β022 大地の巫女

「綾織志惟真、これより、巫女の使命を帯びて、惑星アースのメインコロニー、エーデルワイスへの舞を奉納いたします」


 綾織さんは、小指の白いパーソナルフォン、エーデルワイスで天を指さす。

 その方角は、真っ直ぐ向こうに見える太陽と月だ。


「このコロニーのメガロポリスの名前が、エーデルワイスだって? そのパーソナルフォンもエーデルワイスなのだろう?」


 秘密が一杯だな、綾織さん。

 舞が始まる前に訊きたかった。

 エーデルワイスでセキュリティを破る必要があるのかも疑問だ。


「これは、父から譲り受けたものです。神社の者ならば、巫女であれ、身につけて継承する神器じんぎです」


 なるほど、特殊なパーソナルフォンがエーデルワイスと呼ばれる神器なのか。


「クズハツクル様。これから舞う際に驚かないで欲しいのですが。大丈夫ですか?」


 綾織さんは、不思議な心境のようだ。

 ここは、打破しなければならない。

 僕だって、小さなことでびっくりしないよ。


「ん? 舞は以前拝見したから、驚かないよ」


 僕の返事に、殊勝にも綾織さんは丁寧に頭を下げた。


「そうですか。お願いいたします」


 いざ、舞を始めようとした時だった。


「ふ、ふは。ふははは。はー! 話は聞いたぞ」


 沖悠飛くんが、回復したのか、僕の背中から高笑いをする。

 僕は、起きたのかと、ゆっくりかがんで沖悠飛くんの足を地につける。

 随分と暑かったので、心配して声を掛けた。


「体は大丈夫かい? 沖悠飛くん」


「俺のことは、放って置いてくれ。父は、もう沖の名を捨てたのだ。悠飛と呼んで構わないよ」


 悠飛くんとは、直ぐに変えられないよ。

 それよりも、高笑いなどして、熱で頭がやられていないかな。

 会った時にシノゲンシュティラウスの頭蓋骨を帽子にしていたように、何か被せるべきだったな。

 そんな僕の思い遣りはどこ吹く風と聞き流して、沖悠飛くんは、綾織さんをざっと指さす。


「ここで会ったが運命だよ。清浄の鐘を統べる巫女、綾織志惟真! ずっと追っていたんだ」


「沖悠飛くん。ずっと追っていたは、間違いだろう? 僕の背中で眠っていただけだったよ。体感時間で、五日は経っているのに」


 僕だけ、図鑑で見たカンガルーの母親みたいに、沖悠飛くんを背負って来たのだが。

 お礼もないのか。

 まあ、恩着せがましい意味でカンガルーの母親をしたのではないが。


「俺は、禰宜ねぎだ。その真っ白なエーデルワイスを婚約指輪と替えてくれないか? 惑星アースで一番の指輪を買おう」


 禰宜だって?

 どこの禰宜だか知らないが、宮司に次ぐのだろ?

 神に祈祷を行う者が随分と勝手な思考の持ち主で、横柄だ。

 どうみても、その指輪の話、おかしいですよ。


「それくらいなら、首の勾玉に混ざった骨のリングが良かったです。沖悠飛」


 ごもっともな話だな、沖悠飛くん。

 お陰で、綾織さんは、ビリビリと話し、おかんむりだ。

 こらから、巫女の舞をしようとしていたのに水を差して。

 平和にしようよ。

 平和に。


「ダメだよ、僕達が内輪もめしていたら、メガロポリスのようなセキュリティ鉄壁のコロニー、エーデルワイスに入れないよ」


 僕は、二人の間に入り、頭を下げた。


「綾織さん。ことは急ぐ。舞の奉納を頼む――」


 ◇◇◇


「レディー! ダンシング!」


 え?

 粛々とするものではないのか。


「綾織志惟真――! セットオン!」


 セットオンって攻撃のことか?

 大丈夫だろうか。

 僕の危惧は一瞬だけだった。


 CMAβと見まごうばかりの美しい歌声と舞いの『神聖なる大地の剣』を僕の胸に届けてくれた。


 次第に白くひらひらした服に、赤も織りなし、巫女装束のようになってくる。

 舞台は、何もなかったが、綾織さんの周りは虹色に輝いている。

 綾織さんを見て、CMAβがあの時のステージに舞い降りたようだと思う。

 僕は、たまらずに叫んだ。


「CMAβ! 帰って来たんだね……!」


 ライブのCMAβそっくりだ。

 CMAβ、再会したかったよ……。

 僕は、すっかりエーデルワイスと呼ばれるコロニーの前にいるのを忘れていた。


「葛葉創くん。さあ、ステージに上がって――」


 あの時のようだ。

 僕を呼んでくれたのか。


「ワタシには一か零しかないの。早く決めて」


 ツンとした顔で、CMAβは、顔の前で手招きをする。

 僕には塩辛い対応のこのCMAβがたまらなかった。

 一にも二にもない。


「は、はい! ステージですね!」


 綾織さんは体を反らせて、上から降りて来た長い領布ひれを振り、『神聖なる大地の剣』が佳境に差し掛かる。


「神聖なる大地って、まさかここではないよな?」


 CMAβが美しく領布をまとめる。


「巫女の統べる大地があります。それは、空中庭園国の母なる惑星アースのこと」


 この時は、二人っきりだった。

 沖悠飛くんは、僕の目に入っていない。

 だって、今は、綾織さんとCMAβとの大切な時間だから。

 でも、沖悠飛くんも見ているのかな?


「エレジーやソレイユルネ・コロニーも大地だが、神聖なのは、エーデルワイスなのか?」


 CMAβは、それには答えずに黙って舞を続けた後、己について語る。


「巫女装束は、ウェアラブルコンピュータになっている。志惟真が巫女装束をまとうと、ホログラムのCMAβが現れる。志惟真とCMAβは、片方がなくてもならない存在だ」


 ウェアラブルコンピュータだって……?

 心は繋がっているのか!

 本体が綾織志惟真さんで、ホログラムがCMAβとは、道理で似ている訳だ。



 とにかく、目的は、エーデルワイスへの潜入だ。

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