β021 エーデルワイスよ輝け

「人工物を見た位で、直ぐに分かるものなの?」


 綾織さんは、巫女ではなくて、神ではないかと思う。


「私達が目指しているコロニーは、違います。もっと派手です」


 あちらにあるのは、派手からは遠いよな。

 何の目的であるのだろうか。


「ごめん、僕が道を間違えたのかな」


 遠回りになることは、得策ではない。

 体力の消耗が甚だしい。

 僕がため息をつこうとしたら、綾織さんに制されてしまった。


「クズハツクル様のせいではありませんよ。通り道だと思ってください」


 綾織ガイドさん、お気遣い、ありがとうございます。

 お気遣いにはお気遣いで返すのが礼儀だろう。


「そうか。道なき道だが、方角さえ合っていれば、着くよ」


 後、暫くの道を陽炎を友に歩む。


 ◇◇◇


「あれは、やはり、メガロポリスのコロニーではありません。人の消え去ったコロニーの遺構です」


「それでは、人間がいて残して行った痕跡なのだな」


 惑星アースでも夜逃げドームハウスがあるんだ。

 人のすることは似たりよったりだ。

 ドームハウスも空になり、借りていた子の親に金銭の要求が来ることがある。

 子のパーソナルフォンでも仕事もなくて支払えないらしい。

 新人研修を逃げて行った同僚にもいた。

 自分のカップを持って来なさいと言われたのが気に入らなかったと愚痴っていた。

 ともかく、このコロニーはどんなものか気になる。


「はい。行けば、ソレイユルネ・コロニーの荒廃した理由が見られます」


 そこからは、浮足立ったもので、体感時間五分で着いた。

 いよいよ、ソレイユルネ・コロニーだな。

 偽のコロニーでもいい。

 参考にさせていただこう。

 そして、これからの行動の邪魔になる沖悠飛くんは、いくらかでも日の当たらない台地の側に寝かせた。

 近場にシジラスティオの大腿骨が落ちていたから、枕にしてあげる。

 熱で苦しんではいけないからな。


「クズハツクル様、やはりお人好しです」


 綾織さんに左の頬をつねられた。

 痛くなーい。


「ほ、他にとりえもないからね。はは」


 僕は、照れ臭くって、可愛い綾織さんを真っ直ぐに見られないではないか。


 ソレイユルネ・コロニーは、空中庭園国のドームハウスに似た、居住目的の半透明な半球が随分と散らかしたように点在している。


「ここか……」


 僕は、暫し、ぐるりと観察した後、一つの半球の中に入ってみようとする。

 六角形の扉を太陽の反対側に見つけた。

 少し扉が埋まっているからオークルの砂を手でかいて、開こうと手を掛けた。


「お、思っていたよりも……。重いな」


 何の素材でできているのか、鈍った音と共に扉は開いた。

 僕が入れるぎりぎりの隙間だったが、仕方がない。


「さ、寒い! 綾織さん、ここは寒いですよ」


 体が半分入って直ぐに感じた。

 中に入り、恥ずかしくも、腕で肩を抱えてぶるぶると震える。

 人間の本能だと思う。


「それは、人の管理するエア・コンディショナーです。クズハツクル様が、パーソナルフォンを身につけて入ったものだから、久し振りにセンサーが働いたのでしょう」


 寒いのが、急激過ぎた。

 とても暑い所から来たのだから、吐き気がする。

 吐いたら綾織さんに迷惑だ。

 吐くな。

 綾織さんの目の前で、吐くな。


「ふるさと、空中庭園国のうちは、『マリッジ◎マリッジ』から帰宅時にパーソナルフォンで指示を出すと、昔扇風機むかしせんぷうきくんと呼んでいるIoTアイオーティーファンが回って待っていてくれるんだ。結構省エネだよ。結婚生活なら任せて。料理もできるから」


 それにしても、便乗してしまった。

 結婚生活。

 むー、結婚生活……。

 スルーして欲しいな。


「サイバー攻撃について考えてみるのだが――」


 僕は、切り出してみた。


「パーソナルフォンにもあるコンピュータネットワークも同じだけれども、昔扇風機くんもサイバー攻撃の対象となるのだろうな。行方不明のひなは、このパーソナルフォンを落して消えた。どこから攻撃を受けたのだろうか」


「心配で胸が苦しそうです。クズハツクル様」


「コンピュータウイルスの感染を含めて、事件事故が多いらしい。間抜けなのは、パスワードの使いまわしだな。インターネットにIoTが接続したままなんて、『サイバーデブリ』は珍しくない。啓蒙は、空中庭園国の一つの課題だと常日頃思う」


 ちょっとカッコつけて恥ずかしいが、僕なりの策を伝えてみよう。


「僕は、『魔のパスワード』と『すぐ電源を切る』と『非インターネット環境下での作業』で、回避しているよ。ふふ」


 それから、他にもある。


「空中庭園国のIoTネットワーク全体でのセーフティー推進日は、一年中やっているよな。僕のネココちゃんも、毎度お越しのお客様と言って、セーフティー講座にドームハウスでプロジェクションにて参加していた」


 話は、戻そう。


「コロニーは、地上部分が球体ではなく、半分下が砂地に埋まっている。中の収納庫のような床を引くと入れるのだろう。しかし、ここは、僕のパーソナルフォンでは反応しない」


 後から、綾織さんが入って来た。


「私のパーソナルフォンは、特殊です。使いますか?」


 白い。

 ひらひらした白い服でごまかしていたのか、すっと小指を出したのは、綺麗で真っ白なパーソナルフォンだ。

 ものの見事に、床下への扉は命に従った。


「核シェルター……か?」


 中に入った僕の一言がおぞましい。

 誰もいなかったが、暫くの備蓄品なども見られた。

 それだけ分かると、僕は、十分だと思った。


 その他、ソレイユルネ・コロニー内を散策したら、畑と牧場、お墓に神がかりの遺跡、道の跡が見られた。

 道なき道だが、まだ、続くんだ。

 再び、沖悠飛くんを背負って、目的のコロニーを探す旅に出た。

 水も食べ物もなくて大丈夫な仙人のような身になっている。

 がんばろう。


 ◇◇◇


「綾織さん! メガロポリスだ! 地上に、地上にそびえ立っている!」


 綾織さんは、黙ってうなずく。

 初めて来た場所ではないようだ。


「セキュリティーの高そうなコロニーだね」


 感動の後、頼る僕は情けない。

 はは。


 綾織さんは、赤い糸伝説の指で、コロニーと呼ばれるメガロポリスを高々と示した。


「パーソナルフォンの中に特別なエーデルワイスと呼ばれる白いリングがあります。それは、この惑星アースの金印のようなものです」



 ――白い、エーデルワイスを太陽と月にかざす。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る