β026 遥かなたへ

「クズハツクル様。沖悠飛とその父は、お任せして置きましょう」


 綾織さんは、切り返しが早い。


「葛葉創くん。ワタシは、一か零なら、切り捨てごめんを選ぶ」


 CMAβらしいな。

 僕は、沖父子が可哀想だと後ろ髪を引かれる思いだったが、二人に従った。


「ま、まあ。首を突っ込むのも何だな。分かったよ。よし、CMAβ、このクシハーザ女王陛下のぎょくをよく見たいのだが、手伝ってくれるかい?」


 CMAβは、抱かかえずとも飛ばせられる。

 すすすすいーっと天女の舞う如く、玉の周りを案内してくれた。

 僕は、近付いてよく見させて貰えた。


「うむ。緑青ろくしょうが吹いているが、これを取り除くとどうなのだろう」


 僕は、玉に降り立つと、怖いのでしがみついた。

 そして、ハンカチを取り出して拭ったが取れなかったので、国民服は丈夫そうだとこすってみた。

 すると、上手いこと綺麗になって行く。

 緑青はてっきり銅の仕業だと思っていたが、金色に輝く。


「CMAβ、少し上げてくれ。全体を見たい」


 それで、ウェアラブルコンピュータでCMAβを動かすのだから、綾織さんが巫女装束のまま上へ漕ぐように泳いだ。


「……これは! よくできているな。カモフラージュも素晴らしい」


 僕は、目をみはった。

 単に驚いたのではない。

 敬服したのだ。

 先進科学と古典科学に。


「お分かりになりましたか。クズハツクル様のロマンに味方するでしょうか」 


 僕だけ、玉にはべりついていておかしいが、後ろを舞うが如く飛ぶ綾織さんが、その潤った唇から、ロマンをこぼした。


「少年ならロマンを抱くものだよ。素晴らしいではないか。この摩天楼に僕はある姿を見出したんだ」


 僕は、かの女王陛下の玉をぽんぽんと叩いてしまった。

 これは、失礼いたしました。

 これ程極端にすると問題にもなるのか、クシハーザ女王陛下は、随分と老けておられる。

 お見合いホログラムの葛葉と呼ばれて浅くない。

 顔を見る力はある。

 それでも、本人にボトックス注射でしわのメンテナンスを行っているか、マザーコンピュータ辺りで補正をかけているな。


「ロマンですか。それは、私も賛同してよろしいのでしょうか」


 は、あーん!

 綾織さん。

 綾織さんが、しおらしいよ。

 腰をかがめてお辞儀風に空にいる。

 塩対応の逆で、これまたあたたかいな。


「ああ、勿論。勿論だよ。綾織さん」


 僕は、自分がにやにやしていないか、恥ずかしくて、玉にしがみついて顔を隠した。

 しかし、磨き過ぎた玉に自身が照りついているとは、後で分かる。


「よっし! この摩天楼の真なる入り口を探すか。降りてみよう」


 僕も気持ちが切り替わり、タイムリミット内で、でき得ることをしよう。


「分かった。葛葉創くん」


「頼もしいな。CMAβ」


 先程、真っ直ぐ上に飛翔したのと違ってぐるりと螺旋状に降りて行く。


「ワタシは一か零なので、はっきり言って貰えると動ける」


 CMAβが離れて飛翔して、綾織さんと僕は近くを飛ばしてくれた。


「そうか、CMAβに合わせて話をするよ」


 僕は、自分のパーソナルフォンをあまり上手く使えないひなが何故できないのかが分かった。

 マニュアル通りに、順に正しく使わないからだ。

 機器は、得てしてそうだよな。

 人型AIのCMAがそうだと言っているのではない。

 例え人間にだって、得意な人と苦手な人がいるだろうよ。


「速さいくつで高度いくつとまでは、言わなくても、ファジーで通る」


 何気に塩対応だと美少女巫女CMAβが言われていたのがよく分かる。

 相手の対応次第だからだろうな。

 僕は、もう哀しくも図鑑でしかお目に掛かれない動植物達もきっと分かりにくいものに不慣れで、人と相容れないのだろよ。

 ここ、惑星アースに来て、僕は、何か大切なことを教わった。

 簡単にタップするだけの操作でも、気を付けよう。


「CMAβは、優れているのだな。感心するよ」


 そうだよ。

 CMAβからも教わっているのだよ。


「ワタシは、本体の綾織志惟真に比べたら、まだまだ見劣りする」


 殊勝だな。


「元気だせって」


 ◇◇◇


「とても照れていました」


 綾織さんが、振り向くと真っ赤だった。

 し、信じがたい!


「え、誰が? あああ、僕か。てっぺんのクシハーザ女王陛下の玉磨きか……!」


 いやー、勘弁してください。

 僕は、妹のひなしか、親しい若い女性を知りませぬ。


「あの。ひなさんって、美しい方なの?」


「ええええっと。えええっと。か、可愛いよ。うん。実の妹だし。想い出と言えば、ブランコにのったり、そんなのだよ。デートしてませんから」


「あ、ここ!」


 僕は、苦し紛れに、捜索中の摩天楼の壁を叩いた。

 すると、ぼこりと、人が入れる程の穴が開いた。

 摩天楼のおよそ上から五分の一位の場所がそうだ。

 不気味なことに、中が、図鑑で見た段々畑みたいになって、僕らを招いている気がしてならない。


『こーこーこーじょ』


「ひああああ!」


 僕だけが、悲鳴を上げてしまった。

 何?

 今のは、何だか人とは思えぬ声だったな。

 いつから、怖い話になったんだよ。


『こーこーこーじょ』


 ひ、ひいい。

 でも、なかなーい。


「もう、騙されないよ。綾織さん、CMAβ、ここから潜入だ」


「分かりました」


 入る前に外観を見直した。

 これは、もしかして、図鑑で見た古代の移動手段か?

 ひな、中にいるかな。

 それとも、別の所なのかな。

 僕は、胸がきゅうとなった。


「中は、植物も沢山ありますが、基本は、古代の機械でできた飛行物体のようです」


「綾織さん。僕も同意見なのだよ」



 ――この摩天楼は、遥かかなたへと向かう飛行物体だった。

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