第9話 マラダイの決心と王国の一大事
「よし、俺は決心したぞっ!」
悲愴な面持ちで、マラダイはそう言った。
「何をですか?マラダイ様」
長女リスのナルが訊く。
「俺は草食系の男に生まれ変わるっ!」
「草食系?何ですか、それ?」
次女リスのニナが首をかしげる。
「セ、セ、セ、セッ〇スに消極的な男のことだっ!」
「あはは、やぁだ。マラダイ様ったら、冗談きつ~い!」
末っ子リスのノワがそう言って笑い転げる。
「本気だ!!」
「「「無理無理無理~~~!!!」」」
リス3姉妹が突っ込む。
「ほ、本気だ…」
思わず泣きが入ってしまったマラダイに、リス3姉妹が顔を見合わせ合う。
「そ、そんな。マラダイ様からセック〇を取ったら何か残るんです?」
と長女リスのナル。
「そうですょお。3度のご飯より〇ックスが好きなのに」
と次女リスのニナ。
「一晩3回は当たり前。それでも足りなくてオ〇ニーも欠かさないマラダイ様ですよ?」
と末っ子リスのノワ。
3匹とも励ましているつもりなのだろうが、こき下ろしているとしか思えんのう。
「お、俺も男だ…」
リス3姉妹にとっては意味が分からない言葉を残し、マラダイは自室へ行こうとする。
「マ、マラダイ様!まじで、ピンキーノが足りないんですっ」
「すぐにでも、製造にとりかかってくださいよぉ」
「ピンキーノが切れたら、ルキーニ王国で暴動が起こりかねないです!未婚既婚に関わらず、望まない子供がバンバン生まれたらどうするんですかぁ?」
ナル、ニナ、ノワが口々にそう言う。
「そんな他人の下半身事情など、知らん!」
「マラダイ様っ!マラダイ様は国家の機密事業を任されているんですよ!」
「そうです!もっと自覚を持ってください」
「なんですか!マラダイ様が草食系とかになるのは勝手ですが、大事な仕事を放りだすなんて勝手は許しませ~ん!!」
リス3姉妹にそこまで言われては、マラダイも従うしかなかった。
それからマラダイは、3日3晩一睡もせずに、秘薬ピンキーノをつくり続けた。
〇ックスでもないことに、そこまで真剣に取り組むマラダイをリス3姉妹は初めて眼にしたのじゃった…って、おい。それ問題じゃろ。
かくして数カ月は大丈夫であろうピンキーノの在庫を製造・確保したマラダイは、今度こそ人生にとっての一大事に取り組みはじめた。
つまり、どうしたら草食系になれるか。
「ぶ~ん(それって、人生の一大事ですかねぇ?なんか、ちょろすぎる一大事…)」
ヴィ、最もな意見じゃが、いまのマラダイは真剣じゃ。
人生で初めて恋に落ちた36歳おっさんの心情を、汲み取ってやれ。
「ぶ~ん(めんどくさーい)」
しかし首都図書館に行って調べても、博識と名高い長老たちを訊ね歩いても、マラダイが求める答えは見つからなかった。
それもそのはず、性に奔放、快楽を謳歌することこそ幸福と信じるルキーニ王国では、精力増強の方法は知りたくとも、その逆は全く無意味。草食系など、国民誰一人として関心のないことじゃ。
「ああ…」
疲れ果てたマラダイが深いため息をついて頭を抱えたその頃、領主館にもマラダイの異変の噂が届いていた。
✵ ✵ ✵
「まぁ、マラダイがっ!?」
「そうなのだ、ミーナ」
「それで、秘薬ピンキーノの製造はどうなっているのですか?お父様」
「まぁ、取りあえずそれは続けているようだ、ジュリアス」
「でも、あなた。余命数ヵ月となったら、それもいずれ…」
「マラダイさんには、子供がいませんし。秘薬製造の後を継ぐ者が…」
「そのなのだ、ミーナ、ジュリアス。これは国家の一大事だ」
「大変だわ、あたしたちの夜はどうなるの?あなた」
「いや、ルキーニ王国の夜の生活が脅かされるとしたら、暴動が起きかねませんよ、お父様」
「うむ、しかしどうしたものか…」
ここでもマラダイより、秘薬ピンキーノ、ひいては自分たちの夜の生活を心配する者たちがいた。
「わん(しかし、本当なのか?あの殺しても死なないような絶倫男のマラダイさんが、死にそうだってぇ?)」
「うん…(確かに信じがたい…)」
「わん(この間会ったときは元気にスケベそうだったよなぁ?)」
「うん…(ひなげしちゃんに対して、欲情しまくりだった…)」
「これはもう、マラダイを大至急結婚させて、誰かに秘薬ピンキーノを受け継ぐ子供を産んでもらわなければ」
「でもお父さん、結婚相手を探すのだって、ましてや生まれた子供が大きくなって秘薬ピンキーノの製造方法を受け継ぐまでにはだいぶ時間がかかりますよ」
「と、取りあえず、マラダイの子種を大至急、誰かに注入して
「ですから、お母様っ。それだって、時間がかかりすぎです」
「うむ、噂が本当だとしたら、もはやマラダイに子を
「まぁ、なんてことっ!」
「わん(なんか混乱してるけど、まず噂の真偽を確かめるのが先じゃあねぇの?)」
ふふ、めずらしく真っ当なことを言うのう、犬よ。
「あのぅ、お父様、お母様、ジュリアスお兄様。僕、ちょっと行って、マラダイさんの様子を見てきましょうか?」
混乱する三人に、そう申し出るマリウス。
「おお、頼んだぞ。マリウス」
「ルキーニ王国の一大事の真相を確かめるのよ」
「急げ、マリウス」
「「「そしてできるなら、ピンキーノの在庫をありったけ持って帰ってきてぇ~~~!!!」」」
「…はいはい」
「わん(どっちの心配してんだよ、マラダイか?ピンキーノか?)」
「ぶ~ん(もちろんピンキーノよっ!ブサ犬ちゃん)」
「わんっ(誰だっ!俺の悪口を言うのはっ!いい加減、気配だけでなく姿を見せろっ!!)」
「いいから、ほら行くよ、ポムポム」
「わん(へ~い)」
✵ ✵ ✵
マリウスは最近、ルキーニ王国で流行っている乗り物、2輪車を買ってもらったばかりだ。転移する前の暮らしを思い出させるそれを、いま颯爽と走らせている。
犬のマリウスも、犬らしくその横を伴走中である。
「気持ちいーぃ!馬車より、こっちの方が全然早いよ。ポムポム、もっとスピードを出すけど、いいかい?」
「わん(ちょ、待てよ。最近、運動不足で…)」
「ポムポム、お前太ったんじゃないの?」
「わん(ち、違わぁ。そう見えるのは毛、ふさふさの毛のせい。お、俺はもともとアスリート並みの肉体と、エッチの持久力が自慢だったんだぞ)」
「ははは、OK。じゃあ、飛ばすよっ」
「わ、わん(お、おうよ!)」
そうこうするうちに、マリウスと犬は『ダンユ商会』へ到着した。
「こんにちは~」
そう言って、『ダンユ商会』の扉を開けるマリウス。
「いらっしゃいま…あらっ」
店の中を掃除していた長女リスのナルが、入って来たのがマリウスだと気づいた。
「わぁ、めずらしい。マリウスちゃま、久しぶりっ」
自分より小さな次女リスのニナにちゃま付けで呼ばれて、マリウスは照れくさそうにお辞儀した。
「マリウスちゃま、マリウスちゃま、会いたかったぁ」
マリウス大好きで駆け寄った末っ子リスのノワが、ポムポムの背中に飛び乗ると、マリウスに両手を伸ばす。そんなノワを、マリウスは両手で抱き上げた。
「わん(こらっ、人を踏み台扱いするなっ)」
お前は人ではなく、犬じゃがの。
「マリウスちゃま、久しぶりねぇ。歓迎の、チュ!」
ノワが親しみを込めて、マリウスの頬にキスをした。
「まぁ、ずるいわ、ノワ。あたしもあたしも、マリウスちゃま」
「そうよ、レディは公平に扱うのが、ルキーニ王国の正しい男子のふるまいよ」
ナルとニナも、ポムポムの背中に飛び乗ると、マリウスの両手を伸ばす。
「わんっ(ちょ、おいっ。だから俺を踏み台代わりにするなっ!)」
そう抗議する犬は当然無視されて、マリウスはナルとニナもかわるがわる抱き上げると、その頬にキスを受けた。
「ぐふぅ(くそう、なんだよ。扱いが違いすぎるぞ)」
不満そうに
「ありがとう、ナル、ニナ、ノワ。ところで、マラダイさんは?」
リス三姉妹を紳士的に床に抱き下ろすと、マリウスはそう訊ねた。
そう訊かれたリス三姉妹は、歓喜の歓迎ぶりとうって変わって顔を曇らせた。
その様子に、マリウスは不安になる。もしや、噂は本当だったのか、と。
「わん(おいおい、しけた顔するんじゃないよ。もしかしてあの噂、事実なのか?)」
犬も不安気にしっぽをゆらりと振って垂らすと、リス三姉妹の答えを待った。
「実は…」
「いま、出掛けていて…」
「もうすぐ帰ってくるかと…」
言葉を濁すリスたちに、マリウスが慎重に訊き正す。
「具合が良くないって噂を、訊いたんだけど…」
「わん(てか、死にそうだって話になってんぞ)」
「なにか重い…病気?」
「わん(死にそうな病気なのか?)」
「もしかして、病院へ行ったとか?」
「わん(もしかして、途中で死んでるとか?やべー、じゃん)」
「あのね、ポムポム…」
「わん(あ、こりゃ失敬)」
「病気と言えば…」
「病気と言えないこともなく…」
「でも、病院では治らないかも…」
リス三姉妹が、相変わらず言葉を濁す。
「…病院では治らない?」
「わんっ(げ、ふ、不治の病かっ!)」
「実はっ」
「マラダイさまはっ」
「36歳にして初めての」
「「「恋の病にかかったのですっ!!!」」」
そう声を揃えたリス三姉妹に、驚愕するマリウスと犬、であった。
「ええええええ~~~~!!!」
「わああ~~ん(えええええ~~~~!!!)」
まぁ、そんなこんななところへ、やつれきったマラダイが帰ってきたのじゃった。
さぁ、どうなることかのぅ。
おーほっほっほ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます