第17話 交換日記でTYS(互いをよく知ろう)

 マラダイのことが気になるかとマリウスに訊かれ、慌てたひなげしは話題を変えようとした。

「そ、そうだっ、しゅ、修行って、どんな?」

「ああ、草食系になろうとして…あっ」

 ふふふ、賢いマリウスよ。ワザと言いおったな。

「草食系になろうって…どうして?」

「いや、ごめん。なんでもないんだ。忘れて?」

 そう言われたら、気になるのが人の常じゃろうが。


「ねぇ、マリウスちゃん」

 ひなげしは、少し考えてから口を開いた。

「なに?」

「あのとき、倒れる直前にね。マラダイさんは、草食系になれなかった、すまんって言ったの。それって、どういう意味なのかな?」

「わん(本題キター!おいマリウス、うまくやれよ)」

 興奮する犬に、わかったよ、とでも言う様にマリウスはその頭を撫でた。


「なんか好きな人ができたらしくて。それで、その人が草食系が好きだって思い込んじゃったみたいだよ」

「好きな人…」

「うん。あのルキーニ王国きっての絶倫と評判のマラダイさんが、草食系になろうって思い詰めるくらいだから、よっぽど好きなんだと思うよ」

「そう…」

 ひなげしの表情がだんだん曇って、言葉少なくなる。


「わん(あれ?なんで、いまので気落ちしてんの?話の流れからいって、それってもしかしてあたしのこと!?ってなるんじゃねぇの?)」

 まあな、ひなげしは自分に自信がないのじゃ。ちょっと前まで、地味~な就活生姿だったのを忘れたか?


「ひなげしちゃんは、好きな人いるの?」

「え!?あああ、あたしっ?」

「ひなげしちゃんは、草食系と肉食系、どっちが好き?」

「そそそ、それはっ」

「わん(それは?ゴクッ)」

「も、もうっ。マリウスちゃんたら、大人をからかっちゃダメよっ!」

「わふ(ガクッ)」


「ごめんね。でもからかっていないよ。実はね、マラダイさん、日本が草食系男子の国だって、アンナ様から訊いたらしいんだ」

「まぁ、そうなの。…って、え?え?え?」

 自信がなくて鈍いさすがのひなげしも、今度はわかったじゃろう。

「そそそ、それって…」

「うん!そうなんだ!!」

 マリウスがやっとひなげしが気づいてくれたかと、顔を輝かす。


「アアアア、アンナ様の誤解…」

「わん(おいっ、そっちかいっ!)」

 ふむ、今度ばかりはよくツッコんだ、犬よ。通じてはおらんがな。


「わんわん!(ひなげしちゃ~ん!いい加減わかってやってよ、気づいてやってよ。36歳おっさんの遅すぎた初恋にぃ~~~。じゃないと、草食系になろうと倒れるまで頑張ったマラダイさんが報われないよぉ~~~~)」

「あ、あら、どうしたの?ポムポム。おかわり?ごめんなさいね、気づかなくて」

「わん(違うぅ~~~)」

「…(気づくところが違う…)」


 それでも最後にはマリウスは、鈍くて自信のないひなげしに、マラダイが日本の女の子は草食系男子が好きだと誤解して、草食系になろうとしたということを理解させることに成功した。



「それは、つまり…」

 ひなげしが、小首を傾げて考えている。

「うん。マラダイさんが草食系になろうとしたのは、ひなげしちゃんのためなんだ」

「ということは…」

 眼をぱちぱちさせながら、答えを出そうとするひなげし。

「わん(マラダイさんは、ひなげしちゃんのことが、3度の飯ならぬ一晩中のセッ〇スよりも好きってこと!)」

「…マラダイさんは、あたしが草食系だと思っているってこと?」

「わん(違う~~~、鈍すぎるぅ!)」

「…(そこへ話を持っていくんかい?)」

 マリウスが心の中でツッコんだのが、わしには確かに聞こえたぞ。


 しかし、好都合じゃ。マリウスよ、訊くのじゃ。

「わん(ねぇねぇ、ひなげしって草食系じゃないの?肉食女子なの?)」

 犬よ、お前が訊いてどうする。伝わらんし。

「ねぇ、ひなげしちゃん。訊きにくいことを訊くけど…」

「はい…」

「ひなげしちゃんは、草食系?それとも…」

「きゃっ。なんてことを訊くの、マリウスちゃん。子供なのにっ」

 ひなげしが真っ赤になった。

「わん(いや、それもういいから。恥ずかしがってないで、答えろよ)」

「ごめんね。じゃあ、訊き方を変えよう。肉食系男子のことはどう思う?」

 マリウス、8歳とは思えない機転じゃな。


「肉食系…」

「うん」

「わん(つまり、マラダイさんのこと)」

「き、嫌いじゃないかも…」

 消え入りそうな声でそう言うと、ひなげしはそれこそ消え入りそうなくらい小さく身を縮めた。

 よし、行け。マリウス、もうひと押しじゃ。

「じゃあ、肉食系のマラダイさんのことは?」

「………」

 ひなげしが真っ赤になりつつも、考え込んでいる。

「…あたし…だって、よく知らないし…」

 これまた小さな声で、そう言った。



 はい、ここで、わしの出番じゃな。

「ズズッズズッズズズズズ~」


「わん(オワッ!なんで、怪しい占い師が勝手にスープすすってんだっ)」

「あわっ、こ、これはアンナ様っ。い、いきなり、どうしたんですか?」

 さすがのマリウスも驚いたようじゃ。

 スープを食べたのは、おいしそうだったからじゃ。犬の分際で食っているのに、わしに文句を言うでない、犬よ。


「ふむ、旨かった。さて、ここで問題です」

 わしは完食したスープの皿の上にスプーンを戻すと、おもむろに言った。

「日本では、よく知らない男女は、どうやって理解を深めるのでしょう?」


「え~と」

 マリウスよ。言い淀んだのは、お前の前世が日本の大学生だったことがバレることを警戒したからじゃな?

「わん(デートして、飯食って、エッチをする)」

 それは、お前のような前世はヤリ〇ンの単細胞だけじゃ、犬よ。


「交換日記を…する?」

「…(ええええ~~~!ひなげしちゃん、どの時代の人?)」

「わん(あははは、どんだけ少女趣味なんだよ、ひなげしっ)」

 ひなげしの斜め上の答えに、無言で眼を見開いて驚くマリウスとる犬。


「大正解!!」

 しかし、わしはひなげしに大きくうなずいた。

「ええええ~~~~!」

「わん(ぷはっ、嘘だろっ!)」

 マリウスよ、今度は心の声が漏れておるぞ。

 そして犬よ、犬のくせに笑い過ぎじゃ。


「正解って…ホントにそうなの!?(いつの間にそんなことになったんだ、日本は)」

 まだ半信半疑で、マリウスはひなげしに問い正す。

「う、うん。実は憧れだったの。あのね、ある女優さんとロックスターが交換日記をして、お互いのことをよく知り合って結婚したの。ロックスターのプロポーズの言葉は、KSKだったのよ」

「KSK?」

「うん。結婚してください、の頭文字」

「わん(ダサっ!なんだそれ)」

 こら、犬よ。家柄も性格も良いロックスターと、絶世の美女女優に謝れ。

「そんなことが…あったの?」

 まぁ、マリウスが転生してからの出来事だから、知らないのも無理はないのぅ。


「さぁ、善は急げじゃ。ひなげし、日記を書くのじゃ。マリウス、それをマラダイに届けるのじゃ」

 恥ずかしそうに頬を染めてうなずくひなげしを、唖然とした表情で見つめるマリウスと犬。唖然としても、お前の場合あまり変わらないな、犬よ。

 おーほっほっほ。

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