Ⅲ 無への旅立ち

β025 摩天楼の縁

 メトロポリスで何が一番でもいいから目立つ建物と思い、この大きな建物の前に立った。

 霞行く天の方に、ここからでは小さく見えるものが飾ってある。


「綾織さん、行きましょう。沖悠飛くんは、自分のすべきことをなすでしょう。子どもではないのですから」


 僕は、見上げすぎて首が痛いと、再び年を感じてしまった。

 ぴっちぴちの二十二歳だぞ。

 結婚したら、子どもだって、空中庭園国のニュースになる程沢山家族に迎えたい。


「分かりました。この塔に入るのですね」


 そうだな。

 さすが、綾織さんだ。

 塔とは言い得ているだろう。


「それで、外からですか? 中からですか?」


 おすまし真面目の綾織さんに、がくっと来た。


「はあ? 外からだって?」


 僕は、すっとんきょうな声で訊いてしまった。


「クズハツクル様は、侵入なさるのでしょう?」


 何から何までお見透かしなのかね。

 でも、綾織さんでは出せない答えを僕は出したい。


「既に、エーデルワイスには侵入していると思うが」


 エーデルワイスの舞とブラックのチューブ抜けにレインボーバーくぐりかな。

 思えば、僕は活躍していないな。

 おとことしてどうなの。


「中からは、本当のことが分からないかも知れませんよ」


 ふーん。

 隠しごとでもあるのかも知れないな。


「しかし、外からとは、すべがない」


 僕が肩をすくめると、彼女は笑いもせずに台詞を読んだ。


「柔軟に考えましょう。ロープがなくても飛ぶとかです」


「綾織さん、僕はついて行けないよ」


 綾織さんが、パーソナルフォンのエーデルワイスをかざす。

 軽くあたりをつけながら舞をし、何か唱えていると、もう一人の彼女が現われた。


「CMAβ!」


 そうか、CMAβは人をも飛ばせることができる。

 綾織さんがモデルの美少女巫女アイドルCMAβだけあるな。

 いや、綾織さんだって、時を操れるのだから、凄いな。

 何もできない僕は、お困り気味だ。


「ありがとうございます。綾織さん」


 舞っている綾織さんに頭をびしっと下げる。


「彼女は飛翔ができる」


 CMAβにより、僕と綾織さんは、この摩天楼を飛んで上がって行く。

 股がすーすーするけれども、顔は気持ちのいい風に当たる。

 摩天楼のてっぺん付近に知った顔があった。


「あ、CMA157ではないか! いなくなったからどうしたのかと思っていたよ」


 僕は、僕自身も沖悠飛くんの件で探していたので、会いたかった。


「これが、沖悠飛の父親ですか」


 綾織さんは、初めて見掛けるようだ。

 それから、CMA157が中にいるので訊いてみた。


「CMA157は、ここまで飛翔して来られたのかい?」


「ああ、中からである。息子のβコードを照会しに来たのである」


「こんな所へ?」


 見回すと、クシハーザ女王陛下の大きなメダルがこの摩天楼のてっぺんにいただいているのが分かる。

 空中庭園国の硬貨になるのは、空中庭園国の女王陛下だからではないのか?

 惑星アースは、空中庭園国の植民地なのか?

 嫌な予感がしたが、惑星アースが植民地を持つのって……。

 その考えは、今は払拭する。


「息子のβコードを追って先にこの地で待っていたのである」


 そこへ、多分自動昇降機で中から上がって来た沖悠飛くんがやって来た。

 最高階層には、窓もない。


「久し振り。宮司さんよ。お疲れ」


 随分と嫌味丸出しだな。

 二人は、元々仲が悪かったのかな。


「おお、久し振り。元気だったか? 悠飛」


 CMA157は、悠々としている。

 

「悠飛は、『βXXXXX0412』のXの部分を知っているのであろう?」


 ああ、そんなことを訊いてはダメだ。


「俺のか……。何にするのか知らないな」


 沖悠飛くんは、肩下まで伸びている髪をかき上げた。


「沖悠飛くん、落ち着いてくれ。知らないものは知らないのだよな」


「βコードは、自己管理です。誘導されないようにしてください」


 綾織さんも親切だ。

 βコードは命を落とすと聞いた。

 とても危険な状況だ。


「悠飛……。悠飛よ。お前を育てたのは、お母さんではなく、私である。沖宇治ノ清おき うじのしんである。忘れてはおらぬであろう」


 両手を広げて、この父と名乗るCMA157は、懐柔しようとしている。


「お父さん……。俺は、本惑星アースに惑星流しにあったお父さんに会いたかったんだよ。会いたかったんだよ!」


 沖悠飛くんは、大声を出し、CMA157をひっぱたいた。


「子どもが親に会いたくて何か悪いか? 条件があるのか? βコードと引き換えでなければ、親の顔を見ることも許されないのか?」


 大声で泣きながら、CMA157失踪時の検査服を掴み上げた。


「くっ。CMAにも死があるのである。悠飛、止めて欲しいのである」


 沖悠飛くんが高笑いをして、涙をからした。


「ふふ。ふはは……。ああ。もう死んでも構わないよ! 俺の死のコードを教えよう」


 体をエビぞりにして、笑い続けた。


「は! これが、沖悠飛のβコードだ……! ベータ、ベータ、『β733520412』……!」


 最後に述べたベータコードにエコーがかかる。

 沖悠飛くんは、叫んだ途端に、消えた。

 摩天楼の中にいた沖悠飛くんが、いなくなった。

 僕は、ショックで、動揺を隠せない。

 畏怖の念が強くなる。

 僕もたった一つのβコードを知っているのだから。


「ぐげはっ」


 遠くで沖悠飛くんらしき声がする。

 この塔の中はどうなっているのだろう。


「この中は、クシハーザ女王の寝所と呼ばれているのである。ベロンナの多肉植物がはびこって危険なのである。串刺しにはならないが、痛いのかも知れないのである」


 心もないCMA157を僕はやはり好きになれない。


「そこまで分かっているのなら、助けに行ったらいいと思うよ。悠飛くんの父親だろう? 僕のヤン父さんは、そんな見殺しにする父親ではなかったよ」


「君ら人間と人間には分からない間柄というものがあるのである。これもえにしである」


 何かが僕を突き動かした。

 幸せってなんだろうって。



 たった一つのデータで、血肉を争うとは……。

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