β029 妹です

 ゴウンゴウン……。

 ドゴゴゴ……。


「そらを行く摩天楼よ。エーデルワイスでは、何に制御を受けていたのか?」


 六角形のパネルを操作しても答えは出ない。

 秘密か。


「ともあれ、神器のエーデルワイスが守れて、僕は安心しているよ」


 ぱ、ぱ、ぱと点滅する順を追って、タップする。

 すると、摩天楼内のマップが表示された。

 それから、これからの航海図も添付されている。


「これは、いける!」


 僕でさえ唸った。


「航海図によると、かなり先へ行くのだな。摩天楼内に不審な動きがある。しかし、それに構っていると、今の軌道に差し障りも出て来るので、後回しだな。先ずは大気圏突破までだ。OK?」


「お? 分かりました」


 綾織さんの可愛い返事で、僕もさっきまでの暗さを捨てようとした。


 ◇◇◇


 僕らの摩天楼が、クシハーザ女王陛下の玉をいただいた飛行物体として、上空へ上空へと脇目も振らずに進む。

 救命艇との信号でひなが漂流しているらしいことが分かった。

 あの時、既に、ひなは宇宙にいて、まだ、僕は対流圏にいたものだと決めつけて、直ぐに断ってしまったことを悔いている。


「ひな……。食いしん坊だから、お腹が空いたら大好きなランランカンカンのごま団子をあげたいな」


 古代の操舵パネルは、かたくななセキュリティが解除された後は、僕に対してリードしてくれる。

 僕らは、対流圏から出て、対流圏界面をぐっと抜け、成層圏に入った。

 対流圏では温度が低かったのに対して、成層圏は全体的に高くなって来た。

 今は、気体が軽くなって来ているのだろう。


 そうだ。

 ひなの話を聞いて貰おうかな。

 もしも、綾織さんと家族になることができたなら、ひなのこともなかったことにできない。


「綾織さんは、葛葉ひな、僕の妹をご存知ですか? 僕が、マルクウへ行ったのには、訳があるのです」


 ゴゴゴゴ……。

 この成層圏では、オゾン層がある。

 空中庭園国では、オゾンホール対策で、エア・コンディショナーを全面的に廃止しているので、僕は、IoTの『昔扇風機くん』とあだ名した、天井のファンを利用している。

 歴史の教科書にあったオゾンホールは、ふさがっているようだ。


「空中庭園国でのことです。大好きなひなへのお土産、ごま団子を持ち、僕がひなのドームハウスを訪れた時、留守だった。すると、近くに、ひなのパーソナルフォンが落ちていて、僕は滝のように汗が流れたよ」


 綾織さんが、目を丸くして、聞いている。

 僕は、続けた。


「踵を返して、僕のドームハウスへ行くと、ひなから僕へのお土産のカフェの豆が、ぼとりと落ちていたのだ。状況から見て、ひなが誘拐された可能性が高いのです」


 かたりがたりと摩天楼が揺れる。

 成層圏界面を抜け、中間圏に突入だ。

 しゅーっと流れ星が見える。

 流れ星を知らせに綾織さんの肩に合図する。

 お願い事、お願い事、お願い事……。

 ひなとの再会と綾織さんとのリンゴーンを両方願ってしまった!

 欲深きかな。

 横を向けば、綾織さんが、何故か赤くなっている。

 餅みたいに頬を焼いて、そっぽを向かれてしまった。

 僕の話が気掛かりだったのか、ぽつりと僕に言葉を落した。


「クズハツクル様の妹さんは、クズハヒナ様とおっしゃるのですね」


 ああ、ひなの話は必要だったな。


 グググゴゴオ……。

 いよいよ、熱圏に入る。

 綾織さんは既にしていたが、僕も座って赤茶のベルトをする。

 操舵に慣れて来たので、タッチパネルは、六角形三枚もあれば、十分だ。

 一応、ひなとの交信用にもう一枚パネルの空間に上げて置こう。


「それで、綾織さんに無理にとは言わないが、優しく『ひな』と呼んで欲しいな」


 僕からのお願い。


「あ……。失礼いたしました。その……」


 気体も揺れが続く中、舌を噛まないかと心配したが、気になって訊いてしまった。


「何だい?」


 もじもじとはのこのことが見本だ。


「葛葉ひな様……。今、何歳なのでしょうか?」


 綾織さんは、エーデルワイスをしらうおのような細い指でくるりと回す。


「二十歳だよ。今年成人だ。もう、お祝いはごま団子でもいいかと思う程だよ。ははは」


 明るい話題なら、いいな。


「私の方が年下ですね」


 あ、ひなには、義理の妹ができるのか。

 てっきり姉だと思っていたよ。

 ああ、春!

 春が来たよー!

 ほら、空中庭園国で突然降った雪が嘘のようにとける。

 雪だるまは作れないが、僕には恋人ができそうだ。


 その時、初めて見た。


「あれは、あれは、オーロラではないかい?」


 オーロラよ。

 僕に空の夢を見せておくれ。

 元気に過ごしていますと、ひなからの言伝はないかい?


「そうです。オーロラです。言葉にならないですね」


 割とクールな綾織さんでも、大自然の虹とも天の川とも見えるのに感動しているのか。

 綾織さんが、オーロラ映えしていていいな。


「綺麗だな……。綾織さんの方が綺麗だけれども」


「又、お冗談を」


 熱圏を抜ければ外気圏、そして、その次は、もう宇宙だ。


「クズハツクル様も呼び方を変えてよろしいですか?」


 宇宙抜け時に告白だって!


「葛葉創だ。葛葉創。くずはつくるだよ」


「葛葉様……」


「あ、これは、お守りです。白い方をお持ちください。私は、赤い方を持っています」


 綾織さんは、リングのエーデルワイスに気を込めて、輝き出し始める。

 その状態で、懐から渡してくれた。


「もっと心が通じ合うね!」


 春っていいなあ――。


「綾織さん。顔が近いです……」


 気が付けば、操舵席の二人の距離は、近かった。

 心の臓が、ばくばくばくばく僕の心の声で聞こえて来る。

 はうーん。

 いい香りだし、美しいし。

 あ、僕はまた、外観で判断してしまった。

 ダメだな。


 すすすすすすすす、好きです。

 好きですよ……。


 ◇◇◇


 DNAらせん構造を学びに、トキオバイオサイエンスカレッジに実験の体験をしに行った時だ。

 そこで教えてくれている女子学生さんが、ひなに声を掛けた。


「おねえちゃん。いらっしゃい」


 すぐさま、僕は否定したらしい。


「僕の妹です」



 エレメンタリースクールの想い出だな。

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