第13話 領主館の恋愛事情

「さて、ナチュラ族の元へ行ったマラダイはどうしておるかの?」

「ぶーん(はいはい、ちょっとひとっ飛びして来ましょうか、アンナ様?)」

「頼んだぞ、ヴィ」

 ひょこん、と羽コプターを出したヴィが飛びあがって速攻消えた。


 やがて。

「うぉお~、なんでだぁ。毎日3食、トフとユーバと野菜しか口にしていないのに、一向に衰えた気がしない~~~~!」

 おお、頭を抱えておるな、マラダイ。

 そして、もう一人頭を抱える人物が………姪じゃ。

「もうぅうっ!うるさいうるさいうるさい!それはアンタの煩悩がすさまじいせいでしょー!!こんな性欲まみれの人間、見たことないわっ」

 おう、文字通り匙を投げおった。

 コキーンとマラダイの頭を直撃する匙。


「ぶーん(ダメみたいですよぉ、アンナ様ぁ)」

 もう、よい。

 帰っておいで、ヴィよ。



✵ ✵ ✵


「まぁっ、よく来てくれたわ。サエコ、ひなげしちゃん!」

 上機嫌で迎えるミーナ様。

「本日は出張施術をお申しつけくださり、ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げるひなげしを手招きし、ミーナ様は言った。

「覚えているかしら、ひなげしちゃん。長男のジュリアスよ。ジュリアス、こちらは話していた、あの・・ひなげしちゃんよ」

 ひなげしのあまりの変貌ぶりに、ぽかんと口を開けっ放しにしているジュリアス。そんな息子を、ミーナ様は満足げに見やった。

「可愛らしいでしょう?こんなキュートなお顔と抜群のプロポーションを隠していたのよ、ひなげしちゃんはっ」

 もうっと、ひなげしを肘で突くミーナ様。

 ジュリアスはまだぽかんとしたまま、それでもひなげしを上から下まで見た、2度も。

「どおぉ?ジュリアス、年齢的にもあなたにぴったりじゃない?それにねぇ、施術もとっても上手なのよぉ。彼女のハンドテク・・・・・は、極上の蜜の味よっ」

 意味深な表現で、笑みを深くするミーナ様。


「わん(いやらしい顔してんな、ミーナ様)」

「ポムポム」

「わん(へいへい、黙ってればいいんでしょ?)」

 傍らでコソコソ言いあっているマリウスと犬は当然無視されて、ミーナ様は続ける。


「ねぇ、ジュリアス、ひなげしちゃん。ちょっとふたりで、お庭を散歩でもして来たら?」

「え?でも、施術は…」

「あらぁ、いいのよ。そんなの後で」

 ははん、とサエコにもやっと合点が言ったようじゃ。

 なるほど、ミーナ様は奥手のジュリアスとひなげしをくっつけようとしているのかと。


「いえ、お母様。彼女は仕事をしに来ているわけですから」

 ジュリアスは硬い表情でそう言うと、隅の方に控えているベッティをちら、と見た。

 ほお、やはりな。

「もうっ、ジュリアスったら、そんなお堅いことばかり言っているとモテなくてよ。ねぇ、ベッティ」

 急に話を振られて、ベッティがひょこんと飛び上がる。

「あ、いえ。そんな。ジュ、ジュリアス様は素敵です」

 小さな声でそう言ったのを、ミーナ様は無視するように言った。

「どう?ジュリアスとひなげしちゃん、お似合いだと思わない、ベッティも?」


「はい…」

「お母様っ!」

 ベッティが小さく答えるのと、ジュリアスがさえぎる声が重なった。


「ま、まぁ、お母様。ひなげしさんは、兄さんの言う通り仕事に来ているわけですし、散歩はそれが終わってからでも。あ、そうだ、ベッティ。施術に使うオイルを見せてもらいたいんだったよね?」

 マリウスが上手く話しを持って行こうとする。

「あら、オイルに興味があるの?」

 サエコがベッティに話しかけた。

「は、はい。わたし、薬草や花を育てているんです」

「まぁ、そう。じゃあ、あたしが話を訊くわ。ひなげし、ミーナ様に施術を」

「はい」

 ホッとした表情でうなずくひなげし。

「あ、ありがとうございます。…えーと。」

「サエコ・ホージュよ。「ディーテ」のオーナーをしているの」

「オ、オーナー様っ!こ、光栄です!」

 嬉しそうにそう言うベッティを、ジュリアスが優しい眼で見つめた。


「わん(ふ~ん。てことは、ミーナ様、わかっててやってんのか?)」

「ポムポム」

「わん(息子の恋路を邪魔して、ひなげしとくっつけようとか、えげつないだろ)」

「ポムポム!」

 犬よ、取りあえず黙っておけ。


 ミーナ様の出張施術依頼は、その後も続いた。

 そしてその度に施術を終えたひなげしは、ジュリアスとお茶だの散歩だの、とミーナ様から申し付けられる。

 そんなこんなが6度ほど続いた頃、とうとうひなげしはジュリアスに告げた。


「ジュリアス様、はっきりお断りになってくださって構いません」

 ひなげしが傷つくのではと、ジュリアスが言い出せないのを、当のひなげしはわかっておったのじゃな。

「あ、いや。僕は、キミが嫌だという訳じゃ…」

 女子からそこまで言われても、はっきりした態度を取らないジュリアスに、めずらしくひなげしは強い口調で言った。

「ジュリアス様。いっそ、ひなげしなど全然タイプではないとミーナ様におっしゃるべきです」

「い、いや、そんなことはないよ。キミは可愛いし」

 この期に及んで、まだ紳士的態度を取ろうとするジュリアス。

「…ジュリアス様、それではベッティさんがお可哀想です」

 ベッティの名前を出されて、ジュリアスは驚いてひなげしを初めてまともに正面から見た。


「おふたりは、好き合っていらっしゃるのでしょう?」

「ど、どうしてそれを…」

「そんなのおふたりを見ていたら、わかります。ミーナ様に言われて、あたしとお散歩に行くジュリアス様を見送るベッティさんの切なそうな表情…」

「ベッティが、そんな表情を?」

「はい、お気づきじゃないなんて、酷いです!」

「ご、ごめん…」

「謝るなら、ベッティさんに。それに…」

「それに?」

「ミーナ様も実はおわかりなのでは?」

「お母様が…なにを?」

「ジュリアス様とベッティさんのお気持ちです」

「そ、そうだろうか…」

「そうです。だから、あたしを無理やり…」

 そう言って、さすがにミーナ様の悪口になるような事は控えるべきだと気づいたひなげしは、口ごもった。


「お母様は身分違いだと言うんだ」

「そう言われたら、諦めるんですか?」

「いや、僕は領主の継承権など捨ててもいい」

「そこまでしないと?」

「ルキーニ王国は性には大らかだけど、それでも上層階級にはちょっとしたしきたりがまだ根強く残っていてね…。でも、大丈夫だ!領主には弟のマリウスがなればいい。あいつの方がその器だと思わないかい?頭もいいし、8歳にして誰よりも落ち着いている」



「はぁ~~っくしょん!!」

 マリウスが大きなくしゃみをした。

「わん(おい、大丈夫か?風邪か?)」

「いや、そういう訳じゃ…」

「わん(じゃ、誰か噂でもしてんじゃねぇか?)」

 領主館からほど近い公園で、しばらく円盤投げに興じていたマリウスとポムポムは、少し休憩しようとベンチの所へやってきた。


「ポムポム、はい水」

「わん(お、サンキュ。あと、お菓子もくれよ)」

「はい、どうぞ」

 仲良く水筒の水と焼き菓子をわけ合って、マリウスはベンチにポムポムはその足元に座った。


「わん(なぁ、ナチュラ族のところに行ったマラダイさん、知らないよな?)」

「なにを?」

「わん(あん?お前の母上の策略を、だよ)」

 それが、ジュリアスとひなげしをくっつけようとしていることだと、マリウスにはすぐにわかった。

「まぁ、上手く行かないと思うけど」

「わん(わかんないぜぇ。いまのひなげしは、相当可愛いぜ?)」

 確かに、とマリウスはうなずいた。


「でも、兄さんはベッティのことが昔から好きだったから」

「わん(だって、身分違いだって反対されてるんだろ?)」

 う~ん、とマリウスは考え込んだ。

「ねぇ、ポムポム。あの兄さんに、お父様とお母様に逆らってまで、ベッティを選ぶ勇気があるだろうか?」

「わん(さあねぇ、ないんじゃないの?)」

「だとしたら…」

 だとしたら?


「マラダイさんに、伝えるべきじゃないだろうか。だって、あの・・マラダイさんが、自分の性欲を無くすことまでいとわないくらい、ひなげしちゃんに恋してるんだよ?」

「わん(性欲無くなったら、マラダイさんの価値もなくなるってのになぁ)」

 マラダイとて、犬ごときにそこまで言われたくはないと思うぞ。


「行こう、ポムポム。こうしてはいられない。やっぱりマラダイさんに、すぐに知らせなきゃ!」

「わん(だな。あの優柔不断なジュリアスと、気の弱いひなげしが、ミーナ様に押し切られない前に)」

 だから犬ごときにそこまで言われたくないと思うぞ、ジュリアスだってひなげしだって。


「わん(だけど、ナチュラ族の居場所って、お前知ってんのか?)」

「それは…アンナ様にお聞きしよう!」

 ふふふ、またまたわしの出番のようじゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る