第16話 マリウスと犬、偵察に行く

「わん(それって究極の二択だろ。草食が好きか、絶倫が好きかっていう。中間がないって、どうよ?)」

「うん、マラダイさんだけにね」

「わん(普通・・は、普通でいいんじゃね?)」

「うん、普通・・は、その確率が一番高い」

 マリウスと犬は、ひなげしが住むアパートに向かっている。仕事が終わって帰宅するひなげしを、待とうという算段じゃ。

 まあ、サエコのサロンで話すより外野が少ないし、デリケートな質問には時間をかけないとのぅ。


「わん(ひなげしが、草食も絶倫もどっちもイヤって言ったらどうする?)」

「そのときは…」

「わん(そのときは?)」

「マラダイさんに、せめて普通になってもらおう」

「わん(だから、無理だろっ!)」


「だけど…」

「わん(だけど?)」

「マラダイさんを見る、ひなげしちゃんの表情…」

「わん(ああ、確かにちょっとぽぅってなるな)」

「そこに一縷いちるの望みをかけよう!」

「わん(なぁ、一縷って、どれくらいのこと言うの?)」

「そうだね。一縷っていうのは糸のひとすじっていう意味で、ごくわずかってことかな」

「わん(ダメじゃん、それ。てか、お前のその知識っていうか頭の良さ、むしろ残酷)」


 さて、一縷の望みをかけられたひなげしが、好都合なことに独りで帰ってきた。

 ふむ、ジェシカは今日も年下の男を漁りに行ったと見える。


「お帰りなさい、ひなげしちゃん」

「わん(ひなげし~、お疲れ~)」

「あ、マリウスちゃん、ポムポム」

 ひなげしが笑顔で、一人と一匹に近づいてくる。


「どうしたの?こんなところで」

「ひなげしちゃんを待ってたんだ」

「わん(これから、訊きにく~いことを訊こうと思ってさ)」

「あたしを?どうして?」

「これ、お母様から」

「わん(嘘だよ、タダの口実)」


「まぁ、なあに?」

「お腹空いたでしょ?ウチのシェフ特製のキッシュと、海老と野菜のスープ」

「わん(焼きたてのパンもあるぜぇ~)」

「まぁ、ホント?嬉しい!」

 ひなげしが素直に顔をほころばせる。

「せっかくだから、マリウスちゃんたちも一緒に食べましょうよ」

 人の良い無邪気なひなげしは、思う壺とは知らずにそう誘う。

「え、いいの?」

「わん(てか、作戦通り。ひなげし、チョロすぎ)」

 失礼なことを言う犬をじろ、と睨み、それでもマリウスはひなげしに愛想よく言った。


「お邪魔じゃない?」

「ううん、むしろ嬉しい。独りで食べるより、きっとおいしいわ」

「そういうことなら、遠慮なく」

「わん(最初から遠慮するつもりなんて、ないけどなっ!)」

 マリウスと犬は、ひなげしに案内されるまま、アパートの1階へ入って行った。

 住人の共有スペースで、キッチンもダイニングもある割に広い空間を、犬が失礼にもジロジロ見る。

「ポムポム、お行儀よくね」

「わん(わかってるよ。だけど、ここが女子アパートかぁ。初めて入ったけど、なんか興奮するな)」

 無駄な興奮は止めよ、犬。

 マリウスに注意されてもきょろきょろと落ち着かない犬の頭を、ひなげしが優しく撫でる。

「領主様の広くて豪華なお屋敷とは、全然違うでしょ?でも、あたしにとっては、これでも贅沢で居心地のいい住まいなの」

 それは、良かったのぅ。


 そこへ、図書館勤務からドリスが帰ってきた。

 今日のお相手は、ひなげしも初めて会う男で、テンガロンハットに口ひげを蓄えた少々気障きざな感じの若者だった。

「あ、お帰りなさい、ドリスさん」

 ひなげしと一緒にいるマリウスと犬を見たドリスは、くそ真面目な表情で言った。

「あら、めずらしい。ひなげしが男を連れ込んでるなんて。だけど、まだ子供と犬?あなた、そう言う趣味だったの?」

 そう言われたひなげしは、顔を真っ赤にして首をぶんぶん振った。

「ち、違いますっ!ドリスさん、マ、マリウスはあたしがときどき出張施術に行かせていただいている領主様のところのご次男でっ。今日はお母様のお使いで…」

 一気にそうまくしたてたひばげしを、ドリスはニヤァっと見返した。

「わかってるわよ。さすがのルキーニ王国でも、14歳以下は犯罪。あ、獣姦は知らないけど?」


「わん(なんだ、このお堅い感じの女)」

「なあに、ワンちゃん?お前もヤリたいの?」

 お堅い風貌であっても、ここはルキーニ王国。図書館勤務の眼鏡女子、ドリスとてこれくらいは言うのじゃ。

「わん(遠慮しときます。俺、可愛いい系か、セクシー系が好みなもので。学級委員長系は、昔っから苦手なんで)」

 お前の好みは誰も聞いておらん。まぁ、そもそも伝わっておらんが。


「へぇ、このお嬢ちゃんか?いまどきめずらしい、初心うぶなヴァ―ジ…」

 そう興味を示した男を、ドリスがパシリっと叩いた。

「ちょっと、ウチの住人をバカにするのは許さないわっ!いますぐ、出てって!」

 結構な剣幕で言われて、男がたじろぐ。

「な、なんだよ。冗談じゃないか、ドリス。悪かったよ、機嫌直せよ」

「ごめんね、ひなげし。気にしないで。こいつ、バカだから」

 バカ扱いされた男は若干むっとしたが、ドリスの毒舌には慣れているのだろう。

 すぐにドリスの腰を抱いて、階上へと促した。

「お嬢ちゃん、悪かったよ。ほら、ドリス、俺たちは早く上へ行って楽しもうぜ」

 そう言われてまんざらでもないドリスは、機嫌を直して自室へと消えて行った。


「わん(いいなぁ、羨ましいや)」

「なに?ポムポム、スープは温めなくていいの?」

「わん(んなこと、言ってねぇよ、マリウス。ああ、俺もヤリたいっ、ヤリまくりたいっ)」


「あ、ポムポムは猫舌?じゃなくて犬舌?」

 ひなげしが、みんなの分のスープをそれぞれの器に分けながら訊く。

「うん、そうなんだ」

「わん(違うよっ!スープなんかどうでもいいっ!)」

 なら、食うのを止めるか?犬よ。


「はい、ポムポムの分のスープよ」

「わん(しょうがねぇ、女が食えないなら、こっちを食うか)」

 諦めた犬は、尻尾を情けなさそうに垂らして、スープの入った皿に顔を突っ込んだ。

 


 それからしばらく、二人と一匹はキッシュとスープを食べていたが。

「おいしい?」

 ひなげしにどう切り出していいか迷いつつ、マリウスが口を開いた。

「ええ、とっても」

 ひなげしは嬉しそうな笑顔で、マリウスに答える。

「ところで、ひなげしちゃんは食べ物では何が好き?」

「好きな食べ物?」

「うん、肉とか野菜とか、甘いものとか…」

「わん(若い男とか、おっさんとか、草食系とか、肉食系とか)」

 余計なことを言う犬を軽く睨んだが、マリウスは心の中でいっそポムポムに訊いてもらいたいと思っておるだろう。


 そうとは知らないひなげしは、無邪気に素直に考える。

「そうねぇ。あたし、お肉好きかも。ルキーニ王国に焼肉があって、とっても嬉しかったもの」

「へぇ、焼肉が好きなの?」

 マリウスが意外だというような表情をしたので、ひなげしは少し恥ずかしそうに俯(うつむ)く。


「い、意外に、に、肉食系だったりして」

 ほお、マリウス。勇気を出して言いおったな。

「え…」

 途端にひなげしの顔が真っ赤になり、口をぽかんと開けて、ついでにパンを取り落とした。わかりやすすぎじゃ。


「わふ?(え?)」

「え?」

「なななな、なに言ってるの、マリウスちゃん。ここここ、子供のくせにっ!」


「わん(わかりやすいぜ)」

「ご、ごめんなさい。冗談です」

 マリウスが慌てて謝る。

「いいいい、いいのよ。やだわ、あたしったら。冗談、そそそ、そうよね、冗談よね」

 しばし、気まずい沈黙が流れる。

 それの空気を何とかしようと、ひなげしが思う壺なことを言った。


「と、と、ところで。マ、マラダイさんはお元気?い、いきなり倒れたときから、お会いしてないけど」

「わん(お、チャンス!)」

「ああ。あのときはナチュラ族のところで柄にもない修行をして、栄養失調になっちゃったけど、いまは元気だよ」

「そう、良かった」

「気になる?」

「え!?そそそ、そんな訳じゃなくてっ」

「わん(あれ?もしかして脈あり?)」

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