β024 メトロポリスへ
色々ありながらも長い長い黒いチューブを僕が斥候で抜け行く。
「クズハツクル様。CMAβのこと、折をみて話を聞いてください」
「うん。そうしよう」
体感時間がおかしくなる程進み行くが、コロニー・エーデルワイスの外気がやたらと暑く、太陽と月で眩しかったのに、その気配が全く感じ取れない。
エーデルワイスのマザーコンピュータが指定した、エーデルワイス時刻の三時間が来てしまわないか、僕は、ひなの笑顔を思い浮かべて焦ってしまった。
「もっとゆっくり行かないか。先方の葛葉創」
「このチューブを抜ける時間もエーデルワイス時刻の三時間だと僕は思っている。ゆっくりしたいなら、頼らないで欲しい」
もしかしたら、沖の名を捨てたとなじった、父のCMA157を探しているのだろうと協力しているつもりだった。
僕は、綾織さんの仰る通り、お人好しだ。
だからと言って、自分にがっかりしないよ。
綾織さんは、褒めてくれたのだと思うから。
「父に会ったのだろう? あれでは、俺は禰宜から宮司になり上がってもいい。人ではないものに、人の宗教は任せられないと思わないか」
沖悠飛くんの排他的な意見に、僕はカチンと来た。
「人の……?」
綾織さんが、ぐっと暗闇で瞳を光らせた。
その気持ちは分かる。
分かるが、ここで揉めてはだめだ。
「人が人たらしめるのに、人の形は必要だろうか」
綾織さんと沖悠飛くんが喧嘩しないように、僕が口を挟んだが、余計なことだった。
「そうですね。同感です。AIの可能性を否定するのは、世界の発展を妨げます」
語気を荒げられずに済ませられるのも綾織さんが大人だからだな。
さっきは、僕と同じくカチンと来たのだろう。
人型AIのCMA達は、血も涙も流れないと思われるだろう。
だが、綾織志惟真がウェアラブルコンピュータでCMAβになり、寄り添って行くことで、人がAIに心を寄せるのが分かる。
清浄の鐘についても、次第にCMA999の件で揺らいだことだろう。
又、逆に、CMA157が捨て置いた息子の悠飛くんを探したがるのも、父子だからでもあるが、AIが人を想えるからだ。
「所で、二人は、どこの神社で巫女なのかい? 沖悠飛くんも差し障りなければ」
少し、後ろを振り向いて様子を伺った。
「直ぐに分かります。クズハツクル様」
綾織さんは、いつになくすましている。
「俺は、父が空中庭園国の戦没者の『みたまさま』で知られるクシハーザ神社にいたので、神道科を出た。実は、そのコネで縁結びの『オンリーハート』に勤務していた時期があるのだが、急に宮司の父が行方不明になったので、仕方なく禰宜として入ったのが、先頃の話だ」
僕がうなずいていると、綾織さんが本音をもらすので焦る。
「おぼっちゃんですね」
「ま、まあ。まあ」
それから、チューブを抜けた。
「これが。これが、メガロポリスに見えたエーデルワイスか!」
古典にあるガウディ建築と豊かな緑が融合しており、実に素晴らしい。
僕は、立ち尽くした。
◇◇◇
長い長いチューブを行く際に、僕らに異変が起きていたようだ。
都市が大きく見える。
僕が小人になっていたら、嫌だな。
いや、トンネルの分だけ距離があって、離れて見ていたのかも知れない。
「あの……。エーデルワイスへの真の入り口に当たるのか。七色の可視光線で、行く手をはばむのだな。赤外線はよくあるが、わざわざ見せるとは」
「おじけづいたか? 葛葉創」
高笑いと共に人を見下すのが好きだな。
相手にしなーい。
「クズハツクル様は、そんな方ではありません」
「おお。庇うの?」
や、やめて。
火花を散らすのは。
「僕から、行くよ。続きたい順で、先に来てくれ。待っている」
「分かりました」
「当たるとまずいのか? まあ、余裕でよけてやるよ」
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順に手前から線があるな。
色のスペクトル順に合わせて
それならば、虹の外側に当たる赤から順にくぐればいい。
手に汗をじっとりと握る。
赤い線は、暑かったエレジーを思い出す。
かなり、下までかがんで、くぐり抜けるが、直ぐに橙の線があるので、要注意だ。
おっと、足に黄色の線があったか。
待てよ。
黄色と緑の線が交差しているから、この上を身をよじって抜けよう。
あいたた。
二十二歳でもう年かよ。
な、何とかわずかの所で抜けられた。
だが、青と藍と紫の線が三方向から僕をせめて来る。
僕は、分度器になった気分で、変な格好でくぐり抜ける。
よっはっ。
「はー。おーい。大丈夫だよ。OK!」
二人に聞こえただろうか?
「――今、行きます」
ああ、綾織さんの声だ。
「待っているから――」
僕は、遠くへ声を伸ばした。
暫く待つが、中々来ないので、心配になって来た。
僕だけが焦っていたのだろうか?
振り仰いで、より大きくなっているメガロポリスに声を掛ける。
「待っていろよ……」
綾織さんが頭から、虹色の線を抜け出て来た。
「はあ、はあ。危ない線です」
じっとりと綾織さんが汗を掻いている。
「そうだね。無事で良かったよ」
沖悠飛くんもいずれ来るだろう。
大きくそびえ立つエーデルワイスに向かって、声を掛けた。
「葛葉ひな……! 返事をしておくれ。兄さん。創兄さんだよ!」
僕は、大きな声を好まない方なのだが、この時は必死だった。
<ようこそ。エーデルワイスへ。エーデルワイス時刻で後一時間三十九分、ゲストとして歓迎いたします>
「それしか時間がないのか。ありがとう。ひなを探しにこの立派な都市を巡り歩くよ」
僕は、上に向かって叫ぶ。
「クズハツクル様。私もお邪魔でなければ」
胸に手を当てて、申し出てくれた。
「ああ、ありがとう。綾織さんからそう言って貰えるなんて」
とてもあたたかい気持ちをいただいた。
「手分けしますか?」
「いや、一緒に行動しよう」
掛け声と共に、僕らは先ず一番大きな建物を目指した。
この時は、僕は、これからのまさかの旅立ちを予感していなかった。
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