絶倫おっさん純情記in異世界

灯凪田テイル

第1話 プロローグ

「む~、むぅむぅむぅむぅ~」

 こ、これはっ。

 朝も早よから、我が霊玉れいぎょくが放ってくるのは1234年ぶりの珍事の予兆。

 すばらしい、長いこと生きててよかった。これでしばらくは退屈せずに済みそうじゃ。



 おっと、失礼。

 あまりのワクワク感に、つい自己紹介が遅れましたの。

 わしは通称「東の森に棲む占い師」と呼ばれる者、正式な名はアンナ・クリスタル、当年とって6969歳じゃ。


 

「ぶ~ん(アンナ様ぁ、ただいまですぅ」

 おお、お帰り。我が相棒の執事蜂、ヴィよ。今日も花の蜜は旨かったか?


「ぶ~ん?(どうしたんですか、アンナ様?ちょっと興奮したお顔をされてぇ)」

 おお、わかるか。さすがヴィ。

 しかしの、まずはお前を皆様に紹介してからじゃ。


「この執事蜂は正式名を、ヴィウィ・フウェッ、ウェッ…あ、か、噛んだっ痛っ」

「ぶ~ん(もうっ、アンナ様ったらぁ。相棒の名をいつになったら、噛まずに言えるんですぅ?ヴィ、悲しい…)」


「わ、悪かった。ヴィよ。どれ、もう一度、これはヴィウィ・フウェッ、フ、フゥェッ…ラ、ラカラド…」

「ぶんっ(もう、いいです、アンナ様。自己紹介しますね。皆様~、はじめましてっ。私はアンナ様の由緒正しき執事蜂、ヴィウィ・フウェーラカラドナルドス・ノーテルノス3世と申しますぅ)」


 なぜ蜂なのに、無駄に長いのだといつも思うのは、ヴィには内緒じゃ。

「ぶ~ん(何か、言いました?アンナ様ぁ?)」

 い、いや、何も言っていない。

ときどき心を読んだような物言いをするのはやめなさい、ヴィ。


「ヴ、ヴィよ。ほら、ご覧、この霊玉れいぎょくを」

 わしは妖しく変幻し、七色の光彩を揺らめかす透明な珠をヴィに示した。


「ぶんっ!?(こ、これはっ!?)」

 ふふふ、そうじゃ。お前にもわかったろう。


「さあ、行くぞ、ヴィよ。これから領主館辺りで、1234年ぶりの珍事がわしらを待っておるぞ」




✵ ✵ ✵


 ところで、皆さま。


 ここまで話してきてなんだが、この物語の主人公はわしでもヴィでもないのじゃ。わしはあくまでも「語りべ」、何でもお見通しの黒子といったところかの。

 まぁ、タイトルが「絶倫おっさん純情記in異世界」じゃからの。当然、主人公の1人はおっさん。


 それが、この男じゃあ~!



「ああぁん、マラダイさまぁ。昨夜は良かったわぁ」

「そうだろう、そうだろう」

「もうっ、マラダイさまじゃなきゃ、あたし満足できないわぁ」

「おうおう、嬉しいことを言ってくれるなぁ」

「また、誘ってねぇ。いつでもOKよぉ、アタシたちっ♡」

「ぶはははっ、もちろんだっ。またな、ひと夜の愛しき恋人たちよ」



 ったく、鼻の下を伸ばしおって。

 なぁにがひと夜の恋人たちじゃ。早い話がセ○レたちじゃないか。

 こんな節操のカケラもない男が主人公とは、情けない。


「ぶ~ん(しかも、3Pって。どんだけ好きモノなんですかね、このおっさん)」

 まあ、この男の性欲を一人で受け止められる女は、この性におおらかで積極的なルキーニ王国と言えども、なかなかおらんからな。

 何気に相手探しに苦労しておると言えば言えなくもないのだ、このエロ能天気なおっさんは。


 まぁ、いい。

 ヒーローの次は、当然ヒロインじゃっ。我が霊玉よ、もう一人の主人公はいまどこにおる?


「ぶ~ん(アンナ様ぁ。なんかすごい無機質な建物がいっぱい見えますよぉ)」

 ふむ、これは高層ビルと言うものじゃな。


「ヴィよ、これは日本という国じゃ」

「ぶ~ん(へぇ、明るく色とりどりの建物が立ち並ぶルキーニ王国とは、全然違いますねぇ。なんか全体的にグレーな感じ?)

 ま、ここはオフィス街じゃからの。


 お、いたいた。


「ヴィよ、見えるかの。霊玉の中央に映し出されている、紺色スーツの…」

「ぶ、ぶんっ!?(げ、地味っ!ダサっ!!何ですか、この。これでも女子!?)」


「まぁ、そう言うでない、ヴィよ。このむすめは、いま就活中じゃ。仕事を探しているところなんじゃ」

「ぶ~ん(へぇ。こんな地味なカッコじゃ、誰も雇いたいと思わないんじゃ?)」

「まあ、ルキーニ王国とはだいぶ違うからの。日本という国では、この超無個性なスーツ姿が就職活動の定番スタイルという訳じゃ」


 ヴィが呆れるほどの地味なスーツ姿に、黒縁メガネがさらに地味さに拍車をかけているこのむすめは、麻倉ひなげしと言う。21歳じゃ。



「あ~あ、きっとこの会社も一次で落とされるんだろうなぁ」

 地味な就活生、麻倉ひなげしは深いため息とともにそう言った。

 おそらく、もう何社も不採用だったのじゃろう。足取り重く、とあるビルの回転扉に手を掛けた。

 くるくるくるくるくる…。

「あ、あれ?」


 地味な上に、トロいむすめじゃの。回転扉の中で、文字通りくるくる回転しておる。


「あ、もうっ。やっと、出られた…ってあれ?」

 その言葉が聞こえるか聞こえないうちに、麻倉ひなげしの姿は霊玉からさあぁ~とかき消えた。



「よし!ヴィよ、領主館りょうしゅやかたへ向かうぞっ」

「ぶ~んっ!(はいっ、アンナ様っ。高速転移~!)」

 ヴィがそう言うや否や、小さな頭のてっぺんからこれまた小さな羽コプターがピコンと出て、わしらを領主館へと転移させたのじゃ。


 え、いろいろ都合よすぎる?

 気にするでない、異世界とはそういうものなのじゃ、おーほっほっほ。


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