第6話 レストラン『マルデアポ』

「母上はああ言ったけど、この俺様が我慢できるわけないじゃん。黙ってれば、きっと大丈夫。大丈夫だよな?大丈夫であってほしいっ!」

 希望的観測をぐだぐだ呟きながら、マラダイはサエコの夫ローランが経営するレストランへと向かっていた。


「いらっしゃいませ~」

 若い結構なイケメンが、そう言ってマラダイを迎えた。

「おお、ジョイス。今日のスペシャル・ランチは何だ?」

「精力増強にうってつけ、馬肉のスパイスグリルですよ。マラダイさん」

「お、旨そうだな。だけど、これ以上精力つけたら、女どもがもたないぞ、ジョイス」

「あはははっ、マラダイさんったら。それなら3Pでも4Pでもすればいいじゃないですか」

「あ、そっか」

 あ、そっか、ではないぞ、マラダイ。


「あぁら、マラダイ。お母様に、さっき釘刺されたばかりじゃなかったの?」

「げ、サエコ…」

「しばらくエッチ禁止を言い渡すって、お母様が言ってたわよ?」

 母親譲りの美しい吊り目を細めて、サエコがそう言う。


「え、そうなんですか?マラダイさん。そりゃ無理ってもんでしょ」

 ジョイスがそう言いながら、マラダイに水を出す。

「だよなぁ~」

「だよなぁ~、じゃないわ。マラダイ。お母様に監視しろって言われてるのよ、あたしもローランも」

「げ、そうなの?」

 

「そうですよ、マラダイさん」

 そこへ自ら、マラダイ用の特大馬肉スパイスグリルのプレートを持ったローランが現れた。

「お、旨そう。これ食ったら、余計に無理だって」

「じゃ、おあずけ」

「おい、こら、サエコ」

 目の前からプレートを奪おうとするサエコを、何とか阻止するマラダイ。


「だからいい加減、伴侶探しに本腰を入れればいいじゃないの」

「やなこった。俺はまだまだ、いろんな女たちとのランデブーを愉しむんだ」


「たった一人の運命の相手と愛し合うのも、いいものですよ」

 ローランがぽっと頬を赤らめ、サエコを見やる。

「ふふふ、ローラン。今夜も可愛がってあげるわね」

 ドSの妻が放つオーラを、嬉しそうに受け止めるドМの夫。

 まあ、嗜好が一致するのは幸せなことじゃな。


「運命ねぇ。俺はあんまし、そういうの信じないけどなぁ」

「それは、まだ出会っていないだけですよ」

 馬肉に威勢よくかぶりつきながらのたまうマラダイに、ローランが優しい笑みを注ぎながら言った。

「だけどさ、出会った女の数じゃ、俺、誰にも負けない自信あるぜ」

「それは、そうでしょうけど」

「何言ってんのよ。アンタの場合、出会ったじゃなくて、ただヤッただけでしょっ!そんなんじゃ、運命を感じるどころか顔も覚えてないんじゃないのっ?」

 サエコがきっぱり言い切る。

 ふむ、その通りじゃ。

「いや、でも。相性が良かった女は覚えてるぜ?」

 どこまでも、それしか頭にない絶倫男じゃな。本当にこんな奴がヒーローで良いのか、わしも疑問に思ってきた。



「あ~あ、こんな奴とは話すだけ無駄だったわ。じゃ、ローラン、私はそろそろサロンへ戻るわ。午後は、新しく入ったを仕込まなきゃ」

 とことん呆れた顔で兄を一瞥いちべつし、サエコは自身が経営するサロンへ戻って行った。


「おい、ローラン。新しく入ったって言ったか? サエコはさっき」

「ええ。なんだかとっても器用なだそうで、仕込みがいがあるってサエコが喜んでいましたよ」

「その、美人なのか?」

「さー、そこまでは知りませんけど。でも究極の美のサロンをめざすサエコは、スタッフの質にもこだわっていますからね。見栄えが悪いわけはないと思いますが」

「うん、それはそうだな」

 納得するように頷いたマラダイは、大きく切り分けた馬肉に食らいついた。何かを思案する、若干ヤらしい表情で。

 まったく。何を考えているか、わかりやすすぎるぞ、マラダイ。



✵ ✵ ✵


 その頃。

 とある公園で、ベンチに腰かけるマリウスとその傍におすわりする愛犬ポムポムの姿があった。

 そこからは1階にローランのレストラン『マルデアポ』、2階にサエコの美のサロン『ディーテ』が入るレンガ造りの建物が間近に見える。


「どう思う? ポムポム」

「わん(そりゃ、やっぱ気になるよ)」

「じゃ、どうする?」

「わん(どうするって、わかってんだろ?会いに行きゃいいじゃん)」

「なんて言って?」

「わんっ(自分で考えろよっ! IQ140越えの秀才なんだからさっ)」

「IQは関係ないよ」

「わん!(もう、相変わらず優柔不断だな。ちょっと遊びに来たって言えばいいじゃないか)」

「お母様のお供でもないのに? 子供が一人で美のサロンに?」

「わん(じゃ、いっそ僕も美の施術を受けに来たって言っちまえよ)」

「真面目に考えろよ、ポムポム」

「わん(知らん、オレ犬だから、いま)」


「ぶ~ん(なんなんでしょうね、アンナ様。なんか怪しいマリウスと犬)」

「ふん、恐らくひなげしのことが気になるのじゃろう。同じ異世界転移組としてはな」

「ぶ~ん(あー、なるほど)」


 やがてマリウスはおもむろに立ち上がると、公園の出口に向かって歩き出す。ポムポムものろのろとそれに従う。

 マリウスと犬は、ローランのレストランとサエコのサロンが入っている建物の前まで来ると、躊躇ちゅうちょするように立ち止まった。

 そこへ、ローランのレストランからマラダイが出てきた。


「おや、マリウスじゃないか」

「マラダイさん!」

 良い偶然じゃったな、マリウス。

「どうしたんだい?こんなところで、独り?」

「わんっ(独りじゃないぜ、オレもいるぜ)」

「ああ、そうだな。ポムポムも一緒か」

 そう言って、ポムポムの頭を撫でるマラダイ。


「ちょっとそこの公園で、ポムポムと遊んでいたんです」

 マリウスはこんな時のためにと用意していた円盤(フリスビーのようなものじゃな)を、マラダイに見せる。

「家からこんな遠い公園で?」

 怪訝そうにそう訊くマラダイ。

「ええ、家の近くの公園は犬が少ないんです。でもそこの公園は、犬と遊んだり散歩させている人が多いから、ポムポムも喜ぶし」

「わん(おい、オレをダシに使うなよ)」

「そうかそうか、良かったなポムポム」

 犬の言葉が当然わからないマラダイは、再びその頭を撫でる。


「ところで、マラダイさんは?」

「ああ、いま遅い昼食を食べたところだ」

「そうですか、これから帰るんですか?」

「え、あ、いや」

 マリウスにそう訊かれて、途端に挙動不審になるマラダイ。

「?」

「わふ(?)」

 不思議そうにマラダイを見るマリウスと犬。


「あはは。いや、ちょっとサエコのサロンによってからと思って」

「そうですか」

「い、いや、ほら。新しいが入ったからって、それを見に行くわけじゃないよ、も、もちろん」

 それが目的なのがバレバレじゃ、マラダイ。

「新しい?」

「わん(それって、ひなげしか?)」


あの・・サエコが、仕込みがいがあるって言ってるくらいのらしいからさ。美人だからってわけじゃないぞ」

「美人?」

「わん(じゃ、ひなげしじゃないな。あれは、美人どころか女子捨ててんのかってくらいだから)」


「僕もご一緒していいですか?」

「え、なんで?」

「サエコさんのご機嫌伺い」

「わん(本当は、ひなげしの動向伺い)」

「まあ、サエコはマリウスのこと可愛いがってるから喜ぶと思うけど」

「ええ、じゃあ行きましょう」

「わん(そうしよう!)」

 そうして、二人と一匹は、サエコのサロンへ続く優雅な螺旋らせん階段を昇って行った。

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