β033 小さな総攻撃

「CMAβ、ゆっくりと下ろしてくれよ。ロッククライミング状態だよ。はは」


 今、顔面がクレーターの壁に当たったのだよ。

 船外服を着てはいるが、響いたぜい。


「葛葉様、落ち着いて行動してください」


 うん。

 僕の姿勢制御がなっていないのだな。


「そうですね。綾織さん。素人なりに手探りで、気を付けます」


 首肯し、ふらふらとだが、壁に手を当てたり離れたりしながらもぐって行く。


「葛葉創くん、少年漫画ではないの。うっかりすると、この地に戻れない。しっかりしなさい」


 CMAβ、塩だよ、塩。

 塩対応ー、ぴりっとするな。

 くうー。

 でも、分かるなあ。

 どうして、僕が、月刊少年マックスの主人公、ロッククライムのカジの気持ちだって、ばれたのかな。


「ロッククライムのカジをよく知っているね。少々マイナーなコミックなのだが」


 ふわーっと飛んでは、壁から離れるので、がーんと寄って行く。

 これを繰り返す。


「カジは、もっとかっこいい! 葛葉創くんが一か零なら、カジではない」


「ガーン! CMAβ、直接的だよ」


 僕はしょげたが、CMAβに何を言っても無駄だ。

 下降して行くことに専念することにした。


「くすっ」


 上から笑みがこぼれたのが聞こえる。


「あ、綾織さんが! 笑っているとは!」


 綾織さんもおすましさんだと思っていたから、驚いた。

 驚くと言っても嬉しい話だ。


「私だって、笑います。CMAβと葛葉様は仲がよろしくて羨ましいです」


 そ、そう言うことなら、CMAβは僕のアイドルで、綾織さんは、一目惚れした初めての人かな。

 どちらも僕の理想のタイプなのだろう。

 そうだ。

 『マリッジ◎マリッジ』でマッチングを行ったら、成婚率が高かったな。

 ある程度は、好みのタイプが一致しているのかも知れないと、今更に思うよ。

 そろそろ、下の方へ着く所だった。


『創兄さん……』


 ああ、ここでひなを思い出すか。

 そうだよな。

 僕は、君が生まれてから二十年は見つめて来た。

 スタートゥースターと言う外惑星からの侵入者ものが夕方放送されていたのを僕は楽しみにしていた。

 でも、ひなは怖いと言うから、ひなが遊べそうなおもちゃを沢山集めて並べたっけ。


「にいにい。にいにい」


 それでも、僕を追いかけるのだよな。

 ハイハイとは、人間が初めてスプリンターになるのだと思うよ。

 それで、スタートゥースターがまだやっていると分かると大泣きだ。

 僕は、トキオこども番組とおさらばして、ひなと遊ぶしかないよ。


「葛葉創くん。妄想癖があるから、丸山喜一医師につけ込まれるのだから、気を付けないとダメ」


「はい……。CMAβ」


 尻に敷かれるとは、このことだ。


 ◇◇◇


 ミー、ミー、ミー……。

 何だ、この音は?

 綾織さんにも聞こえているか、尋ねてみよう。


「綾織さん、ミー、ミー、ミーって聞こえる?」


 僕には、まだ聞こえる。


「いいえ、この意思伝達アプリからも伝わりませんし、聞こえもしません」


 軽く首を横に振る。


「CMAβはどうだ?」


 飛んでいる彼女が近い。

 聞こえているのか?


「基本は、綾織さんも見聞したことを共有しているけれども、聞こえない」


 では、僕にだけか。

 どこかで、誰かが見ている。

 僕にだけってことは、このクレーターに入ったからではないか。


「綾織さんもCMAβも気を付けて。誰かが見ているということは、攻撃して来る可能性もある」


 その警戒をした時だった。

 ジャッと言う音で、僕の船外服の右腕をかすった。

 もし、気密性が保たれなくなったら、危険だ。

 見えない敵と戦う前に、自分の首を絞めるようなものだ。


「み、見えた。葛葉創くん。オレンジの光線が一筋走って行ったのを」


 先制攻撃か。

 綾織さんとCMAβは、僕の様子を伺う。


「宣戦布告だな」


 僕の言葉を受けてか、綾織さんが、誰にでも優しい気持ちを伝えてくれた。


「無駄な暴力は回避しましょう」


 祈るようだ。


「分かった、綾織さん。だが、綾織さんらを攻撃するようなことがあれば、許さないからな」


 守りたい者があるならば、攻撃には攻撃で仕方がないと思っていた。


「いつになく、暴力的です。葛葉様」


 ああ、再び、祈るような声だ。

 僕は、綾織さんに弱い。

 攻撃には攻撃で応ずるとは、野蛮だったか。

 この旅で、僕もいくぶんか変わって来ている。

 あのCMA999を救いたいと思った心情はどこへやらだ。


 後、少しで、クレーターのくぼみに入る。 

 僕は、上手くとんたんと下り、CMA156とCMA157の落下地点に降り立った。

 ここへ来て、綾織さん一人を上に残してしまったことを悔いた。

 だが、直ぐにそれは否定される。


 ミー、ミー、ミー……!

 オレンジの光線が、三連でジャッジャッジャッと各方角から来た。


「危ない! 明るい所へ行くな! 隠れろ!」


 パネルにある『A』の綾織さんに、メッセージを送る。

 意思伝達アプリが便利なことに離れていても伝えられる。


「綾織さんは、摩天楼に戻って、操舵席のジャイロに身を隠して。船外服も焼けてしまうんだ」


 オレンジの光線の発射して来る角度を計算しなければ。

 CMAβならできるだろうか?


「それは、できません。いつでもご一緒いたします」


 うわー。

 綾織さん、いつでもご一緒とは。

 いかんいかん、いかんよー。

 僕、一人でいいんだ。

 

 ミー、ミー……。

 くあああ!

 僕だけに見えるのか?

 精神的な攻撃の可能性もあるな。


「第二弾だ。おい、ミーと言うあなた方は、どこにいる?」


『リュウグウノツカイにおります。侵入者は全て敵です。あなたは、空中庭園国国民服を着ているから、侵入者です』


 異邦人の僕だが、リュウグウノツカイの生命体と意思伝達アプリのお陰で、会話ができる。

 僕は、変換された言葉を噛みしめて、攻撃が悪化しないように考えた。


「ああ、よそから来たが……。それだけの理由で攻撃するのは、あなた方にしては、高等なことと思えないよ」


 よっし。

 この文面ならいいだろう。


『我々は、以前から空中庭園国とは、冷戦関係にあります』


 確かに小惑星もいくつかそのような状態だとは聞いたが、このリュウグウノツカイもそうなのか?


「そんな話は、聞いたことがないな。それに、僕は人探しに来ただけだから、直ぐに旅立つよ」


 CMAβに、CMAの気配がないか訊こうとした所だった。


『これから、あなたの母国にサイバー総攻撃をかけます』


 何だと!



 総サイバー攻撃だ!

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