第3話 面倒ごとは、マラダイへ
「めんどくさいなぁ~。
がっしりと鍛え抜かれた体つきに、金色の短髪、程よく日焼けした健康そうな肌、なにより絶倫オーラを放つ見た目だけなら結構なイケメンが、ぼそぼそとボヤキながら馬車に揺られている。
「なぁ、マシュー。今度はいったい何の呼び出し?」
「私の口からは…」
「良いこと?それともヤなこと?それくらい、教えてくれたっていいじゃん」
「は、はぁ。どちらとも言い難く…」
「え~~~」
36歳の、れっきとしたおっさん…もとい大人の男とは言えない態度である。
例によって馬車の窓枠にとまったヴィが、不満そうにボヤくマラダイとマシューの様子をテレパシーで伝えてくる。
「お、いいオンナ。ちょっとマシュー、馬車止めてくんない?」
「お断りします」
「ちょっとだけでいいからさぁ。あのいいオンナと、今夜の約束取りつける間だけでいいから」
「急ぎの呼び出しでございますから、そんな時間は」
「すぐだったら、すぐ。俺なら3秒で口説く、そして2秒でイカす…なんちゃって」
「…」
「あの、マシュー?」
「…」
「無視かよっ!」
当然である。お前の頭にはオンナを口説くことと、ヤルことしかないのか。嘆かわしいぞ、マラダイ。
そうこうしている内に、ルキーニ王国きっての絶倫マラダイを乗せた馬車は、領主館に到着したのじゃった。
✴ ✴ ✴ ✴
「おお、待ちかねておったぞ。マラダイ」
「お久しぶりでございます、叔父様」
両手を広げて歓迎する叔父兼領主に、気の乗らない挨拶をするマラダイ。
「ミーナ様も相変わらず、お美しく」
「まぁ、嬉しいわ。マラダイ」
それでも、女にはお愛想を忘れないところは、さすが絶倫ヤリ〇ン男。
「マラダイさん、お久しぶりです」
「おお、ジュリアス。愛し合ってるか?」
「また、そんな。僕はマラダイさんと違いますから」
「いつまでも奥手だと、人生損をするぞ」
お前が得をしているのは、主にソッチ方面だけじゃろうが。
「マラダイさん、こんにちは」
「マリウスか。お前の賢さは、噂に訊いているぞ。家庭教師が、もう寄宿学校入学前の勉強で教えることはないと太鼓判を押したとか」
「いまは、主に自分の興味のある分野を学んでいます」
ふふふ。このマリウス、日本のT大主席卒業、アメリカの大学院に入学するために渡米する飛行機が落ちて亡くなり、この国に生まれ変わったいう超秀才じゃからの。
前世の記憶があるため、日本で言えば中学入学前の勉強などバカらしくてしておられぬじゃろうて。
「わん(マラダイさん、相変わらずヤリたい放題なんでしょ?羨ましいなぁ)」
「ん?ポムポムか、相変わらず、不細工だなぁ。はははは」
「わふっ(なんだよっ。これでも前世は、女子がほっとかないイケメンで、あんたと同じヤリ〇ンだったんだぞ)」
ま、前世は前世。いまのお前は、ただの不細工な犬だ。残念だな。
「で、叔父様。今日はいったいどんな御用で?」
相変わらず気の乗らないマラダイの問いに、にっこりと頷いたアサムドが胸をそらして言った。
「マラダイよ、この娘(むすめ)をお前に預ける」
「は?娘(むすめ)? いったいどこに?」
おいおい、マラダイ。
この部屋に入ってきたとき、ひなげしをスルーしたのではなく、女子と認識しなかったのか?
「目の前におるじゃろう」
そうアサムドに言われて、マラダイの視線がゆっくりとひなげしを捉えた。
いざ、初の御たいめ~ん!
「げ、ぉ、うが」
マラダイの発した意味不明の言葉に、薄っすら傷ついた表情を浮かべるひなげし。
「…(酷いヤツだな)」
「…(まあ、酷い)」
「…(さすがに、酷い)」
「…(マラダイさん、正直すぎる)」
「わん(ま、わかるよ。その気持ち。ヤル気が起きない女子は女子じゃないと、オレも思うぜ)」
自分を見事に棚に上げたな、領主、奥方、長男よ。
次男の言葉は、マラダイに苦言として訊かせたい。
そして、やる気が起ころうと起こるまいと、所詮いまのお前にはヤレないのだ、犬。
「実はこの
「うごっ!はっ、これはこれは東の森に棲む占い師殿」
うごっ!と言ったのを、訊き逃してはおらんぞ。
「そしてこの
「へ~え」
反応が軽いな、マラダイ。
「で、なぜ俺が呼ばれたんです?」
その問いに答えずに、アサムドを見やると、明らかに
「そ、それはつまり…」
「つまり?」
「ここは領主館ですし」
「だから?」
「早い話が」
「はぁ、早く訊かせて?」
領主、奥方、長男と不毛な会話を続けるマラダイ。
「マラダイさんなら、この女性に仕事を探してあげられるんじゃないかと」
「え~~~」
8歳の子供にその態度、お前が子供じゃ、マラダイ。
「わふっ(だよね~、わかるわかる)」
お前の言葉はわしとヴィと、次男にしかわからんがな、犬。
「だって、私の仕事は、ほら、アレですよ。こんな女の子にできる仕事じゃ…」
「大丈夫ですよ、マラダイさん。サエコさんのお店だって、その旦那さんのローランさんのとこだって、あるじゃないですか」
次男の言葉に頷く領主、奥方、長男、そして無関心にあくびをする犬。
「サエコがなんて言うかなぁ…」
うじうじと渋るマラダイ。
「…(ドSだからな)」
「…(ドSですものね)」
「…(ドSだから怖いですよね?)
「女同士ですから、きっと相談に乗ってくれますよ」
「わふ(ドSも、たまにはいいじゃん!)」
さすが、次男は前向きに話を進めおるのぅ。そして、お前の嗜好は訊いておらんのじゃ、犬よ。
「あ、あたし、独りで何とか」
居たたまれなくなった
「それは無理だろう」
「そんな可哀想な」
「なんて無慈悲な」
「それでも、この国の宝ともいえる秘薬を任されるマラダイさんですか!」
「わん(ひでぇ、ひでぇ!)」
自らを再び棚に上げ、マラダイだけを責める領主、奥方、長男、次男、ついでに犬。
「決まったな!」
いつまでも渋るマラダイと、無駄口の多い領主家の面々に、わしはひと言で引導を渡した。
「ぶ~ん(さっすが、アンナ様ぁ)」
そうだろう、そうだろう、ヴィよ。おーほっほっほ。
✵ ✵ ✵
で、いまマラダイとひなげしのふたりは、帰りの馬車の中じゃ。
見知らぬ異国ならぬ異世界で、なんだか訳のわからぬ、しかし超絶倫オーラをびんびんに放ってくるおっさんとふたりだけになって、ひなげしはいっそう地味に、存在感を消そうとするかのように身体を縮めていた。
おいこら、マラダイよ。いい年したおっさんなんだから、少しはひなげしの心情を
「……」
「……」
無言のまま、それぞれ窓の外を眺めるおっさんと元就活娘。
窓の外には、ルキーニ王国特有の明るい光と陽気な老若男女が溢れていた。
ここルキーニ王国は、一年中温暖な気候で、山海の恵み豊かな国だ。
婚姻するまでは、恋愛(セッ○スも含め)におおらかなお国柄で、男女ともに性に奔放、快楽に正直。が、いったん運命の人に出逢い婚姻を結ぶと、パートナーに一途になる特殊な民族。
そのため首都ザラハドは「愛と自由と平和の都」と呼ばれているのじゃ。
若い女たちは自分の魅力が最大限に生かされる服装を選び、短いスカートに胸の谷間が見える、ボディにフィットしたカラフルなドレスを好む。
独身の男たちは、胸をはだけさせたシャツにスラックス。日に焼けた肌と引き締まった筋肉質の身体で、己の性的魅力と能力をアピールしている。
既婚の女性と男性は、独身者ほどではないものの、皆一様に個性的で華やかで、おしゃれな格好が大好きだ。
日本でさえ没個性の象徴とも言える就活スーツのひなげしは、悪い意味で目立っている。
「はぁ」
窓の外の光景に、ひなげしが小さな小さなため息をついた。
「…大丈夫?」
それがやっとマラダイに、話しかけるキッカケを与えたようだ。
「…はい」
これまた小さな声で、ひなげしが答えた。
「心配しているだろうね、君の家族とか友人とか」
その言葉に、なぜかちょっと驚いた表情を一瞬だけ見せたひなげしが、考え込むようにうつむいた。
「親兄弟はいるんだろう?」
こく、と
「…でも」
「ん?」
「心配は…していないかもしれません」
「どうして?」
「だって、あたしの存在なんか…道端の小石みたいにちっぽけなものだから」
その言葉を聞いた途端、それまで窓を眺めていたマラダイがひなげしに正面から向き合った。
「そんなことを言ってはいけない。女の子はね、みんな、誰でも太陽であり、星であり、貴重な宝石のようにキラキラしているものなんだ。愛されて大切にされるべき存在で、決して道端の小石なんかじゃない」
「愛される…?」
「そうだ。窓の外を見てごらん。みんな生き生きと美しく輝いているだろう?ベッドの中では、皆もっと魅力的だ。まるで花のように可憐で、蜜を溢れさせて…」
おいおいマラダイよ、せっかくの話がエロい方向に向かっておるぞ。
見ろ、ひなげしが頬を真っ赤に染めている。
「あ…」
今頃気づいても、遅いわい。
「は、花…?」
「あ、い、いや。つい…」
狼狽えるマラダイを、初めてまともに見たひなげしが言った。
「あたしの名前…」
「名前?」
「はい。ひなげしって、日本の花の名前なんです」
そう言って、恥じらうようにうつむくひなげし。
ルキー王国では、恥じらう女子は実はめずらしい。
皆、ばっちウェルカム!あっは~ん、うっふ~ん、もっとぉ~、でイケイケのりのりじゃからの。
マラダイにいたっては、乙女の恥じらいなど初めて眼にしたのであろう。
ぽかんと口を開けて、ひなげしを無言で見ること数秒。
やがて、自身も顔を赤らめながら、ぼそりと呟いた。
「か、可愛い、名前…だね」
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