第18話 絶倫男、次の試練

「ということなんです」

 そう言ってマリウスから手渡された日記を、複雑な表情で眺めるマラダイ。

「か、確認していいか?」

「はい、どうぞ」

「ひ、ひなげしは、肉食系は嫌いではないと言ったんだな?」

「はい、そうです」

「し、しかし、肉食系の俺のことは、よく知らないからわからないと言ったんだな?」

「はい、その通りです」


「で、日本では男女がお互いのことを知り合うために、このっ…交換日記なるものをするというんだな?」

「は、はい、まぁ」

 つい、マリウスの答えが曖昧なものになる。

「わん(まぁ、かなりのレアケースだけどね)」

 マラダイは、再び複雑な表情でマリウスとポムポム、そして交換日記を交互に見る。


「お、俺は…じ、実は…文章を書くのが…」

 その後のマラダイの言葉が、ぼそぼそと小さすぎてよく聞き取れない。

「え?マラダイさん、なんて?」

「だ、だからっ。文章を書くのが、禁欲をする次くらいに苦手なんだっ!」

 おお、なんという試練。

 一番苦手な「禁欲」にトライしたばかりなのに、次は「交換日記」。つくづく、恋とは難儀なものよのぅ、おーほっほっほ。


「ぶ~ん(アンナ様ぁ、面白がってますよね?絶対)」

 ヴィよ、何を言う。わしは恋するものの味方じゃぞ、それがたとえ36歳のおっさんであってもな。


「じゃあ、どうします?その交換日記」

「わん(しっぽを巻いて逃げ出すのか?マラダイさん、あんたのひなげしへの想いってその程度だったのか?)」

 だから、お前に言われたくはないはずじゃ。それにしっぽを巻くのはお前の方じゃ、犬よ。


 マリウスと犬にじと~っと見つめられて、マラダイは頭を抱えた。

「うぉおおおおお~~~。俺はヤル!じゃなくて、やる。ひなげしがそれを望むなら、命を懸けてでもやり抜いて見せるっ!」

 命を懸けるほど大げさなものではないぞ、たかが日記じゃ。


「さすが!それでこそ、マラダイさんっ」

「わん(頑張れ~、交換日記って、顔から火が出るほど恥ずかしいけどなぁ~)」

 交換日記をしたことがあるのか?テキトーなことを言うでない、犬よ。


 かくして、恋するおっさんマラダイは「禁欲」に続いて、大の苦手な「日記」に挑戦することとなったのじゃ。気の毒じゃな、おーほっほっほ。



✵ ✵ ✵


「う~む。私の名前はマラダイ・ダンユ。父はムスダス・ゴーン、母はパウラ・ゴーン、妹は…」

 しかめっ面で日記に向かっているマラダイを、リス3姉妹が興味津々で見ている。

「マラダイ様ぁ、それじゃあ、履歴書みたいですぅ」

 まず、長女リスのナルがそうツッコんだ。


「う、うるさいっ。まずは俺を知ってもらうのだっ」

「それなら、お仕事について書いたらどうですかぁ?」

 次女リスのニナが、そう提案する。

「そ、そうかっ。仕事は代々続く『ダンユ商会』を任され、ルキーニ王国の国家事業でもある避妊薬ピンキーノの製造と…」


「なんだか内容が固いですぅ。それで、女子がキュンキュン来るかなぁ?」

 末っ子リスのノワが、可愛く小首をかしげた。

「じゃ、じゃあ、どうしろというんだ!」

 早くも匙を、ではなくペンを投げるマラダイ。こらえ性がないのぅ。


「「「やっぱりマラダイさんの魅力をアピールするのが一番ですよ!」」」

 リス3姉妹が声を揃えてそう断言した。

「お、俺の魅力!?た、たとえばどんな?」


「そうですねぇ…。うんっ!やっぱりマラダイ様の魅力と言ったら絶倫!」

「そうそう、一晩に5回6回当たり前。イカせた女は数えきれず」

「毎晩とっかえひっかえ、いろんな女と手当たり次第…」

 そこまで言ってナル、ニナ、ノワが、ハタと気づいた。


「「「だめぇえ~~~!それじゃあ、逆効果!きっとそれはうら若き日本から来た乙女・ひなげしちゃんの敵~~!!嫌われることはあっても、好かれることはないぃ~~~!!!!」」」


「だ、ダメだ。交換日記…続けられる自信がない…」

 がっくりと肩を落とすマラダイ。情けないのぅ。


「マラダイ様ぁ。東の森の占い師様に相談したらどうですかぁ?」

 見かねた長女リスのナルが、そう言った。

「えええ~~、またロクなことを言わない気が…」

 悪かったのぅ。

「じゃあ、神童マリウスちゃまに相談するのは?」

 次女リスのニナが、そうアドバイスする。

「いい歳した大人が、8歳の子供に相談できるかっ!」

 まぁ、それはそうじゃな。

「じゃあ、サエコさんに訊いてみたら?女子がどんな言葉が好きなのかは、女子に効くのが一番かも?」

「そそそ、それだけは絶対に嫌だ~~~~っ!バカにされるに決まってる、いや笑いものにされる!」

 まぁ、そうじゃろうな。ドSじゃからな。


「じゃあ、ローランさんに訊くのは?」

「サエコに筒抜けだっ」

「お父様のムスダス様に…」

「サエコ以上のドS、母親に筒抜けだっ!」

「じゃあ…」

 リス3姉妹も万策尽きたようじゃな。

 しかしおっさんとリス3姉妹が揃っても、他力本願の考えしか浮かばんのか。本当に情けないのぅ。



 しょうがない、わしがとっておきの秘策を教えてやろう。

「あ~、腹が減った」

 いきなり『ダンユ商会』のドアを開けてそう言ったわしに、リス3姉妹が声を揃えて驚いた。

「「「こ、これはっ!東の森の占い師様っ!」」」

 マラダイが、声には出さぬが「げ!」といった表情で振り向いた。

 助けてやろうと思って、こうして赴いてやったのに、ご挨拶じゃな。

「どどど、どうしたんですか?アンナ様、今日は?」

「ふむ、お前に良い知恵を授けてやろうと思ってな」

「良い知恵?」

「そうじゃ。いまお前は、交換日記とやらに苦しんでおるじゃろう?」

「どどど、どうしてそれをご存知で?」


「ぶ~ん(だってヴィを使って、四六時中、盗聴しているようなものですから)」

「わしは占い師じゃぞ。それくらいお見通しじゃ」


「東の森の占い師様ぁ。どうかご主人様を助けてください」

 長女リスのナルがそう言って、小さな前足を拝むように合わせた。

「ひなげしちゃんの心に届くような言葉を、ご主人様に教えてください」

 次女リスのナルが、可愛らしくお辞儀をする。

「できれば、ご主人様とすぐにヤリたくなるような…」

 末っ子リスのノワは、正直な性格と見える。


「ふむ、主人思いのお前たちの気持ちを汲んで、わしの秘策を授けようかの」

「ほほほ、本当ですかっ、アンナ様?」

 マラダイが救われたような表情で、わしの足元にすがる。

「じゃが、その前にまず、わしは腹が減っておるのじゃ」

「すすす、すぐにっ、お食事を用意いたしますっ」

「うむ、酒も頼むぞ」

「ももも、もちろんですっ。ナル、ニナ、ノワっ」

「「「は~~い!」」」


 リス3姉妹が用意してくれた酒と食事を、わしはたっぷりと時間をかけて堪能した。

 もちろんその間、マラダイはわしの傍に大人しく控えて待っておった。

 ふむ、2時間たったか。そろそろ満腹じゃ。

「いや、馳走になった。旨かった。酒も程よく回ってきたことじゃし、そろそろおいとましようかの」


「え?いやいやいや、アンナ様。秘策を授けてくださるのでは?」

 ふふふ、わかっておる、マラダイ。ちょっとからかってみただけじゃ。

 わしは黒いローブの胸元から、一本の押し花を出して見せた。

「秘策とは、これじゃ」

「これは?」

「押し花じゃ」

「はぁ、これをどうしろと?」

 まったく、これだから男は、36歳のおっさんは。ロマンティックを理解しないのぅ。


「女性には花を贈るに限る。しかもひなげしの名前は、花の名前じゃ。これをのぅ、こうして日記の1ページに貼って、花のような君に私の想いを贈ろう、としるすのじゃ」


「お、おっしゃれ~~~」

「なんかキュンキュン来るぅ~~」

「この花も可愛いぃ~~」

 リス3姉妹よ、ありがとう。


「のぅ、マラダイよ。何も言葉ばかりを連ねればよい、というものではないのじゃ。ココを使うのじゃココを!」

 わしは人差し指で、己の頭を指して見せた。

「さ、さすが、アンナ様!ありがとうございます」

 マラダイは感涙に咽び泣いた。

 よいよい、馳走になったお礼じゃ。


「では、健闘を祈る」

 わしはそう言い残して、『ダンユ商会』を後にした。

「ぶ~ん(アンナ様ぁ、あの花って、紫陽花あじさいですよねぇ。確か花言葉は、移り気…)」

 ん?そうじゃったかのぅ?

 近頃わしは、とんと物忘れがひどくなってのぅ。

「ぶ~ん(ぜぇ~~~たい、嘘!確信犯でしょう、アンナ様っ!)」

 知らぬ知らぬ、おーほっほっほ。

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