第11話 ひなげしと個セイ豊かな住人達



 さて、その頃ひなげしは。


 サエコの店での仕事もだいぶ慣れ、今日は週に一度の休日じゃ。

 ひなげしが暮らしているのは、サエコの店から徒歩数分のアパート。同僚のジェシカも同じところに住んでおる。

 アパートとはいえ、ルキーニ王国は性を重要視する国。防音が施されたバス・トイレ付きの寝室は必須アイテム、さらにコンパクトなキッチン付きのリビングが備えられ、ひなげしは「東京都内だったらとても新入社員のお給料では住めないな」と呟いていた。


 アパートの1階は共同で使えるスペースとなっており、広めのキッチン&リビングがあり、住人同士が一緒に食事をしたり情報交換などができるくつろぎの場になっている。

2階にはジェシカとベーカリーで働くリモーネ、3階にはひなげしと図書館で働くドリスの個室がそれぞれある。

最上階はシーツなど大物も洗濯できる洗濯室で、天窓から効率よく太陽光を取り入れられる物干し場が併設されている。

 

 休日ということで、ひなげしはゆっくり掃除や洗濯、料理などをして過ごしていた。

 ジェシカは午後から出掛けていたが、夕方近くになって自分より若い男の子を連れて帰ってきた。24歳のジェシカは、ウエーブのかかった金髪ショートヘアがよく似合う背の高い女性じゃった。彼女の趣味は年下、甘えてくるまだ性に不慣れな男の子を育てるのが大好きなのじゃ。


 ベーカリー勤務ということで朝が早いリモーネは、ジェシカより早くすでに帰ってきており、訪ねてきたかなり年上の男性とラブラブ中。クセの強い赤毛をおさげ髪にした小柄なリモーネは、27歳なのだが10代に間違われるくらい童顔で、エロい中年によくモテた。


 図書館勤務のドリスはストレートな栗毛を一つに結わえて長く垂らした、眼鏡が似合う知的クールビューティーじゃ。お堅い印象とは違い、彼女が選ぶのはいわゆるワル。遊び人や放浪癖がある男に眼がない。


 さて、それぞれ奔放に性を謳歌している住人の中で、独りいまだにバージンなのがひなげしじゃ。本人は秘密にしているつもりだが、まぁ、バレバレじゃな。


「ただいまぁ~」

 外が暗くなってから、図書館勤務のドリスが金髪ロン毛の男を連れて帰ってきた。

「あ、おかえりなさい。ドリスさん」

 ちょうどキッチンに居て、いつものようにリモーネがお土産に持ってきてくれたパンと手づくりのスープで夕食にしようとしていたひなげしはそう言った。


「やあ、ひなげしちゃん…だっけ?」

 何度か見かけたことのあるロン毛の男が、そうひなげしに声をかけた。

 無言で、それでも丁寧に頭を下げる、ひなげし。

「ひなげし、これ」

 そんなひなげしにドリスが差し出したのは、2冊の本だった。

「あ、ありがとう!ドリスさん」


 どこから来たのかは知らないが、ルキーニ王国に慣れていないひなげしに、ドリスは図書館からいろいろな本を借りてきてくれていた。

 歴史や文化の本、建築やインテリアの本、娯楽施設やおいしい店などを紹介するガイドブック、音楽やアート、料理や裁縫の本まで。


「わ、新しい料理の本だっ」

 嬉しそうにそういうひなげしがつくっているスープの鍋を、ドリスが覗き込む。

「豆とチキンのスープ?この間渡した煮込み料理の本、役に立ってるみたいね?」

「はいっ、とっても!」

 29歳とこのアパートで一番年上のドリスは、21歳のひなげしを妹のように可愛がっておる。あくまでもクールに、むしろつっけんどんな物言いではあるが、優しさは充分にひなげしに伝わっていた。


「ドリス、今度はあっち関係の本、差し入れてやんなよ。いつ来ても、ひなげしちゃんが男を連れ込んでいるところを見たことがないぜ、オレ」

「いいのよ、このはっ。余計なこと言わないで!」

 ぴしりと言い放ったドリスに、ロン毛男は首をすくめおった。

 ひなげしはといえば、そう言われただけで顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 そんなひなげしを見て、ドリスはロン毛男の背中をパシッと叩くと自分の部屋へと急かしていった。


「ふう…」

 出来立てのスープと温めたパン、お気に入りのハーブティをお盆に乗せて自室に運んだひなげしは、独りの夕食を取りながらそっとため息をついた。

 雇い主のサエコ、同僚のジェシカや仲良くしてくれるリモーネやドリスのお蔭で、ひなげしもルキーニ王国に何とか慣れつつある。けれども、どうしても慣れないのがこの国の性への奔放さだ。


「あの人、どうしてるだろ…」

 窓から見える綺麗な月を眺めながら、ひなげしはぽつりと言った。

「ちょっと、お父さんに似ている…」

 ほお。

 わしは霊玉に、ひなげしの幼少期、さらには家族に関しての諸々を映してみることにした。

 ふむ、なるほどな。ほう、そうか。



✵ ✵ ✵

 

 ひなげしの父は、3度の結婚と離婚をしていた。

 1度目の妻との間に3男1女、2度目の妻との間に1男2女、3度目の妻との間に2男2女をもうけておる。

 そしてひなげしの母は、父親が3度の離婚後に出逢った女性じゃった。

 ひなげしを身籠ったとき、父は母に結婚を申し込んだが、ひなげしの母は結婚を望まなかった。

「あなたは、一人の女で満足できるような人ではありません。せっかく結婚しても離婚するのなら、私は愛人のままで構いません」

 そうひなげしの母が言ったのには、訳がある。

 ひなげしの父は、大変な絶倫だったのじゃ。

 3人の妻との間に11人の子をもうけても、一向に衰えない性欲。3人の妻たちはその異常なまでの性欲を受け止めきれず、いずれも離婚に至っておる。

 つまり離婚理由は、性格の不一致ならぬ、性欲の不一致。

 ひなげしには、腹違いの兄弟姉妹が11人もいたのじゃ。それから同じ母のもと、10歳下の弟がいる。


 ひなげしの母が現在でも日本で父親と暮らしているところを見ると、どうやらあっちの相性も良いようじゃ。父親は有名な建築家、現在68歳、枯れはじめてはいるが仕事もあっちの方もまだまだ現役。

 母親は56歳、日本舞踊のお師匠さんをしており、柳腰の美人じゃ。

 

 ひなげしは幼い頃から、知識が豊富で優しい父親が大好きじゃった。

 ある日、自分には腹違いの11人と実の弟を含め12人の兄弟姉妹がいて、自分も父と同じように性欲が強いと気づくまでは。

 思春期を迎えたひなげしは、突然父親を避けるようになり、そして自分の性欲の強さを嫌悪するようになった。

 可愛らしかった容姿をダサい服装や眼鏡で隠すようになったのも、この頃から。異性を極端に嫌うようになり、高校・大学は女子校を選んだ。

 就職先も、できれば男性ができるだけ少ない職場を希望していたくらいだ。


 当然、ヴァ―ジン。

 しかし、いつしか覚えたオ〇ニーは止めることができなかった。

 己の性欲の強さを呪いながら、〇ナニーを続けてしまう日々。ひなげしは自分自身も嫌悪するようになっていった。

 

「ああ、もうっ。こんなっこと止めたいって思ってるのに!」

 今夜も己の性欲を恨みながら、可愛らしく昇りつめていくひなげし。その秘密を、いまは誰も知らない。

 


 ところで読者の皆さまは、霊玉という便利なものがあるのに、なぜヴィをあちこち赴かせるのかとお思いかもしれない。

 それでは、霊玉と執事蜂の違いをお伝えしておこうかの。


 霊玉は現在過去を問わず、時空を超えて見たいものを見ることができる。確かに便利じゃが、それは日本で言えばテレビを見ている感覚に近いかの。

 つまり全体像というより、フォーカスした見え方が特徴じゃ。


 それに比べて執事蜂は、ワシの眼であり耳であるため、あたかも自分がその場で見聞きしているかのようなライブ感があるのじゃ。ただし過去には行けないから、現在の空間移動のみ。

 どうじゃろう、おわかりいただけたかな? おーほっほっほ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る