第2話 ようこそ? 異世界ルキーニ王国へ。

「ぶ~ん(アンナ様ぁ、見えますぅ?)」

 おお見えるぞ、ヴィよ。

 

 先に赴かせたヴィから、領主館の様子がテレパシーで送られてくる。

 早い話が、ヴィはわしの眼であり耳でもあるのじゃ。


 だだっ広い領主館の大広間に、何やら難しい顔をした面々が揃っておるな。

 中央の椅子にふんぞり返っているのは、ルキーニ王国の首都ザラハドの領主アサムド・ゴーン64歳。

その隣にいる、美しくきらびやかな衣装を身にまとい扇をはためかせているのが、奥方のミーナ・ゴーン55歳。


 奥方の反対側に立っているすらりとした長身の美男子は、長男のジュリアス・ゴーン27歳。

 父親のアサムドは適齢期でもあるこの息子に早く妻をめとらせ、領主の座を譲り、悠々自適の楽隠居を望んでいるが、この長男、非常に奥手でルキーニ王国にはめずらしい一途な純愛思考ときている。


 その次にいるのが、弟のマリウス・ゴーン8歳と不細工な犬。


「わふっ?(ん?誰かオレの悪口言った?)」

「しっ、ポムポム。いま、大事な話をしているとこだから」


 ふふふ、実はこの次男と犬、秘密をもっておっての…。



「それで、マシューよ。このむすめが我が館の中庭に、倒れておったのじゃな?」

 アサムドが、第一執事のマシュー・グラハムに訊ねる。

「はい、旦那様」

 初老の執事が生真面目に頭を下げた。


「しかしこのむすめ…(地味だな)」

「…(地味ね)」

「…(地味ですね)」

「…(地味…)」

「わふ(すんげぇ、地味)」


 領主、奥方、長男、次男、犬の心の声が、わしには確かに聞こえた。

 ふむ、仕方がない。

 何しろ就活用の紺色スーツに、無造作に伸ばして後ろで束ねた黒髪。黒縁メガネは何年か前の流行を意識したものでは当然ない。


「あ、あの。旦那様?」

 物言わぬ領主たちに、生真面目な執事は困惑顔で次の指示を待つ。

 はっとしたアサムドが、中央で小さくなっているむすめに訊ねた。


「そなた、名はなんという?」


「………?」

 首を傾げるむすめ

 当然じゃ、ルキーニ王国の言葉は日本語ではない。


「マシューよ、このむすめは口がきけないのか?」

「い、いえ、旦那様。どうやら、言葉がわからないようで」


「言葉がわからない?!まぁ、それじゃあ、どこか異国から来たのかしら?」

 奥方よ、異国というより異世界じゃ。


「素敵だわぁ、どんな国なのかしら。綺麗な花は咲いている?おいしい食べものは?女性たちはどんな服装や髪形なのかしら?あ…」

 そう夢見る乙女のような表情で言っていた奥方が、むすめを改めて見て絶句した。

 奥方よ、日本の国の女子たちが皆、こんな地味な紺色スーツを着ているわけではないぞ。就活という一時期の、就活生という特殊な状況にある者のみじゃ。

 て、そんなことはどうでもよい。


「お母様、異国の想像より、まずはこの人をどうするかです。お父様、言葉がわからないのでは、この人だって不安でしょう」

「わん(そうだ、そうだ。通訳とか、探せばいるんじゃねえの?)」

 ふふふ。

 一番冷静な8歳の次男と、犬になってもテキトーな犬。


「わふっ(いや、だから誰かオレの悪口言ってねぇか?)」

 犬がきょろきょろ四方を見渡すと、探るように駆けだそうとする。

「ポムポム、静かに。めっ!」

「くぅ(ちっ)」


「お父様、確か東の森に、何千年のときを生きる占い師がいたのでは?」

 そう次男に言われて、はっと我に返ったアサムドが叫ぶ。


「そ、そうじゃ。こういうときは、マシューよ。『東の森に棲む怪しい占い師』を呼べぇ~!」

 失礼なっ、怪しいは余計じゃ。

 後で覚えておけよ、アサムドめ。

 

「は、はいっ」

 執事が慌てて広間から出ようと扉を開ける。

「お、おわっ!」

 おいおい、執事らしくない落ち着きのない態度だな。


「お呼びですかの?」

 わしはまだ仰天顔を眼の前にさらしている執事の脇をすり抜け、広間へと足を進めた。


「!?(な、なぜっ)」

「!?(ど、どうして)」

「!?(な、なんで)」

「!?(早っ、神業!?」

「わん(早ぇっ、さっすが魔女…あれ?占い師だっけ)」

 次男よ、犬よ、取りあえずありがとう。



「こ、これはこれは、東の森に棲む占い師殿。いまお呼びしようと思っていたところ…」

「そんな気配がしてじゃな、呼ばれる前にやってきたのじゃ。勇み足じゃったかな?」

「め、めめめ滅相もない。いやはや、さすがでございますな」


「アンナ様、ご無沙汰しております」

 ふふん、さすが次男。わしの名前をよく覚えておった。

「わん(スゲー、黒ずくめ、怪し―)」

 黙れ、犬。

「わ…(に、睨まれた。怖~)」


「そ、そうであった。アンナ殿、実は我が館の庭に…」

 大きな図体に立派なひげを蓄えているアサムドが、その威厳を自らぼろぼろぎ落としておるのを尻目に、わしはむすめに静かに近づいた。


 訳がわからぬ状況と、わしの姿にびくりと怯えるむすめ

「っ(ど、どうしよう。この人は誰?これから何が起ころうとしているの?)」

 大丈夫じゃ、むすめよ。もうすぐ、言葉が通じるようにしてやるからの。


「ヴィ!」

「ぶ~ん(はぁーい、アンナ様ぁ)」

 ヴィがわしのそばへ、素早く飛んでくる。

 そしてわしが黒マントから出した小さなガラスの器に尻を向けると、黄金色に輝く液体を注ぎ出した。

「わん(おしっこ?)」

「ぶんっ(違うワ、バカ犬)」

 尻から黄金色の液体を注ぎつつ、ヴィが犬を威嚇いかくする。


 小さなグラスは、程なくしてキラキラと輝く黄金色の液体で満たされた。

 わしは、そのグラスを娘の顔の前にずぃと差し出す。

「▽×αЙ×Ю◇(さぁ、飲むがよい)」

 わしの呪文が、むすめの心に正確に伝わった。

 意を決したように、むすめはグラスを受け取ると一気に飲み干した。



 そして…倒れた、バッタリと。

「わんっっ(はぁ!?毒薬?そんなのアリぃ~?)」

 黙れ、犬。失礼な!




✵ ✵ ✵

 

「ここはどこ?あなた方は誰?」


「「「「「おおおおぉ~~」」」」」

 領主、奥方、長男、次男、そして犬が感嘆の声を上げる。


「気分はどうじゃ、むすめよ。わしの言葉がわかるかの?」

 娘の右手を取り、安心させるように両手で包み込みながら、わしは訊ねる。

「少し、頭がふらふらします。あ、え…」

 むすめは寝かされていた寝台から、がば、と起きようとする。

 こらこら、まだ無理は禁物じゃ。

「わかるのじゃな?わしの言葉が」

 こくこくと頷いたむすめの眼に、みるみる涙がたまる。

 可哀想に、心細かったことじゃろう。


「まあ、よかったわ、よかったわ。これで異国のお話が聞けるのね」

「お母様、それはまた後でということで。もっと先に聞かなければならないことがあります」

「あらぁ、そうぉ?」

 能天気な奥方が次男にいさめられ、残念そうな顔をしている。


「娘よ、名はなんという?」

 知ってはいるが、そう訊ねる。

「あ、あの。麻倉ひなげし、と言います」


「あさ、くら?ひなげ…し?」

「なんだか、めずらしいお名前」

訊き慣れない音に、アサムドが首を傾げ、奥方が興味津々である。


「どこから来た?」

「あ、あの。日本…という国から…」


「にほん?」

「にほ、ん?」

「にほんって?」

「にっ(日本、やっぱり!)」

「わんっ(ににに、日本だってぇ~!?!)」

 領主や奥方、長男は初めて訊く国名じゃろう。

 ふふふ。そして次男よ、犬よ、ここはもう少し我慢をするのだ。


「年は幾つじゃ?」

「あ、えっと。21歳です」


「見えないな」

「見えないわぁ」

「見えない」

「…(若く見えるからな、日本人)」

「わん(惜しい、これで美人だったらなぁ)」

 犬よ、余計なことは考えるな。そもそもお前は、いまはただの犬だ。


「なぜ、領主館の中庭にいた?」

「それが…新宿のある企業の就職試験に行こうと、ビルの入口の回転扉から中に入ろうとして…」

 ふむ、その通りの光景がわしには見えていたがの。


「しんじゅく?」

「しゅう…しょく?」

「かいてん、とびら?」

「しゅ…(就活生か。なるほど紺色スーツなわけだ)」

「わっふ(おおお~、異世界転移おめでとう!)」

 面倒なので、コメントは差し控えることにする。


「あの、ここはどこ…ですか?」

「ルキーニ王国という国の首都ザラハド、そしてここは領主館じゃ」

「ル、ルキーニ王国?ザラハド?」


「うむ、わしが領主のアサムドじゃ」

「私がその妻のミーナですわ」

「長男のジュリアスです」

「次男のマリウス。よろしくね」

「わんっ(領主家の愛犬、可愛いポムポムで~す。ひなげしちゃん、よろしくっ!)」

 その自己紹介、通じてないから。犬よ。


「え、え?てことは、ここはもしかして異国?」

「残念だが、麻倉ひなげしよ。お前は、異世界転移したようじゃ」

「っっ」

 あまりのことに絶句する、ひなげし。


「い、異世界転移?な、なんだってぇ!」

「まぁ、本当にあったのね?きゃ~素敵♡」

「聞いたことはあったけれど、まさかそれを目の当たりにするとはっ」

「はぁ(そりゃ絶句するよな)」

「わん(わ~い、仲間仲間♪)」

 興奮するな、領主、奥方、長男。そして脱力するな、次男。喜ぶな、犬。


 で、どうするのじゃ?このむすめのこと。



「21歳と言ったら、本当はちょうどよい年回りなのだがなぁ」

「そうですわねぇ、残念だわぁ」

「僕はまだ、結婚する気などないですから」

「でも、独りで異世界で暮らせって、酷すぎますよ?」

「わん(もう少し美人だったらさぁ、オレが何とかしてやるのになぁ)」

 自惚うぬぼれるな、犬よ。いまのお前に何とかできる力はない。


 そして領主と奥方と長男と次男と、いらぬ首を突っ込む犬の密談は続く。

 ひそひそひそひそひそひそひそ。たまに、わん。


「どうじゃ、そろそろ結論がでたかの?」


「うむ、アンナ殿。ここは一つ、甥のマラダイの力を借りようと思うのじゃ」

「そうですわね、素性のわからない異国人を領主館に置くわけにはいきませんし」

「そうは言っても、女の子を独り、放り出すわけにもいきませんので」

「マラダイさんなら、なんとかしてくれそうだし」

「わん(まあ、いくら女大好き絶倫のマラダイさんでも、こんな地味女には手を出さないだろうしね)」

 他力本願だな、領主、奥方、長男、次男。そして小賢しいぞ、犬。


「ふむ、わしもそれが良いと思う」

 これは願ってもない展開、そう来なくては面白くないのじゃ。おーほっほっほ。


「アンナ殿も異存がないとくれば…。よし、マシュー」

「はい、旦那様」

「いますぐ、マラダイ・ダンユを呼べ~!!!!!」


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