第8話 日本は草食系の国!?

 その頃、ルキーニ王国の首都ザラハドは、ある噂でもちきりになっておった。


「え?あのマラダイさんが?」

「そうなの、おかしいのよ」

「誘っても断っただって?あの見境なく発情している男が!?」

「この間見かけたけど、魂抜かれたみたいにふらふらしてたぜ」

「ヤリすぎて、頭がおかしくなったんじゃないか?」

「なんか変な病気にかかったのかも」

 まぁ、病気と言えば病気じゃの。“恋わずらい”という名の。


 そして噂は噂を呼び、さらに尾ひれがつきまくった状況になっていった。


「なんでも余命数ヵ月らしいよ」

「え、じゃあピンキーノの製造は誰が受け継ぐの?」

「マラダイには、跡取りがいないからなぁ」

「大変っ!あれなしじゃあ、どうやってエッチしろっていうのっ?」

「なんでも、遠い異国にはゴムというものがあるらしい」

「聞いたことがあるわ、でも全然、気持ちよくないんでしょ?そんなの使うなんてありえない!」

「そうだそうだ、俺たちのナマで楽しむ権利を、どうしてくれるんだ!!」

 そんな権利より、マラダイのことを心配してやれ、首都ザラハドの市民たちよ。



 さて、街が噂で騒然となっている頃、『ダンユ商会』では。

「マラダイ様ぁ、いい加減に仕事してくださいよっ」

 末っ子リスのノワが、埃取り(はたきのようなものじゃな)でマラダイをぱふぱふ叩きながら言う。

「もうっ。さばき切れていない注文が、こんなにあるんですよっ!」

 次女リスのニナが、注文用紙の束をマラダイの眼の前で振って見せた。

「困ったわぁ。このままでいくと、1週間でピンキーノは在庫切れよ」

 長女リスのナルが、心配顔で貯蔵棚を覗き込む。


 はぁあああ~~、と三姉妹のリスは盛大にため息をつくと揃って歌い出した。


「♫~いったいどうしたのかしら、マラダイ様は~。あっは~ん♫」

「♪~あの日帰って来てからというもの、毎日ぼぉっとした顔でため息ばかり~。うっふ~ん♪」

「♬~熱に浮かされたような顔で、仕事も手につかず~。いっや~ん♬」


「♫~これは国家の一大事~。あっはーん♫」

「♪~秘薬ピンキーノの未来やいかに~。うっふ~ん♪」

「♬~ルキーニ王国の夜の生活が危機に瀕している~。いっや~ん♬」


「♫~たいへんたいへんたいへん~。あっはーん♫」

「♪~私たちの仕事もどうなるの~。うっふ~ん♪」

「♬~代々受け継がれた看板リスの名がすたる~。いっや~ん♬」

 だから、マラダイの心配をしてやれ。


「ちょっと、出掛けてくる」

 マラダイが、ふらりと立ち上がった。

「え、どちらへ?」

 と長女リスのナル。

「この山のような注文、どうするんですかぁ?」

 と次女リスのニナ。

「まさか、ヤリに行くとか?」

 と末っ子リスのノワ。

 ノワよ、その可能性はないと思うぞ。さすがにの。


 看板リスたちに答える気力もないまま、恋わずらいで寝不足のマラダイはふらふらと街へ出かけて行った。

「ぶ~ん(何しに行くんでしょうね?)」

 ふふふ、ヴィよ。

 どうやら、そろそろわしの出番のようじゃぞ。



「おぬし、何かに深く思い悩んでおるようじゃの?」

 眼の前をふらふらと通り過ぎようとするマラダイに、わしはそう声をかけた。

 へ?といった顔で、わしの方をマラダイがのろのろと見る。

「い、いえ、ご心配なく」

「恋を成就させるには、まず相手を知ることじゃ」

 途端に、はっとした表情でマラダイはわしを2度見した。


「こ、こここ、これは東の森に棲む占い師様っ!」

 さっきからいるのに、いま気がついたのか。これは重症じゃの。

「ど、どどどど、どうしてあなた様がここに?」

「わしは占い師。ときにはこうして、通りに座って迷える者たちを占うのじゃ」

 マラダイは、救いの神を見るような眼でわしを見ると、わしの眼の前の椅子に倒れ込むように座った。

「どうしていいのか、わからないのです」

 まぁの、36歳にして初めての恋じゃからの。


「これまでのお前なら、女を口説くのも誘うのも朝飯前ではなかったか?」

「そそそ、そんなっとんでもないっ!」

 マラダイはさも心外だと言わんばかりに、首を横に振る。

「あの清らかで可憐で一輪の花のような、天から舞い降りた天使のような彼女をどう口説いていいのか、俺にはわかりません」

 ふむ、「どう、今夜一発」では思い切り引かれて軽蔑されるのがオチじゃろうからの。

「なぜ、そこまで彼女に恋い焦がれるのじゃ?」

 だって、とマラダイは顔を赤らめ、体をくねらせる。

 き、気持ち悪いのぅ。


「彼女はいままで俺が出会った、どんな女とも違うのです」

 まぁ、異世界人じゃからの。

「どう違うのじゃ」

「まず、あの恥じらい。見ているこっちも恥じらってしまうほどの愛らしさ」

「ほぉ」

「次に、顔をぽっとピンク色に染めてうつむくその姿」

「ふむ、ルキーニ王国の女たちにはまず見られない態度じゃからの」

 ルキーニ王国の女と言わず老若男女は快楽に正直、イケイケのばっち来い!ばかりじゃ。


「そして、細いのに出る所は出ている抜群のプロポーション」

 やはり、そっちか。

「神秘的な黒い瞳と、絹のようなつやつやの黒髪」

 ルキーニ王国では眼は茶か金かブルー、髪の色はブロンドか栗色か赤毛じゃからの。

「そして、あの声…」

 たしかにひなげしの声は、美しい。小さな鈴を揺らしたような、なんとも言えない魅力がある声じゃ。

「あの声で、ベッドの中でささやかれでもしたら。いや、あえがれた日には…」

 こら、変態。そんな想像はまだ1万年早いぞ!


「マラダイ、お前はひなげしがいた日本という国は、どういう国か知っておるか?」

「い、いえ、まったく」

「では、まず彼女の生まれ育った国と風習を知ることからはじめよう」

 わしは全身を包む黒いローブから、霊玉れいぎょくをおもむろに取り出すと小さな占い机の上に置いた。

 霊玉に両手を掲げ、しばし呪文を唱える。


「おお、見えた!」

「う、占い師様っ!」

 マラダイが祈るように両手を重ね合わせ、わしを期待に満ちた目で見てくる。

 わしはそんな迷える36歳おっさんに、霊玉からの啓示を与えた。


「マラダイよ。日本という国は、草食系の男の国じゃ!」

「草食系????」

 小首をかしげるマラダイ、おっさんのその仕草は可愛くないぞ。


「う、占い師様。その、草食系とは、いったい何ですか?」

「肉食の反対が草食」

「はぁ、草食。日本という国の男たちは、草でも食べるのですか?」


 疑問だらけの顔をしたマラダイに、わしは残酷な真実を告げてやった。涙を飲んでの。

「ぶ~ん(うっそだぁ、アンナ様ったら。そんな楽しそうなお顔してぇ)」

 ぎろっ。黙るのじゃ、ヴィ。


「草食、つまりはセック○に淡泊な男たちの国という訳じゃ」

「ええええ~~~~~~」

 理解しがたいといった表情で、絶叫するマラダイ。

「ななな、なんでですかっ?あんなに気持ちいい愉しい素晴らしい、一日中でもしていたいものの魅力がわからないのですか?日本という国の男たちはっ」

「まぁ、それほど好きではないようじゃな」

「そ、そそそ、それは変態だっ!」

 いや、変態はむしろお前の方じゃ、マラダイ。


「そ、それじゃあ、日本という国では、男と女は何をするのですか?」

「まぁ、話をしたり、ゲームをしたり、ご飯を食べたり、お酒を飲んだり…」

「なんとっ!なんと、つまらない人生だっ!セッ〇スのない人生なんて、生きている価値がないっ」

 言い切りおったわ、この絶倫男。

「それで、女たちは不満をいだかないのですかっ?」

「むしろ、肉食系男子は敬遠されておる。ヤらしいとか、鬱陶うっとうしいとか、キモイとか、ガツガツしてみっともないとか…」

「キ、キモイ…みっともない…」

 がっくりと肩を落とし、崩れ落ちそうになるマラダイ。


「なんだか、お、俺を全否定された気分だ…」

 ふむ、その感想は正しいのぅ。

「お、俺はどうしたらいいのだっ!」

 頭を抱え、悶絶するマラダイ。さぁ、どうするかのぅ?


 マラダイは、ふらふらと立ち上がった。

「どうしたのじゃ?」

 わしの問いには答えず、この場を去ろうとするマラダイ。

「マ、マラダイ。少し待て、まだ話が…」

 わしはそう言ったが、そんな言葉など全く耳に入らないマラダイはふらふらと歩きだす。


「ぶ~ん(このまま行かせて、いいんですかぁ?アンナ様ぁ。絶望のあまり死んじゃうかもしれませんよぉ)」

 大丈夫じゃ、ヴィよ。

 マラダイの精力と生命力のオーラは、あんなにふらふらになっていても、一向に衰えてはおらん。むしろ近頃ヤッてないせいか、精力の方はギンギン状態じゃ。


 それにの、人の話を最後まで訊かないとは、悪いのはマラダイの方じゃ。

 少し前の日本では草食男子に愛想を尽かせた女子たちがエロい韓流スターに夢中になっていたとか、最近では女子が肉食化しはじめて肉食男子は人気復活だとか、せっかく希望を持たせてやろうと思ったのに。

「ぶ~ん(え~、ちっとも積極的に止めてませんでしたよね、アンナ様。絶対、確信犯でしょ?)」

 人聞きの悪いことを言うでない、ヴィよ。

 わしは決して楽しんでなどおらんぞ、決してな。

 おーほっほっほ。

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