エピローグ
β045 マリッジ◎マリッジ
今日は、空中庭園国暦なら二十六年〇〇三日、惑星アース暦ならば四九一九年一月三日だ。
僕は、惑星アースで、二十三年前の六月二日に、綾織さんは、二十年前の十一月二十三日に、この世に生まれた。
クシハーザ女王陛下の執務室は、惑星アースと空中庭園国の両方にある。
惑星アースの建造物は、植物が編むように下から上がって行き、あの摩天楼のあった場所に、三日で立派な宮殿ができた。
名を惑星アース宮殿と言う。
僕は、今、ひなとヤン父さんとかや乃母さんと一緒に、ゴロゴロビルディングで生活している。
そして、皆をより幸せにする為に、仕事を探している。
今から、空中庭園国の『マリッジ◎マリッジ』に戻って仕事をしたいとは思えない。
会社の仲間は嫌いではなかったが、空中庭園国へ行く気がしないのだ。
さて、もうパーソナルフォンもないので、求人情報は足を使って探そう。
新年だものな。
チューブやドームで囲まれていないエーデルワイスを歩めば、はらりと雪が降って来た。
空中庭園国国民服を脱ぎすてたので、ノンタックスシリーズを着ている。
冷えるというのは、これか。
僕は、初めて身震いをし、襟を立てた。
通りがかりに見つけたこの建物は、ガラスのようなキラシラの実を抱えて乳白色のミクスが伸びて行ったようだ。
僕は、今まで独身貴族で欲しい物は特になかったが、今は、これがいい。
どなたもお住まいではなかったようで、所有者に持ちうる僕のテイをはたいた。
エーデルワイスはさほど広くない。
気が付けば、惑星アース宮殿の前に来ていた。
クシハーザ女王陛下の玉が飾られており、僕とは遠い人なのかと胸に刺さるものがある。
「友達以上に想っている……」
だから。
「綾織志惟真さんと僕はお付き合いをしたいと思う」
僕は寒い雪の中を足跡を辿るように戻り始めた。
何歩か歩むと、聞き覚えのある音がした。
ゴーゴーと空中庭園国にある清浄の鐘が鳴り響く。
「綾織さんは、今日もがんばっている。僕もがんばらないでどうする」
僕は、手を拳にし、CMA達を思い出した。
取り分け、CMAβとCMA999を胸に寄せる。
「CMAβ、煮え切らない僕に決断力を見せてくれたのはあなたです。CMA999、愛情に上限がないことを教えてくれたのは、あなたです」
綾織さんが、巫女を辞めていなくても、労働改革CMA事件首謀者逮捕後、β版として開発されたCMAβは巫女装束を脱ぐように消えて行った。
又、僕が夢の中で会えたらいいのだけれども、CMAβは疲れないかな。
お腹が空かないかな。
それから、暫く、僕はキラシラとミクスの建物へ通った。
僕は、その建物を片付けて、いつでも彼女を招き入れられるようにした。
椅子やテーブルを作ったりもできる。
それから、建物の一部をいただいて、作業をし続ける。
元々、この綺麗なキラシラの実は、空中庭園国では特に珍重されているものだ。
ガラスのようだが、微妙なやわらかさがある。
ミクスには小さな白い花がついている。
どちらも程よいかたさで加工しやすい。
こんな仕事をヤン父さんの仕事の手伝いをしながら、生業にしてもいいな……。
二段の階段を行くと、惑星アースのスポットフォンのブースに入れる。
これで、雪はしのげるし、パーソナルフォンがなくても大丈夫だ。
クシハーザ女王陛下の執務室へは、国民は誰でも自由に意見を述べていいことになっている。
「クシハーザ女王陛下。いえ、綾織さん。綾織志惟真さん。僕の話を聞いて欲しい」
僕の胸は高鳴る。
「はい」
綾織さん、クールだな……。
「謁見の間から、顔を出してくださいませんか?」
惑星アース宮殿のバルコニーにちょこんと顔を出した後、僕を見つけると手を振って、身を乗り出してくれた。
「受け取ってください……!」
僕が雪の中、空に向かって差し出したものは、キラシラの実を削ってミクスの小さな飾りをつけた、マリッジリングだ。
綾織志惟真さん用のは華奢で、僕のは少し逞しい。
太陽と月の光のせいか、きらりと光っている。
綾織さんが、すっと隠れてしまった。
かと思いきや、あっと言う間に僕のノンタックスコートがたなびく前に現れた。
僕は、びっくりしたが、深呼吸をして肺の奥から声を絞った。
「こうして、かざしてください、綾織志惟真さん」
華奢なマリッジリングを手渡す。
「はい。まあ、名前の代わりに、私のβコードともう一つのβコードに、日付のA4919.01.21が刻んであります!」
ふふ。
明るい綾織さんも愛らしい。
「僕のもかざします」
「葛葉様のリングにも刻んでありますね。私は、初めて見ました。これが、葛葉創様のβコード」
二つのマリッジリングを重ねると、丸が二つ……。
「ここに、二重丸ができます」
僕の仕事先は、『マリッジ◎マリッジ』だった。
そんな意味をここへ来て初めて知った。
僕は、寒さの中、この人のぬくもりを逃がしたくないと、コートで優しく包んだ。
雪は、降る。
しんしんしんしんと……。
綾織志惟真さんと僕の
――あなたを想う心だけは、永遠だと、明日の星々が壊れても、誓うから。
この後、未だ身籠ってもいない子どもの命名でもめて、親としてどうなのかと笑いあった。
Fin.
【旧】AI巫女アイドルにマリッジリングを贈りたい いすみ 静江 @uhi_cna
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