β031 獅子の子落とし

 その声は、聞き覚えがある。

 まさに便乗して来たアイツだ。


「ははは……。クシハーザ女王陛下の摩天楼にこのような仕掛けがあるとは、やられたである」


 アイツ……。

 つまりは、CMA157の再登場と来た。

 ちゃっかり船外服で現れた。


『サ、イ、カ、イ、ニ、カ、ン、ゲ、キ』


 手旗信号で向こうからメッセージが届いた。

 軍や救命隊員の経験ありかな?

 僕は、ヤン父さんに習ったよ。


「再会に感激」と来たか。


 僕は、感激ではない。

 会いたくない人ナンバーワンだな。

 他のCMA157の台詞は、宇宙空間なので、何を言っているのか、細かくは、僕の妄想癖で仕上がった。

 元、沖宇治ノ清だったのが、どうやって、侵入していたのだろう。

 ん?

 船外服の面にメッセージを送れるパネルがあるぞ。

 意思伝達アプリだろう。

 僕は、キーボード状のアルファベットをに視線と瞼で打ち込んでみる。


『A、I、TA、KU、NA、KA、TTA』


「会いたくなかった」


 それだけ通じれば十分だ。

 もう、沖悠飛くんは、β733520412の墓標のもと、抹殺されたのだから。

 僕の父性が刺激されたよ。

 ずっとおんぶしていたのだもの。

 子どもってできたら可愛いのだろうな。

 空中庭園国では、愛らしい赤ちゃんが沢山ご誕生だ。

 僕だって、家庭を持って、子沢山パパになりたいな。

 おっとと。

 沖パパに疑問がある。


「沖宇治ノ清。あなたは、AIのCMAなのか?」


 最初にマルクウで出会った初老のCMAから、印象が他と違っていた。


「ホログラム化はしないのであるが、人工知能を携えているのである。シンギュラリティを聞いたことがあるのであろう。AIが、人間の持つ頭を科学技術の面で越える、技術的特異点のことである」


 シンギュラリティをこの時代に言われても。

 既に、いくつかのゲームで越えられている。

 囲碁で、トキオの合同チームが、空中庭園国永世名人を破ったことは、ついぞ新しい話ではない。


「それが、どうした。AIを何もできないとは思っていないが」


 僕は、沖悠飛くんの父親でも、好きになれないのが、悔しい。


「私もCMAβをはじめ、CMAに人間性を感じます」


 おお、綾織さんもご意見が一致いたしますね。


「沖宇治ノ清は捨て、人工生命体の体となったのである。新しい体は、みずみずしい若さを取り戻したようである」


「なんだって?」


 それでも、他のCMA達よりは、老けていたのは、科学と医学の限界だったのか。


「それで、沖悠飛くんは、人間なのかい?」


 突然だが、βコードを持って消えた、彼を思い出した。

 しみったれた人間そのものがよく表れていたが、案外、人間ではないのかも知れない。


「悠飛は、人間のようだが、CMAだ」


 やはり、そうなのか。

 どうして、そうなったよ。


「少し重いなと思っていたよ」


 これは、本当の話だが、半分は悼んでのことだよ。


「CMA156が、悠飛の本名となったである。ランダムにナンバリングされたのである。しかし、私は、例外的に次に試したAI搭載の人工生命体としてCMA157が割り振られたのである。譲りたくなかったから黙っていたが、初のAI搭載人工生命体は、息子の悠飛である」


 綾織さんが、重力を確かめながらCMA157に近付く。


「いつから、沖悠飛は、人工生命体になったのですか? 随分とプロポーズされるのですが」


 含み笑いをしながら、CMA157が答える。


「悠飛がプロポーズ? 宮司に従順なだけだったのであろう。神器が欲しいとのである」


 このCMA157は、立場をとことん利用したのだ。

 宮司の立場と父親の立場をだ。


「いや、神器が欲しかったのではないと思う。父親の……。父親の関心をひきたかったのではないか?」


「私もそう思います」


 はうーん。

 綾織さんも同意見なんだね。

 沖悠飛くん、可哀想過ぎるよな。


「宮司でなければ、後釜を狙われないのである」


 なんか、寂しいご家庭だったのだね。


「沖悠飛くんは、ベロンナの生える摩天楼の下に落ちて行って、今はどうしている?」


 一番知りたかったことだ。


「どこを探してもいないのである。消えたとは、まさにこのことである」


 ……お亡くなりになったのか? 

 そう考えた時、CMA157が、消えた。


「どうしたー! 沖悠飛くんのCMA157ー!」


 僕は遠くへ声を伸ばしたが、ここは、宇宙空間だった。

 しかし、僕の眼で語るパネルに気が付いてくれないかと、救護するとは信号を出した。


『S、O、S、さ、れ、た、し』


 ◇◇◇


「綾織さん、この近くにクレーターにあのCMAが落ちたのではないかな?」


 僕は、綾織さんと話す時、メッセージを送るパネルで彼女を示す『A』を選ぶ。

 沖宇治ノ清の時は、『157』だった。

 今は、パネルに、『156』が増えている。


「あのCMAですか? 葛葉様にしては言い方がおかしいですね」


 そうなんだよ。

 複数形にしてもいい位だ。


「ああ、よく気が付いたね。CMA157は、他のCMAに落とされたと思っている」


 ある意味、凄い事故ではないか。


「他の……。CMAですか。CMAβは、ここにおります」


 綾織さんは、自分の胸に手を当てた。

 それは、分かるんだ。


「多分、獅子の子落としの逆をしているのではないかな。つまりは――」


「沖悠飛ですか」


 ご明察だな。


「そうとしか考えられないね」


 僕らは、クレーターに気を付けながら、数歩進んだ。


「沖悠飛は、一体どこにいたのでしょうか」


 綾織さんは、僕より歩くのが上手いな。

 僕の方が沖悠飛くんに落とされそうだよ。


「摩天楼のベロンナのある所に消滅したと見えて、気絶していたのだろう。摩天楼内のマップが手に入った時、生命体を感知していた。信号は二つあったから、あの親子かと思っていたのだ」



 この執拗なCMA事件は、ここで終わるのだろうか。

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