラダイさんに、もう襲われちゃってのかって、サエコさんは訊いてるのっ」

 ジェシカも、そう露骨に助け船を出す。

 どうせ助け船を出すなら、ひなげしの性格をおもんぱかって、もう少しオブラートに包んでほしいものじゃな。


「おおお、襲われてなんて…」

 顔を真っ赤にし、目を白黒させながら、ひなげしが慌てる。

「ウソおっしゃい。ジェシカがリモーネから、訊いたのよ。昨日マラダイ、あなたを訪ねてきたでしょ?」

「え、で、でも。日記と夕食を持ってきてくれただけで…」

「それで済むわけないでしょ、あのマラダイがっ。マラダイのことは、妹のあたしがよく知ってるわ。女と見たら口説き、口説いたら必ずヤル男よっ」

 実の妹が、兄をケダモノ扱いである。まぁ、その通りなのじゃが。


「ほ、本当に一緒に夕食を食べて、お話しして、それで帰って行きました」

「はぁ、お話し?それだけ?」

 サエコが眼をくわっと引んむく。

「あり得ない!」

 ジェシカが、そう宣言する。

「で、でも、本当に…」


 そこへシェフのローラン自らが、3人分の料理を乗せたカートを押して個室に入ってきた。

「お待たせしました~」

「あら、何よ。どうしてジョイスじゃなくて、あなたなの?」

 鋭い目つきと口調で訊くサエコに、ローランは頬を染めながら言った。

「だって。サエコが来てるっていうから」

「ここでランチするのは、いつものことじゃないっ」

「え、でも。今日は個室だっていうから、何かあったのかなぁ~って」

 若干もじもじしながら、ドМの夫はドSの妻にそう言い訳をする。


「事情聴取は、これからが本番なのよっ。いいから、それ置いて、とっとと出てって」

 容赦のないサエコに、ローランはそれぞれの前にランチのプレートをセットすると、すごすごと出て行った。


「取りあえず、食べながら話しましょっ」

 サエコがそう言って、ナイフとフォークを手にする。

 プレートの上では、こんがりと狐色に焼き上げられたラム肉の塊がいい匂いを放っている。つけ合わせはマッシュポテトに、ルキーニ王国特産のキノコが数種類。黄金色のブイヨンスープに、籠にたっぷりと盛られたパンが数種類。

 いつもなら、気の置けないおしゃべりと共にそれを堪能するのだが、今日はちょっと勝手が違うようじゃ。


「ひなげしの答え次第では、タダじゃ置かないわ、マラダイのこと」

 サエコはドSらしく険しい表情でそう言うと、肉の塊にナイフを突き刺す。

 お~こわ。肉の塊が、マラダイに見えてきたぞ。

「ほんとですよ、サエコさん。あたしたちアパートの住人仲間も、ルキーニ王国に慣れないひなげしを協力して守ってきたのに。それがっ、よりによってマラダイさんに食われるなんてっ!」

 ジェシカは憤慨したようにそう言って、肉食獣並みにラムを頬張った。


「あの、あのっ。本当にマラダイさんは一緒に夕食を食べて、楽しくお話をして、それで帰って行っただけです」

 ひなげしは必死でそう言う。

「だから信じられないのよっ。だって、あのマラダイよっ!」

 どれだけ信用されていないのかのぅ、あの絶倫のおっさんは。


「ねぇ、ジェシカ。リモーネは何て言ってたの?」

 らちが明かないので、今度はひなげしがそうジェシカに訊ねた。

「ひなげしのところへ、マラダイさんが夕食を持って訪ねてきたって」

「それから?」

「それだけで十分でしょ!」

 今度は、さすがのひなげしもちょっと強めに言い返した。

「それだけで、マラダイさんを疑うなんてひどいわ!」

 健気にも目にうっすら涙を浮かべてマラダイのために憤慨した様子のひなげしに、サエコとジェシカは顔を見合わせ、初めて疑問が浮かんだようだ。

 

「ねぇ、ホントにホントなの?ひなげし」

 サエコが、やっと落ち着いた口調でそう訊く。

 涙目でこくこくと何度もうなずくひなげし。

「夕食を一緒に食べただけ?」

 また、こくこくとうなずくひなげし。

「ベッドに誘われなかった?」

「全然っ!」

 それは女としてどうかと薄っすら思いながらも、ひなげしは断言した。


「…これは、もしかして」

 そうサエコが呟き、ジェシカと眼を合わせてうなずきあっている。

「…あ、あの」

 急に黙り込んだふたりに、不安を感じたひなげしは恐る恐る声をかけた。


「いいの、わかったわ。ひなげし」

 いままでとは打って変わって、サエコが薄気味悪いくらい優しい声で言った。

 そんなサエコと、同じように優しい眼になったジェシカを交互に身ながら、ひなげしは戸惑い続ける。

「あの…本当に…信じてくれますか?」

 サエコは大きく頷くと言った。

「信じるわ、ひなげし。ごめんなさいね、詰問したりして悪かったわ」

「ごめん、ひなげし。でも、サエコさんもあたしも、本当に初心うぶ世間知らず異世界転移者なあなたが心配だっただけなの」

 そう言われて、ひなげしはまた眼に涙を浮かべた。

「ありがとうございます、サエコさん。心配してくれてありがとう、ジェシカも」


 そしてその日の仕事終わり、サエコとジェシカがひそひそと話していたことをひなげしは知らない。


「やっぱり、あの噂、本当だったんでしょうか?」

「まさかとは思っていたけど、確かめてみるわ。場合によっては、お母様にも報告しないと」

「まさか、本当にまさか、あのマラダイさんがイン〇不能に?」

「だって、そうでもなけりゃ説明がつかないわ。女と見れば口説き、口説いたらヤラないと気が済まない、あのマラダイが誘いもしないなんてっ」


「ぶ~ん(アンナ様ぁ、なんだかまた一波乱ありそうな気配ですよぉ)」

 よいよい、ヴィ。放っておけ。

 しかしマラダイよ、お前はこれまでどんだけヤリ放題だったのじゃ。

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