β030 リュウグウノツカイより

 綾織さんが顔を近付けて来たのは、以前、約束していたお守りを分けてくれる為だった。

 先ず、綾織さんが、僕に白いお守りをくれた。

 お守りには、『魂』と書かれていた。

 そして、綾織さんは、赤いお守りを持つと白衣はくえに優しくしまった。

 言わなくても分かるよ。

 これは、縁結びのお守りだね?

 いつから、僕のことを想っていてくれたのかな。

 出会った時からなら、間違い電話からになる。

 そして、ホログラムの見返り美人もそうだな。

 いやあ、なんだろう。

 嬉しくて、鼻の下がむずむずするよ。


「葛葉様。後ろ頭ばかりでは、寂しいです」


 何だか甘える声に聞こえる。

 葛葉と呼ばれるのがそうさせているのかな。


「さ、寂しいかあ。ごめんね。お守りをありがたく国民服の胸ポケットにしまわせて貰うよ」


 こんなに、心のこもったものをいただくのは、ひなが鼻血のついた紙をくれたとき以来だ。


「私も大切にします。このお守りは、恋を実らせてくれるのです。ひな様と再会されてもお守りは内緒にしてください」


 えー。

 内緒じゃないと恋は実らないのかな。

 ひなには、隠し事が難しいのだよ。


「大切に想っているけれども、血の繋がった妹だからね。妹以外の女性とまともに話すのが初めてで、悪い所があったら教えて欲しい」


 妹以上には想っているけれどもね。

 それは、裏切られない。


 ◇◇◇


 摩天楼内のマップとこれからの航海図を手に入れた。

 一つのピンクのパネルに摩天楼内マップを一つの水色のパネルに予想される航海図を展開させた。


「これは、いいな。左上のNEO印をタップすれば、障害となる小惑星等の動きも分かる。九千もあるのだな。以前、聞いたサイバー攻撃をする小惑星は二百だったな。それでなければいいが」


 摩天楼内マップによれば、摩天楼の最下層とその近辺に生体反応が見られる。

 まだ、綾織さんには言っていないが、気が付いただろうか。

 僕には見当がついているが、摩天楼内に不審な動きがある。

 これからの僕らの旅を邪魔しないでいて欲しい。


 暫く航行していると、突然、宇宙濃霧が僕らの行く進路をふさいだ。

 これには、怖い噂がある。


「航海図によれば、二時の方角に危険な超重力のブラックホールがある可能性が高い。宇宙濃霧がセイレーンの如く惑わすので、その手前で回避したい」


 僕の方針を解諾げだくして欲しいから丁寧になる。

 安全運転第一主義だ。


「ブラックホールとは恐ろしいです。中でドラゴンが光りを呑んでいるかのようです」


 綾織さんは、両手の指を折って、力を込めて震わせた。


「ドラゴン?」


 僕は、また、すっとんきょうな声になった。


「綾織さんて、思ったよりロマンチストなんだね。沖悠飛くんのホテルでのこともそうだし」


 間接キッスで、もう、百パーセント純情なんだから。


「むう。今は関係ありません」


 グララララ……。

 縦揺れの地震が来たのかと思った。

 でも、これは違う。


「綾織さん、操舵席のパイプに掴まって! これから揺れが激しくなる」


 がくがくと脳が揺すぶられ、視点も定まらないし、周りでは、摩天楼内のレイシイとケビクマミもびしびしとちぎれかかっている音が聞こえる。


「どうしました?」


「これから、近くの小惑星に不時着するだろう」


 どんな小惑星か、僕は、急遽六角形のパネルを五枚にして、データを表示させた。

 まさか摩天楼を支持できる位の大きさはあるよな。


「前方に見えるのは、リュウグウノツカイだと、データから浮き出た。惑星アース近傍の小惑星に違いない」


 僕も操舵にはなれて来たが、初めてのことには、戸惑いを隠せなかった。

 小惑星には、生命体がいるのか?

 それも不安だが、もう姿勢は惑星に滑り込む形に向かっている。

 ズズズズ……。

 摩天楼は、腹をするように降りて行った。

 惑星アースでは、素晴らしくそびえ立っていたが、ここでは横ばいだ。

 操舵席は、何とブランコのように縦型から横型へと対応したので、僕は唸ったものだ。

 お陰で、怪我一つない。


「大丈夫だった? 綾織さん」


「はい。この摩天楼は、柔構造なのですね」


 僕らは、摩天楼のシート付近をよく探すと船外服を見つけた。

 これで、外に出ることにした。


「はは、何せ草が生えているからな。やわらかいのかも知れない」


「生体は重要ですよ。葛葉様」


 僕らは、小惑星の近くに恒星を感じた。

 太陽だろうか。


 綾織さんは嫌な思いをするだろうが、伝えなければならない。


「さて、最下層に不審な生体反応があったのだが、CMA157、元は沖宇治ノ清が、摩天楼内に潜んでいる確率が高い」


 綾織さんは、不思議な力があるせいか、分かっていたようにうなずいた。


「白いエーデルワイスが神器だからと言って、ここまで綾織さんを追いつめたのは、僕は感心しない」


「私も嫌でした」


 待てよ、白いエーデルワイスがなければ、摩天楼の主なる力が動かせなかったのではないか。

 それも目的の内か。


「悠飛くんを煽って、丸山喜一医師がピックアップした患者を迎えに病院へ行かせていたのだな。CMAとの感性が高い患者をどんどん古典で見たドイツのハーメルンよろしく連れ去って行ったのか?」


 僕は、病院で夢を見ていた。

 ひなも健康診断に行ったらしい。


「僕も患者で、CMAβの夢を見る程に僕らの用語で言うとマッチングパーセンテージが高かった。しかし、知らぬ存ぜぬで通して正解だったって訳か」


 航海図によると、かなり先――つまりは、宇宙へ行くことになっていたが、本当に大気圏突破まで成功した。

 沖に構っていると、舵を切れないので、後回しで十分だった。



 その時、摩天楼から、怪しげな声がした。

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