β027 応答せず摩天楼
「綾織さんとCMAβ、僕に続いて入って来られる?」
「大丈夫です。クズハツクル様」
綾織さんがうなずくと、CMAβも同じくこくりとした。
「うっぷ、この入り口らしき所は、ちょっと植物がよけてあるけれども、中へ入ると草いきれも酷い」
ここからも太陽と月が見える。
かなり、自由に育ってしまったのだろうな。
CMA157が、下の方は、ベロンナが群生しているようだと話していたが、この階層は、図鑑で見たつる植物のレイシイが落葉果樹のケビクマミの実を巻き込みながらはびこっている。
お互いに栄養を取り合っているのかな。
お腹は空いていないが、この実の味を知りたい。
何か、誘惑される香りも堪らない。
生唾を飲み込む。
「ダメです。これは、食べ物でも飲み物でもありません」
綾織さんが、僕の国民服の襟首を引いた。
喉の痛みで、目が覚める。
「は! うっかりしていたよ」
少し、目の前のレイシイとケビクマミを搔き分ける。
強固な檻のようだ。
「このままな訳がないから、つたを頼りに上の階層を目指そう。あの窓のないてっぺんの方へ行けば、何かあるかも知れない」
その後、もさもさと潜り抜けていたが、遅々として進まない。
『こーこーこーじょ』
おおおお!
植物のきしむ音からこの声が聞こえたのか。
あれか。
図鑑で見た、空想上の生き物であったな。
マーメイドだっけ。
『こーこーこーじょ』
何回でも鳴くな。
生きているのか。
植物も動物もないのか。
それとも、君たちは、迷いの森の番人かい。
「いたたたたたた! 痛いよ、このつるの産毛みたいなの。古代の果実モモのように、頬ずりするといじめられるようではないか」
「私が、何とかしましょう。エーデルワイス時刻の残り時間は、三十五分です」
綾織さんの声に僕の驚きが被さる。
「なんだって!」
僕は、痛くても何でも構わないから、レイシイをぶっちぎって、ケビクマミの実は放り投げた。
痛いなんて言っていられない。
上へ、上へ、上へ行くんだ。
この摩天楼の上を目指せ。
がんばれ。
「な!」
カアアーと唸る音が聞こえたかと思うと、僕のパーソナルフォンが光った。
その光線がぐるりと僕の周りを照らした。
何だろうと思って、パーソナルフォンに軽くタップするだけで、あの面倒な認証をしなくてもネココちゃんが現われた。
ネココちゃんの様子がおかしい。
穏やかでなく、慌てているようだ。
僕は戸惑っていたが、AIには、適切な指示が必要だと学んだばかりだ。
「このレイシイとケビクマミを僕の上方へ行くのに邪魔な植物のみをかき分けて欲しい。僕、葛葉創の周囲、三十ガノムで頼む」
『クズハツクルさま。リョウカイしました』
ネココちゃんは、小さい空間を先ず作り、くるりんと前転すると、植物に光線をまき散らす。
バリバリバリバリと、豪快な音を出して、上への道が見えた。
「綾織さんとCMAβ、ついてきてくれ」
振り向いてみると、二人とも怪我がないようで、安心した。
「ワタシが、飛翔の力も補助します」
綾織さんとCMAβは、コネクトが上手く行っている。
「ああ、それは助かる」
僕は、不謹慎だが、弾頭ミサイルにでもなったかのように、ゴオリゴオリと降って来る植物の破壊くずをかき分けて、上へ目指した。
おや?
あれは、あれは、人工物ではないか。
「ネココちゃん、あの人工物の周りを百ガノムで均一に掘り出してくれ」
直ぐに、前転をして答える。
『クズハツクルさま。リョウカイしました』
「ネココちゃん、暫く付き合って欲しい」
ネココちゃんが、ガンガン光って人工物が何であるかを明かす。
これは、知った機能を持っていそうだ。
『プロポーズをリョウカイしました』
どきっとさせるな、ネココちゃん。
付き合うとは、プロポーズではないぞ。
「いや、待て、ネココちゃん。パーソナルフォンと人は結婚できないんだよ」
頭に手を当てて、悩んでしまう。
これが、初めてではない。
プロポーズなんて、ほいほいするものではないぞ。
「生まれて二度目のプロポーズだよ」
綾織さんが、気に掛けてくれたのか、僕を見ていた。
ちょっと、目が合うだけで、恥ずかしいな。
僕は、口元を覆う。
「プロポーズとは、何でしょうか? クズハツクル様」
ほら、キター。
「ああ、このネココちゃんには、モデルの猫がいたのだよ三年前に亡くなった、キジトラ猫のネココちゃんだ」
ネココちゃん、ネココちゃん……。
ミーと鳴いて僕にじゃれつく君は、可愛かったな。
爪を立てて、僕にご飯をちょうだいしたり、肩によじ登って、顔を舐めたり、雨の日には、面白いのか憂えているのか、雨粒をずっと目で追っていたね。
「僕は、愛おしい方々に囲まれて、幸せだな」
◇◇◇
綾織さんとCMAβが上手く二人で動いてくれている。
そして、僕を合わせて三人とネココちゃんの一匹が、この人工物へ辿り着いた。
これは、摩天楼に隠された秘密だ。
「僕、あれもこれもで笑われるかも知れないけれども、図鑑でこのような操舵席を知っているよ」
いざ、配置について貰ったところで、一つ、大切な声掛けを忘れていた。
僕は、クシハーザ女王陛下のいただくこの一番高い摩天楼から、四方へと呼び掛けた。
「ひなー!」
愛しているよ。
「ひなー」
いつからか、妹以上に愛している。
「怒らないから、出ておいで。セトフードサービスでは、もう働かなくていい。旅をしようよ。な、ひな」
僕は、嘘でもいいから、この返事を待っていた。
『創兄さん……!』
これは、空耳だろう。
こんなところにひなはいない。
「後、エーデルワイス時刻の九分です。クズハツクル様」
僕の夢がぱちんと割れるような気がした。
「分かった」
もたもたしていられない。
「主なるエナジーよ。オン!」
パーソナルフォンのネココちゃんを通じて、六角形の操舵パネルにタップした。
「いや、反応しないな」
何だ。
ここへ来て、摩天楼側からのセキュリティが働いているのか?
「さっきのレイシイのつるがエナジーの元かも知れないな……。何てことをしてしまったんだ」
綾織さんが、後七分と告げる。
「クズハツクル様。それだけではないのかも知れません」
僕は、カウントダウンの中、摩天楼のセキュリティと対峙する。
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