β040 βコード三重奏

 待て。

 待つんだ。

 これが、告白ではなかったら、大笑い劇場だ。

 ご用件を伺おう。


「誰かが、走る牛の名画近くに、拙い数字を書きませんでしたか? 『これが、自分……』だと名乗りませんでしたか?」


 当時の様子を思い出し、僕は、朱鷺の間のふっかふかのカーペットにひざまずいて、壁だと見立てた空間に五本足の牛を描く。

 真剣な眼差しで、綾織さんの聞きたいことを伺う。


「よく覚えているよ……。ここならば誰の目もない。盗聴器もないと思っていい。空中庭園国は、外交に気を遣うようだから、大丈夫だろう。大丈夫ではなかったら、誰かが、命を落してしまうかも知れない」


 話たいことがあると切り出したのは、綾織さんだ。

 さあ。


「葛葉様。そうです。真剣な話です」


 綾織さんもひざまずいて、何と、僕の手を握った。

 僕は、ろれつが回らないのではないかと思った位だ。


「何の話かな? 改まって」


「βコードについてです。この拙い数字にβはついていませんでしたか?」


 βコードか。

 避けては、通れない話となったね。


「僕も色々と考えてみたよ。実は、沖悠飛くんは、β733520412を自ら話してしまっただろう。それに、どうして、本惑星アースにて、出会ったのだろうか。彼は、自身のパーソナルフォンを二度投げたのだから、惑星流しになったのか。父親を探して来たのか。僕は、惑星流しとは、『死』を意味すると思っていたが、『別れ』を意味するのだなと、CMA999の時に様々に思ったよ」


 僕は、とことん話そうと、この空中庭園国には珍しいやわらかいソファーなるものに腰掛けた。

 綾織さんにも向かい側に座って貰う。


「だから、空中庭園国のサイバーセキュリティを一手に引き受けたマザーコンピュータ・エデンの追放なんだ。沖悠飛くんの墓標となるのが、彼のβコードだ。今は、マルクウでどうして過ごしているのだろうか」


 ――僕なりの仮説だが、聞いてくれますか。


「僕は、βコードから導きだせるものについて述べることにした。ただし、子細はトキオに関係して生まれた赤ちゃん達だけの解析だけとしている。これらは、クシハーザ女王をいただく摩天楼に乗っている時に色々なパターンを考えていた」


 誰のβコードか分かっている例がいいだろう。

 他人がそれを読み上げてもどうにもならないようだし。


「βコード解析にかかる。先ず、沖悠飛くんの『β733520412』だ。頭の『β』は、これからβコードを流すことをリードさせる。次が、問題だ。沖悠飛くんのフルネームの読みを平仮名にする。『おき・ゆうひ』だ。それを、アルファベットに置き換えると、『Oki Yuuhi』で、ファミリーネームを後ろへ持って行くと、『Yuuhi Oki』となる」


 僕は、メモ用紙に走り書きをした。


「ここで、本惑星アースの日本語というものに五十音があるので、数値化してみよう。あかさたなはまやらわ対応表がこれだ。あ行のAは0、か行のKは1、さ行のSは2、た行のTは3、な行のNは4、は行のHは5、ま行のMは6、や行のYは7、ら行のRは8、わ行のWは9となっている。そして、母音を伸ばした時は子音、あ段のAは1、い段のIは2、う段のUは3、え段のEは4、お段のOは5が割り振られている。ただし、例外もある。それらを踏まえて解いて行こう」


 沖悠飛くん、君は、一度別れの墓標を立てたのだから、もう会えないだろう。

 今頃どうしているかな。

 答えは、この中にあるのだろうか?


「『Yuuhi Oki』の内、『Y』は『7』で、その段の『u』が母音だから『3』だ。こうして見て行こう。次の『u』は、単独の母音で『3』だ。そして、『h』は『5』で,その段の『i』が母音だから『2』となる。『Oki』の『O』は母音で始まるから、例外として特別に扱う。『O』は、頭にあの行の『a』を『0』として置き、例外の母音、あ行の『a』を『0』として、『i』を『1』、『u』を『2』、『e』を『3』、『o』を『4』として行く。だから、あ行の『a』が『0』、それの『お』の『o』が『4』で、『04』をあてるんだ。『k』は『1』で、その段の『i』が母音だから『2』だ」


 結論を言おう。


「このβコード、『β733520412』は、沖悠飛くんを示す」


 次にβコードから持ち主を探ってみる。


「では、今度は逆だ。僕が穴のような所で書いたのを覚えているのから逆算する。『β22260071582』だ。頭の『β』は、これからβコードを流すことをリードさせる。『2』は母音であれば『0』がつくから、ないので『S』だ。それの母音は『2』なので『i』となる。次に『2』だが、次の『2』から察するに、単独の母音だと思われるから、『i』となる。必然的に、次の『6』は『M』で、その母音は『0』だから『a』だ」


 次の段階に行く。


「では、『071』はまとめて考えよう。『7』が『Y』でその母音が『1』で『a』と考えるのが妥当だろう。すると、既出の『0』は、『a』の0番目の0を省略したものと考えていい。だから、『a』だ。『5』は、次に子音が来ることが分かっているから、単独の母音『o』だろう。『8』は『R』で、その隣の『2』は母音の『i』と考えられる。このファーストネームは、『siima』で、ファミリーネームが『ayaori』となる。区切りの決めては、『071』だな」


 結論だ。


「つまりは、『Ayaori Siima』。――驚くことに、綾織志惟真さんのβコードだったのだ」


 綾織さんのβコードを僕が知ってしまった。


「穴の中で、『これが、自分……』だと拙い数字を書いたのは、綾織さんだったのか」


 幼き日を思い出す。


「ええ。私が父に命名されたのは、間違いもなく、綾織志惟真です」


 綾織さんと沖悠飛くんと僕の内、三人のβコードが分かっている。

 三者三様だな。

 沖悠飛くんは、β733520412を自ら話してしまった。

 綾織さんは、今、僕に明かされた。

 β22260071582だ。

 僕のは、特に解析していない。

 β何とかだ。


「けれども、私には別の顔があります。私がクシハーザ女王です」



 この時の僕は、何とも言えない顔をしていた。

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