第4話 ドSのサエコさんと、看板リス

「で、このをどうしろと?」

 マラダイから事の顛末てんまつを訊いたサエコが、腕組みをしながら仁王立ちになっていた。

 眩しいほどの金髪を背中までたらした178㎝の吊り目の美人が、真っ赤に彩られた薄い唇を微かに歪めながら、156㎝あるかないかのひなげしを見下ろす。

  サエコ・ホージュはマラダイの妹で、『ディーテ(この国の美の女神)のサロン』(日本で言えばエステサロンのようなもの)を経営している28歳じゃ。


「雇ってよ。ここに異世界転移する直前まで、職探ししてたって言うしさ」

「アンタが、雇えばいいでしょ?」

 8歳も年上の兄を、アンタ呼ばわりである。


「いや、だって俺の仕事は…」

「なによ、エロ調合師とは言え、国家の秘薬づくりを任されているんだから躊躇ちゅうちょすることないじゃない」


 説明しよう。

 ルキーニ王国の国民が、性に奔放なことはすでに語った通りじゃ。

 しかしそのために、独身の男女は望まない妊娠を避け、快感を削ぐ避妊具などを使わなくて済むよう(ナマが好きとも言う)、国家事業として「秘薬」の製造と販売をしておるのじゃ。

 結婚した男女も、夫婦になったからと言って性欲が落ちることなどないのが、ルキーニ王国。子供がバンバン生まれすぎないためにも、避妊薬は国民すべての必需品となっておる。

 どんだけ好き者揃いの国だというツッコミは、この際なしにしてもらいたい。


 さてそう言う訳で、ルキーニ王国の必需品がダンユ家に代々受け継がれる秘薬「ピンキーノ」である。

そして、この製法は国家機密の一つであり、ダンユ家の嫡男だけに教えられるとともに、もしものときのために国王の所有する館のどこかに秘密裏に保管されているのじゃ。

 つまりダンユ家の嫡男であるマラダイは、非常に名誉な国家的規模の仕事をしていることになる。

 こやつの場合は、秘薬製造だけにとどまらず、「媚薬」まで製造して、これがまたエロ好き男女に人気というのがオイオイという感じじゃがの。


「いやほら。俺の仕事は機密事項が多いからさ」

 てへ、と頭を掻くマラダイ。いい年して、何気に気持ち悪いぞ。


「ふ~ん」

 まだ不機嫌そうなサエコが、それでも、ひなげしを無遠慮に360度から子細に眺める。

 と、その吊り目が、すぅ、と細められた。

 こ、怖いの。わしでも怖いくらいのドSはあっぱれじゃ。


「まぁ、いいわ」

 とうとうサエコが、そう言った。

「え、マジ!? いいの? よかったぁ~」

 マラダイが、肩の荷が降りたとでも言いたげに、めっちゃ嬉しそうな顔をする。


「ひなげしちゃん、良かったね。キミの職が決まったよ。後は女同士、よろしくっ!」

 マラダイはにこやかに、無責任にそう言うと、ひなげしをサエコに託して帰って行った。



 可哀想に、一人残されたひなげしは、まだ自分を無遠慮に眺め続けているサエコに当惑していた。

 やがて、サエコの手がすぅと伸びてきたかと思うと、ひなげしがかけていた黒縁メガネを無遠慮に取り外した。

「あ…」

 驚くとともに、戸惑うひなげし。


 しかしサエコは、そんなひなげしを意に介さず、眼鏡を確認する。

「ふん、なんだ。伊達じゃないの、この眼鏡」

「あ、はい」

 素直に認めるひなげしの顎を、今度はサエコの人差し指がとらえた。

 指一本で、ひなげしの顔を上げさせるサエコ。

 吊り目で真っ赤な口紅の迫力あるサエコに顔を覗き込まれて、ひなげしはさらに当惑した。


「あなたね」

「は、はい」

「このサロンは、この国の美の女神ディーテの名を掲げた高級サロンなの」

「は、はい」

「ここで働くスタッフにも、私はそれ相応の美意識を当然求めているわ」

「……」

「立ちなさい」

「え?」

「いいから、立ちなさい」


 素直に立ち上がったひなげしに、サエコは逆らうことを一切許さない声で命令した。

「その、恐ろしく地味な服を脱ぎなさい。いますぐ!」

 さて、ひなげしの運命やいかに。おーほっほっほ。


✵ ✵ ✵


「おお、リンダちゃん。今夜あたり一発どぉお?」

「あ~ん、マラダイさまぁ。残念だわぁ、もう先約があるのぉ」

「そうかぁ、じゃ、またよろしくネ」

「は~い♡」


「お、ミランダちゃん。今夜は俺と朝までコースどう?」

「きゃあ、マラダイさまったらぁ。アタシ、婚約したのっ」

「え~、もったいないなぁ。キミぐらい、あっちが合うコはなかなかいないと思ってたのに~」

「うふふ。アタシもそう思ってたけど、もっと合う人見つけちゃったんだものぉ~」

「そっかぁ。じゃあ、幸せになってね」

「はぁい」


「ぶ~ん(なんなんでしょうね、この男。アンナ様ぁ、一発刺しときます?)」

 よいよい、ヴィよ。

 こんな男に刺すだけ無駄じゃ。

 ヴィに刺されると、一般の人間は一昼夜ほど性欲をなくすが、この男の場合、1時間ともたんじゃろう。なにせ、ルキーニ王国きっての絶倫じゃからの。


 めずらしく道行く女どもに振られたマラダイが、自身の住居兼店である『ダンユ商会』へと帰ってきた。



「「「おかえりなさ~い、マラダイ様ぁ~!」」」

 出迎えたのはこの店の看板リス、姉妹の3匹じゃ。

「ただいま~、ナル、ニナ、ノワ。ああ、疲れた」


「お疲れさまです。で、領主様のお話しは何だったんです?」

 そう訊いたのは、長女リスのナル。真っ白な毛並みで、おっとりと優しい性格じゃ。

「もう、何でもいいよ。どうでもいいことだよ」

 おいおい、ひなげしはお前の…まあ、いい。いずれ、わかることだからな。


「ちょ、マラダイ様。そんなとこに座り込んでないで、仕事にとりかかってくださいよ。注文たまってるんですからっ!」

 そう言ってしっぽをぶんと一振りしたのは、しっかり者だが思考が若干乙女な次女リスのニナじゃ。グレーの毛並みがつやつやしておる。

「え~、まずはお茶ぐらい飲ませてよ」


「マラダイ様ぁ、お土産は?」

 期待したような眼で訊いたのは、末っ子リスのノワ。漆黒のような黒い毛並みが自慢じゃ。

「あ、忘れた」

「酷~い!蜜づけのカンキンの実、お願いしたじゃないですかぁ」

 拗ねたようにそう言う。この末っ子リス、甘えん坊だが実はド天然が玉にキズ。

「ごめん、ごめん」

「許しませんよっ。じゃあ、バシバシ働いてもらいましょー!」

「えええ~~」



 歌とダンスが大好きなリス3姉妹が、仕事をせかすように歌い出す。

「♫~今日も朝から注文バンバン、あっは~ん♫」

「♪~だってここはルキーニ王国、首都ザラハド。うっふ~ん♪」

「♬~老若男女、朝から晩まで暇さえあれば。いっや~ん♬」


「♫~もっと、激しく。もっと、イカせて。あっは~ん♫」

「♪~愛と快楽こそが人生、うっふ~ん♪」

「♬~だから秘薬ピンキーノは皆の必需品なの、いっや~ん♬」


「「「♩~それさえあれば、愛と自由と平和の都~ビバ、ザラハド。イエス、ピンキーノ!」」」

 お揃いのピンクのエプロンをひるがえし、可愛らしく歌い踊る看板リスたち。



「わかった、わかった」

 仕方なく重い腰を上げるマラダイ。

 その腰、ベッドの中ではうって変わってノリノリで軽いがの。

 おーほっほっほ。


「あ。在庫ももう少なくなってますから、今夜は調合にいそしんでくださいね」

 長女リスのナルが、帳簿を見ながら言った。

「お楽しみは、お仕事をちゃんとした後ですよっ」

 次女リスのニナが、調合室 兼 新薬開発のための部屋のドアを開けた。

「それでぇ、今夜も出かけるなら、お土産忘れないでねっ」

 末っ子リスのノワが、両手を胸の前で可愛く組み合わせてお願いする。


「へいへい」


 こうして3匹のリスのお蔭で、国家事業を請け負う『ダンユ商会』はなんとか存続していくのじゃ。


 え?

 執事蜂と犬は喋れないのに、なんでリスが喋れるのかじゃと?

 それは、ほれ…。

 異世界とはそういうものなのじゃ~~~、おーほっほっほ。

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