第14話 匙を投げられた絶倫男
「呼んだかの?」
わしはマリウスの希望に応えるべく、背後にそろりと立ち声をかけた。
「うわっ!」
不意打ちに、驚くマリウス。すまんすまん、おーほっほっほ。
「わん(げ、また出た!怪しい黒づくめ)」
だから、黙れ!不細工な犬。
「ぶ~ん(失敬な犬ですね。こいつだけ、王国の果てに飛ばしときますぅ?)」
よいよい、ヴィよ。後で、からかってやればよい。
「ア、アンナ様、失礼しました。あまりのタイミングの良さに…」
「ふむ、わしはこう見えて占い師だからのぅ」
「わん(こう見えてって、どう見ても怪しい魔女にしか見えねぇよ。てか、占い師がこんな風にいつもいつもタイミングよく現れねぇだろっ)」
ヴィよ、やはり軽く射しておきなさい。
「ぶ~ん(はーい、アンナ様ぁ)」
「わんっ(いでっ!なんだなんだ?なんかチクって、いま…あ、ぁふっ)」
「ん?ポムポム、どうしたの?え、え、ポムポムっ!」
大丈夫じゃ、小1時間ほど、大人しくなるだけじゃて。
「大丈夫じゃ、眠くなっただけじゃろう。犬じゃからな」
「は、はい…」
へなへなと足元にへたり込んだ犬を、心配そうに見るマリウス。
「ところで、わしに何か用だったのでは?」
「は、そうでした。アンナ様、ナチュラ族の居場所を教えてくださいませんか?マラダイさんに至急、伝えたいことがあるのです」
ナチュラ族の居場所は、基本、彼らしか知らない。軽々しく人に教えてはならないし、簡単にナチュラ族以外の人間が入り込めないように、里へ通じる道は厳重に管理されておる。
性欲に惑わされないナチュラ族は、いっとき異質の民として迫害されるという歴史をたどった。しかし現在から3代遡る賢王の判断で、むしろ希少な存在として研究的配慮により、安全な地を与えれるとともに保護されているのだ。
賢いマリウスは、それを百も承知じゃ。それでも、わしに頼むというのじゃな?
「おっけー!」
「ぶんっ!?(ア、アンナ様!?軽すぎやしませんか?ナチュラ族の居場所って、かなりの機密事項ですよ?)」
良いのじゃ。だって、すでにマラダイを入れちゃったしな、てへっ。
「ぶん(て、てへって…もうアンナ様ったらぁ)」
「ありがとうございます!アンナ様っ!!」
「今回は特別にわしの執事蜂が案内してやるがの、マリウス」
「は、はいっ」
「戻ってきたら、ナチュラ族の居場所の記憶は消させてもらうぞ。よいか?」
「もちろんです。機密事項だとわかっていますから」
「うむ、わかっていればよい」
「それにアンナ様。アンナ様のご厚意には、報いさせていただくつもりです。ワインと燻製の鹿肉はお好きですか?」
大好物~~~!!
「さすが、出来た子じゃ」
「ぶ~ん(マジで、次期領主は、マリウスの方がいいんじゃないですかぁ?アンナ様)」
うむ、わしもそんな気がしてきた。
「さて、ではさらに特別に、馬車ではなく高速転移で連れて行ってやろう」
ん?高速転移は、わしだけの特権ではなかったのか、じゃと?
この際、カタいことは言いっこなしじゃ。
それと、決して
わしは、心の広~い占い師なのじゃ。おーほっほっほ。
✵ ✵ ✵
どさっ。
ん?寝ぼけた犬が、地面に落ちた音じゃ。気にするでない。
「あっ、はっ。ここがっ…ナチュラ族の里!?」
あっという間に転移して、さすがのマリウスも若干慌てておる。おーほっほっほ。
「そうじゃ、ほれ、何やら聞こえるであろう」
「ったくもう~~~!! もう、
「そんなことを言わずに、姪御殿。な、なんとかもっと性欲減退に効くなにかを…」
「なにかって何?もう、この性欲異常者がぁ~~~!!」
「マラダイ…さん?」
「わふん(おぁふ…あれ、俺どうしたんだ?)」
「これ、ニーナよ」
「だ、誰!? まあっ!アンナ叔母様!」
「どうしたのじゃ、騒がしいのう」
「だって、だって叔母様!このマラダイという男、いったいどうなっているんですかっ!ナチュラ族の里へ来て、もう1か月が経とうとしているのに、ちっとも性欲が衰えないって言うんですよっ。トフとユーバとシナ意外に、性欲が減退する食べ物はないかってうるさくてっ。もう、面倒見きれませんっ。この人に性欲減退なんて、無理っ。叔母様、すぐにも連れ帰ってください!!!!!」
「そ、そんなことを言わず。後生だから姪御殿」
往生際悪く
そんなことをする姪ではなかったのだが、さすがにお手上げ状態、堪忍袋の緒も切れたらしい。
すまんかったのぅ、こんな手のつけられない絶倫男を送り込んでしまって。
「わん(さすが、マラダイさん)」
「ぶ~ん(さすが、絶倫男)」
まぁな、それしか取り柄がないからのぅ。
地面にがっくり膝をついて
「マラダイさん!」
「え?お、おう、マリウスか」
「大変です、マラダイさん。ひなげしちゃんがっ…」
ひなげしと聞いて、
「ひ、ひなげしがどうかしたのかっ。け、怪我でも、病気でも!?」
「わん(違うよー。ぼやぼやしてると、ジュリアスに食われちゃうよ)」
余計なことは言わんでいい、犬。ま、どうせ、伝わっておらんが。
「い、いえ、元気ですが、ですが」
「な、なんだっ」
「あの…その…つまり」
「は、はっきり言わんかっ」
ひなげしのこととなると途端に大人げなくなるマラダイは、マリウスに暑苦しいほど詰め寄った。
その勢いにタジタジになりながら、マリウスが言葉を選ぼうとする。
「あの、うちの母上がですね…」
「うん?ミーナ様が?」
「わん(ジュリアスとひなげしをくっつけようと、画策してるよ~)」
おお、はっきり言いおったな。しかし残念ながら通じては…。
「な、なななな、なんだとっ!?」
んんん!?
な、なぜ、通じたのじゃ。犬の言葉がっ。
マラダイよ、おぬし、ことひなげしに関しては超能力的な何かが働くらしいな。
「そりゃ、大変だっ!こうしてはおれんっ!!あのミーナ様のことだ、どんな姑息な手を使うかわかったものじゃない」
「え?いや、わかったんですか?え、それに、姑息な手って…」
まあ、マリウスにとっては、一応母親じゃからのぅ。
姑息とまでは言われたくないじゃろう。
「ば、馬車をっ!すぐに馬車を用意させなければ!」
慌てて走り出そうとするマラダイ。
「いえ、マラダイさん。それならアンナ様が…あれ、いない…」
「わん(き、消えた?)」
きょろきょろと辺りを見回すマリウスと犬。
じゃが、わしとヴィはさっさと高速転移をした後。
あとは、自力で帰ってまいれ。わしを、そうそう気安く頼るでない。
仮にも何千年のときを生きる、東の森に棲む占い師と由緒正しき執事蜂じゃぞ。
おお、それから、帰ってきたらワインと燻製鹿肉を忘れるでないぞ。
おーほっほっほ。
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