第5話 ドSの母は、やっぱりドS 

「マラダイ様、パウラ様から呼び出しですよっ」

 長女リスのナルの言葉でベッドから思わず、がば、とマラダイは起き上がった。

「よ、呼び出しっ!?」

「はぁい。お使いの伝書カラスさん曰く、なんかとってもご機嫌麗しくな~い感じだそうですよ?」

 次女リスのニナが、不吉なことを言う。

「ま、マジかっ?」

「早く行った方がいいんじゃないですかぁ?」

 末っ子リスのノワが他人事のように言って、しっぽでふさぁっとマラダイの鼻を撫でた。


「あ、やめて。ふぁふぁふぁ、ふぁっくしょ~ん!」

 うむ。これで眼もすっかり覚めたようじゃな。


 因みにパウラ様というのは、マラダイの母じゃな。

 それとルキーニ王国では、鳩ではなくカラスが手紙を届けるのじゃ。ま、どうでもいい異世界プチ情報じゃがの。


「やばいやばいやばいやばい。もしかしたら、母上お気に入りのメイドのマリッサちゃんにちょっかい出したのがバレたか?それとも、最近入ったばかりの料理人のカリナちゃんを早速、味見しちゃったほうか?」

 お前は何をやっておるのじゃ、マラダイ。いい加減にせーよ。母上パウラ様でなくとも、一喝したくなるわ。



 『ダンユ商会』から徒歩10分くらいの所にある生家を、マラダイは陰鬱な気分で訪ねた。因みに妹サエコとその夫ローランが暮らす家は、生家と同じ敷地内の別屋敷になっておる。


「あ、あのさ。マリッサちゃん、母上に何かチクった?」

 メイドのマリッサちゃんに案内されながら、男らしくなくそう訊くマラダイ。

「え?やだぁ、マラダイ様ったら。マリッサ、そんなことしないぃ~」

「だよねだよねだよね」

 

「ぶ~ん(ったく、バレて困るくらいなら、手近なところで調達しないでほしいですよねぇ、アンナ様)」

 まあな。しかしマラダイにとったら、女子は誘わなくては失礼な存在。母上にウチの使用人には手をつけるなと厳命されようとも、守る気などさらさらないのじゃろう。


「マラダイ様がいらっしゃいました」

 マラダイとふたりきりのときとはうって変わって、マリッサは厳しく仕込まれた礼儀作法でドアを開けるとそうパウラ様に告げた。


「は、母上っ!お、おはようございますっ」

「もうすぐ、昼です。マラダイ」

 おぉおぉ、絵に描いたように機嫌が悪いの、母上様は。ふはは。


「は、はい。そうでしたっ」

「………」

「………」


「ぶーん(沈黙が怖いですね、アンナ様)」

 ふふふ、そうじゃの。

 マラダイの背中から、広間のビロードのカーテンの陰に移ったヴィが、そうテレパシってくる。


「ときに、マラダイ」

 パウラ様は、美しい吊り目をキロリ、とマラダイに向ける。

 あれだな、サエコのドSはパウラ様譲りじゃな。これ、決定。


「ははは」

 取りあえず、笑って誤魔化そうと試みるマラダイ。


「笑っている場合ではありませんっ!」

「は、はいっ。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ。私が悪うございましたっ!」

「取りあえず、言い訳を訊きましょう」


「え、え~と。マリッサちゃんの場合は、偶然にもローランのレストランで会いまして。で、お酒を飲み、おいしいものを食べ、すっかり意気投合して盛り上がったところで、これはもう当然の成り行きというか…」

 パウラ様の吊り目が、いっそう冷たく厳しくなる。お~、こわ。

「それで?」

「そそそ、それで。カリナちゃんの場合は、この間こちらへ訪ねた折に、新しく入った料理人がいるということで挨拶しに行きましたら。一生懸命、キッシュの作り方を料理長に教わっているところでして。それでぜひ、試食してほしいと言われ、食べたらこれがまたなかなかで。褒めたらカリナちゃんがあんまり嬉しそうにするから、つい…」

「つい?」

「カリナちゃんも後日、味見した次第で…」

 

「………」

「………」

 

「ぶーん(ち、沈黙が怖いですね、アンナ様ぁ)」


「この…」

 パウラ様が、すぅと息を大きく吸い込む。

「大バカ息子がぁ~~~~」

 はい、恫喝どうかつ出ましたぁ。


「すみませんすみませんすみません」

 平に謝るマラダイ。


「このっ、大バカ息子がっ。私が今日お前を呼んだのは、その話ではないっ」

「へ?」

 36歳のおっさんのきょとん顔は可愛くないぞ、マラダイよ。


「で、では、どういう御用で?」

 そう訊ねるマラダイに、パウラ様は意地悪~な微笑みを見せた。おお、これぞドSの真骨頂。

「話というのは、お前の結婚のこと。それを早合点して、悪事の数々を自ら白状するなんて、なんてバカ息子なの?」


「えええええ~~~~。そんなっ、母上、ひどいひどいひどいっ!」

「ふん、お前が浅慮なのがいけないのよ。ばかばかばかばか大ばかのばか」

 畳みかけるように、実の息子をいじめるドSのパウラ様。


 がっくりと項垂れるマラダイに、パウラ様はさらにキッツーイひと言を放った。

「でもまぁ、お前の悪事を詮議することなく知れてよかったわ」

「え、あ、え?は、母上…」

 美しく彩られた薄い唇を歪めて、さらに笑うパウラ様はこう言った。

「で、どう落とし前をつけるつもりかしら?」

 

「ぶーん(落とし前って、パウラ様。やだぁ~組の姐さんみたい~)」

 しっ、こらヴィ。気をつけるのじゃ。


 ん?と首を傾げ、ビロードの豪奢なカーテンの方をキロリ、と睨むパウラ様。

 次に、持っていた扇を、しゅっとカーテンの方に投げた。

 姐さんというより、女刺客のようじゃな。

 

「ぶんっ(ひいっ!)」

 すんでのところで扇をかわすヴィ。ほれ、言わんこっちゃない。


「ど、どうしたんです?母上」

 びびったマラダイが大きな体を小さくして訊ねた。

「なにか、嫌な気配を感じたのです」

「は、はぁ…」


「まぁ、それはどうでもよい。マラダイ、私の言いつけを破って、うちの使用人に手をつけたからには」

 つけたからには?

「お前は、結婚するまでエッチ禁止です!」

「ええええ~~、そんな無茶な」

「何が無茶ですっ。お前の年齢の男たちは、とっくに伴侶を見つけて独身の淫蕩いんとう生活から足を洗っているのですよ。お前だけがいい歳をして、あっちこっちで無駄なマーキング三昧」

 エッチ禁止って、淫蕩生活って、マーキングって、パウラ様、歯に衣着せない派じゃな。


「そ、そんなことは。現に友人のニコラスはまだ独身ですし、私より年上のハンスはまだ5年は独身生活を謳歌すると豪語しているんですよ?」

「脳みそまで淫蕩な男たちのことは、どうでもいんですっ!」

 パウラ様は、キッと鋭い視線でマラダイを縮み上がらせた。


「お前は、ダンユ家の嫡男にしてダンユ商会のあるじ。国家の機密事業を任されるという、代々受け継がれる大事な責務を負っているのです。そのお前がいつまでも独身で、跡取りもつくらないのをこのまま見過ごすわけにはいきませんっ!!」

「そ、それはっ…」

 痛いところを突かれたのう、マラダイよ。


「良いではないですか。結婚すれば、愛しい伴侶と朝夕を問わずやりたい放題。毎晩のように相手を探すいまより、ずっと快適な快楽ライフが愉しめるではないですか?」

 やりたい放題って…パウラ様、ホントに歯に衣着せぬご性格…。


「ま、そういうことだ。マラダイ、もっと身を入れて伴侶探しにいそしむように」

 お、やっと口を挟めたようじゃな、お父上ムスダス様。


「さぁ、あなた。話しも無事済んだことですし、私たちも奥でまったりいたしましょうか」

「そうじゃな、愛しいパウラよ」


「ぶーん(いったい、どんなまったりなんですかねぇ?ムチとか?蝋燭ろうそくとか)」

 想像するでない、ヴィよ。


 パウラ様は広間を立ち去る間際、さっと振り返ると、再びカーテンの方へ今度は先の尖った髪飾りをしゅぱっと投げた。

「ぶんっ!(うげっ!)」

 だから、気をつけろと言ったじゃろうが。ヴィよ、大丈夫か?今度はかすったようじゃな。

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