第15話 帰ってきた絶倫男
「ぜぃ、ぜぃぜぃぜぃ…」
「は、はぁ。迷った…でもやっと着きましたね、マラダイさん」
「わん(と、遠い。どこをどうやって通ってきたのか、着いたのが奇跡…)」
まぁのぉ、ナチュラ族の居場所は秘密じゃから、入り組みわかりにくいのはしょうがないのじゃ。
しかし、無事に帰ってこれてよかったではないか。まれに、遭難する
「ひ、ひなげし。ひなげしは、どこ…だ」
「マラダイさん、落ち着いて。もうこの時間は、出張施術からサロンに帰っている頃かと…」
「サロン…サエコのサロンへ、い、行こう」
よろよろと、しかしガッと前を見つめて歩くマラダイ。
どうやら、途中で馬車が壊れて徒歩で帰ってきたようじゃ。
2人と一匹は、よろよろとサエコのサロンを目指した。
バンッ!
サロンのドアを、勢いよく開けるマラダイ。
「ちょ、なによっ!マラダイじゃないのっ。なに、いきなり。しかもなんだかボロボロで埃っぽい…」
「サ、サエコさん。ひなげしちゃんは?」
マラダイの後から、よろよろとサロンに入ってくるマリウスもまた、若干ボロボロ。
「え、ひなげし?いま、施術室で後片付けを…」
そうじゃな、もうサロンも終わりの時間じゃ。
お客が居なくてよかったの、ボロボロの一行よ。
「どうしたんですか?あ…」
そこへ、物音に気づいたひなげしが出てきた。そして、マラダイの姿を久しぶりに見て、ぽっと頬を赤らめる。
そんなひなげしに、険しい表情でずずずと近づくマラダイ。
「ひ、ひなげし、ちゃん…」
「は、はい?」
「そ、草食系にはなれなかった。頑張ったんだが…す、すまん」
それだけ言うと、マラダイはその場に倒れた。バッタリと。
ふむ、どうやら性欲減退には結びつかなかったが、トフとユーバと野菜だけでは栄養が足りなかったようじゃな。
おーほっほっほ。
その後、サロン内は当然、大混乱じゃった。
「はぁ?草食系ってなに?」
と叫ぶサエコ。
「ちょっ!なんでこんな汚い格好で、神聖な美のサロンで倒れてるんですかぁ~~!」
と
「こ、これには訳が…」
「なに。マリウス。説明してっ!」
詰め寄るサエコ。
「わん(それはだな…)」
「うるさい、ポムポム。ちょっと、話の邪魔しないでっ!」
叱られる犬。
「わん(なんだよ、ドS女!)」
「なんか言った?犬っ」
睨まれる犬。
「くぅ(こ、こえぇ…)」
小声になり縮む犬。
さて、ヴィよ。
先に領主館へ行って、時々占ってやっておる料理番に上手いこと言って、ワインと燻製鹿肉をいただこうかの。おーほっほっほ。
✵ ✵ ✵
「草食系にはなれなかったって、言ってた…」
独りひなげしは、いまアパートの自室で、ぼんやり窓の外を眺めておった。
ボロボロのままサロンで倒れたマラダイは、その後サエコの夫ローランとレストランのスタッフ・ジョイスによって、何とか『ダンユ商会』まで運ばれた。
「あれ、どういう意味だったんだろう…」
どうしてマラダイが草食系になどなろうとしていたのか、ひなげしにはわからない。
「ルキーニ王国独特の、修行か何かなのかなぁ?なれなかったってことは、修業は失敗だったってこと?」
可哀想なマラダイの努力は、まったく伝わっていないようじゃの。
「でも、マラダイさんは絶倫のほうがいいなぁ…」
そう呟いた後すぐに、ひなげしはぶんぶんと頭を振った。
「や、やだ。あたしったら。マラダイさんが絶倫であろうがなかろうが、あたしには関係ないことなのにっ」
そう言ったひなげしの顔は、次第にどんどん赤くなっていく。
「あたし…もしかして…やっぱり…でも…」
独り、訳のわからないことを呟き続けるひなげし。
やがてその顔は、なんとなく
「正直になれるかな、あたし。昔よりちょっとだけ、ちょっとだけだけど、自信が持てるようになったんだから」
窓ガラスに映った、伊達メガネで自分を隠していた頃とは違う自分に、ひなげしはそう問いかけた。
もっと自信を持って良いのじゃぞ、ひなげし。いまのお前は、かなり可愛らしいのだから。なにせ
「今晩はなんだか特別に、星が…きれい」
潤んだ眼で夜空を見上げるひなげしは、心なしが幸福そうに見えた。
✵ ✵ ✵
「に、肉、酒、肉、肉、酒、肉…」
なにやら肉食系の言葉を連ねながら、がつがつと食い続けているのは、ぶっ倒れてから約3時間後に目を覚ましたマラダイじゃ。
「もう、マラダイ様ぁ、た・べ・す・ぎ!」
長女リスのナルが、呆れながらも心配する。
「野菜も食べなきゃ、マラダイ様っ」
次女リスのニナがそう言って差し出したサラダボウルを、ガッと奪い取るマラダイ。
「せっかく1か月も自制したのに、これじゃあ元の
末っ子リスのノワがそう言うと、マラダイは突然食べるのを止めた。
「どどど、どうしたんです?」
「の、のどに詰まったとか!?」
「大変!水、水」
ナル、ニナ、ノワが揃って慌てるのをよそに、マラダイはいきなり
「お、俺は何と情けない!草食系にすらなれない、惨めな絶倫男だっ。もう、俺なんか死んでしまえばいいんだ!」
性欲も生命力もギンギンの36歳おっさんが、そう言って嘆く嘆く。
「でも、仕方ないですよぉ。マラダイ様から性欲をとったら、何が残るんですかぁ?」
「そうそう、そんなマラダイ様だから、国家機密の『ピンキーノ』製造を任されているわけですし」
「前は、絶倫こそ正義!好きモノでなければ男にあらず!!みたいなこと言ってたじゃないですかぁ」
ノワ、ニナ、ノワよ、それは慰めになっておらんぞ。
「あー、こほん!」
あまりに惨めったらしく嘆く絶倫のおっさんを見かねて、わしは『ダンユ商会』に勝手に入り、2階の居間までやってきた。
店番もおらぬし、誰でも侵入できるというのは物騒じゃぞ。
「ぶ~ん(勝手に侵入した本人が、それ言いますかねぇ?)」
わしは良いのじゃ、特別だからの。
「「「あ、これは…東の森に棲む占い師様!」」」
リス3姉妹が、声を揃える。
「うげっ、ア、アンナ様!」
口にまだ食べ物をいっぱい詰めながら、マラダイが振り返った。
汚いのぅ、嘆くか食べるかのどちらかにしたらどうじゃ。
「ときにマラダイ、約1か月前にせっかちなお前が聞き漏らしたまま旅立ったことがあるぞ」
「聞き漏らしたこと?約1か月前…ナチュラ族のところへ行く前のことですか?」
「そうじゃ」
「それはつまり、日本が草食系の国だという…」
「そうじゃ。その後に、わしがつけ加えようとしたのを待たずに、お前は性急に旅立ってしまったのじゃ」
「そ、それは申し訳ありませんでした。しかし、今更それを訊いても、もう俺が草食系になるのは絶望的…」
そう言って肩を落とすと、マラダイは再び
「マラダイ、よく訊け。確かに日本は草食系男子がふえ、一時期はそれでもよかったのじゃ。しかしのぅ、やがて草食系男子に満足できない女たちが反動のように肉食を求めるという現象が起き始めたのじゃ。たとえばセクシーな韓流スターに走ったり、アダルト系の男優がモテはやされたり…」
「ななな、なんですとっ!」
わしの言葉をまたも最後まで訊かずに、マラダイは眼を
「ででで、では、俺の1か月の修業はむむむ、無駄だったという…」
「それは、わからん。ひなげしが、草食系と肉食系のどちらを好きかは、わしも知らん」
が~~~~~ん!!!!! という顔をマラダイはしたな。さもありなん。
「でででは、俺はどどど、どうしたら?」
「ったく、お前は性急にして浅慮じゃの。まずは、ひなげしに確かめるのじゃ」
「どどどど、どうやって?」
「それくらい、自分で考えよ。いい歳したおっさんなんだから」
「そそそ、それでもし、ひなげしが草食系を好きだったら?」
「………」
「………」
「ア、アンナ様?」
「知らん!」
「えええええ~~~~!!」
「♫~それで、考えたよ~。マラダイ様はっ。あっは~ん♫」
「♪~賢いマリウスを使うことにしたのさぁ~~。うっふ~ん♪」
「♬~他力本願もいいところ。しかも8歳に頼る36歳って、どうなのぉ~。いっや~ん♬」
ナル、ニナ、ノワが歌う通り、窮地に陥ったマラダイはマリウスに
「ぶ~ん(いや、窮地に陥れたの、アンナ様でしょ。しかもこの間は、マラダイさんが
ヴィよ、滅多なことを言うでない。わしはそんなに人が悪くはないぞ、ただ面白いことが大好きなのじゃ。
おーほっほっほ。
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