第7話 運命の再会?

「いらっしゃいま…あらぁ」

 ドアが開く音に、にこやかに振り返ったサエコが、驚いたように眼を見開いた。

「まぁ、マリウス。どうしたの?お母様と一緒なの?今日はご予約いただいていないはずだけど」

「僕とポムポムだけです。近くの犬が多いって噂の公園へ遊びに来てました。そしたらマラダイさんに偶然お会いして。そうだ、サエコさんにも会いたいなって思って」

 マリウスの言葉に、サエコは美しい吊り目をきらりと輝かせ、満面の笑顔になった。

「まぁ、マリウス。嬉しいわ」

 それから明らかに声音を変えてこう言った。

「で? なんでマラダイまで来るの?」

「え、あ、いや、ほら」

 サエコの鋭い視線にたじろぎ、あわあわ状態になるマラダイ。

「ほら? なあに?」

 マラダイの思惑など、明らかにわかっているのにそう訊くサエコ。さすがドS。


「新しいスタッフが入ったんですって?お母様にお伝えしなきゃ」

 賢いマリウスが、そう助け船を出した。

「まぁ、マリウス。そうなのよ、これがまたとっても器用なで。しかも、ちょっとめずらしいタイプの可愛いよ」

「めずらしいタイプ?」

「わん(へ、どんなどんな?)」


 どこにいるかとサロン内をきょろきょろ見回す、浅ましいマラダイと同類の犬。

「残念ね、マラダイ。いま、施術中よ」

 それは残念じゃったな、マラダイ、犬よ。


「もう、独りで任せられるんですか?」

 そう訊くマリウスに、真っ赤な口紅を施した薄い唇の口角をきゅっと上げてサエコは答えた。

「ジェシカのアシスタントで入ってもらってるわ、いまはまだ。でも、すぐに卓越した施術師になるわね」

「へぇ、そんなに見どころがあるんですか?」

「ふふふ」

 サエコが含みのある笑いを見せた。


「わん(それはそうと、ひなげしは?)」

「あ、そうだ。あのはどうしました? サエコさん」

「あの?」

「ええ、異世界転移してきた…」

「しーっ」

「え?」

「異世界転移は、ここでは内緒よ」

「そうなんですか?」

「ええ、だって異世界転移なんて、簡単に信じられる?変な誤解やあらぬ勘繰りをされるのは、経営上困るわ。私だって、いまだに信じられない…」

 マリウスとポムポムが、ひなげしと同じように異世界から来たことを知らないサエコはそう言った。


 まあ、マリウスの場合は飛行機事故で死んだ後、領主家の次男として生まれたわけで、そのまま転移してしまったひなげしとは若干違うがの。

 犬の方は、3股かけてた女の1人に刺されたのじゃ。刺された傷自体はたいしたことがなかったが、運の悪いことに院内感染で容体急変、死に至ったのじゃ。

 で、何の因果が、この世界に犬として生まれた。

 まぁ、幼なじみであったマリウスに偶然再会できて飼われたのは、不幸中の幸いと言えるじゃろう。

 おーほっほっほ。

 

「ぶ~ん(前世でも、ロクな奴じゃなかったんですね、この犬)」

「わ、わふ?(だ、誰かオレの悪口言った?くそう、この間っから、どこのどいつだっ)」

「ポムポム、勝手にうろうろしない。サエコさんの美のサロンではお行儀よくしてって、お母様に言われたでしょ?」

「くぅ(ちっ)」


 そのとき、サロンの奥のドアが開いて少し年配のご婦人が出てきた。

「まぁ、モレアーノ様、お疲れさまでした。本日は、いかがでしたか?」

「とても満足してよ、サエコ。新しいスタッフのマッサージも、とても気持ちよかったわ」

「ありがとうございます」

 モレアーノ様を見送るように出てきた二人の女性スタッフも「ありがとうございました」と深々とお辞儀した。

 その独りが…この国ではめずらしい宵闇のような美しい黒髪と、黒曜石のような魅惑的な瞳をしていた。


 小柄だが、きめ細かく透き通るような白い肌と、スタッフユニフォームを着ていてもわかるナイスバディ。膝丈のワンピースから出た脚はすらりと真っ直ぐで、細いけれども形がいい。細いウエストと腰の高いヒップ、胸はさほど大きくはないようだが形はよさそうだ。

「わん(バービー人形みたいな体型だな)」

 犬よ、めずらしく的確なことを言うのぅ。

「黒髪、黒い瞳…」

 お、マリウスは気づいたようじゃな。

「ふふふ、そうよ。あのよ」


「あの?」

 鈍いマラダイが首をかしげる。

「麻倉ひなげしちゃんよ!」

「ええええ~~~」

「わんっ(おおおお~~~~)」

 驚くマラダイと犬、に反して冷静なマリウスは「やっぱり」と呟いた。



 サエコいわく。

 ひなげしの元々のナイスバディは、実は一目でわかったそうじゃ。

「ダッサい、女の子の着るものとは思えないスーツ?…だか何だか着ていても、私にはすぐにわかったわ」

「さすが、美の追求者、サロン『ディーテ』のオーナーですね」

 8歳にしては小賢しいほどの口の上手さで、マリウスがサエコのご機嫌をさらによくする。

「おまけに、あのメガネは伊達。なんでわざわざ、元は可愛い顔をあんなもので隠すかわからなかったわ」

「わん(へー、なんか理由があったのか?)」

 犬の疑問は、マリウス以外にはわからず、当然スルーされた。気の毒じゃな、犬よ。

「何か、トラウマでも?」

「なんでも、自分に自信が持てないんですって」


 そう自分の気持ちを代弁するサエコを、ひなげしは恥ずかしそうに上目遣いで見る。

「自信がないなら、逆にもっとおしゃれするものよ。普通は」

「わふ(うん、確かに)」

 再びスルーされる犬。


「だって、あたしなんか…」

 そう小さな声で言ったひなげしの手を、マラダイがいきなり両手で握り締めた。

「そんなこと言ってはいけないって、馬車の中でも言っただろう?女の子は誰もが皆、太陽で宝石で、大切にされ愛される存在なんだ!」

 なんだか、興奮しているかのように熱く叫ぶマラダイ。

「で、でも…」

 いきなり手を握られて戸惑いつつも、ひなげしは顔を真っ赤に染めて言いよどむ。


「か、か、か(可愛い!!!!!!!)」

「ちょっと、マラダイ。なによ、か、か、か、って壊れたしゃれこうべみたいでみたいで気味が悪いわっ。それにうちのスタッフに気軽に触るの、よしてくんない?」

 サエコが、ひなげしの手を握り締めたままのマラダイの肩を思い切りひっぱたく。


「かわ、かわ、かわ(可愛い、可愛い可愛すぎるっ!!!!!)」

 それでも相変わらず手を握りしめ、かわかわ言いながらひなげしを熱く見つめるマラダイを、マリウスと犬がガン見した。

「…マ、マラダイさん…」

「わふ(も、もしや?)」

 もはや誰の眼にも(残念なことにうつむいているひなげし以外)、明らかじゃった。

 36歳にして初恋、まさに一瞬にして恋に落ちた哀れなおっさんがそこにいた。


「う、運命。これぞ、運命。俺はとうとう…出逢ってしまったのか?」

 おいこら、マラダイ。

 少し前まで、運命など信じないと言っておらんかったか?

「ぶ~ん(その舌の根も乾かないうちに、運命だなんて。アンナ様ぁ、本当にこんなテキトーなおっさんが、ひなげしの相手でいいんですかぁ?)」

 そうじゃな、わしも心配になってきたぞ。

 おーほっほっほ。

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