β020 コロニーの真実
歩む。
歩む。
歩む。
僕は、体力に自信がある方ではなかったが、現状を受け入れるしかない。
太陽は彼方にあると思っていたが、陽炎のせいか、近付いているようにも思える。
五百テイのクシハーザ女王陛下硬貨よりも大きいな。
そう言えば、五十テイを揺らして、丸山喜一闇医者が僕に睡眠を促したこともあった。
どちらが夢か分かりにくいが、とろとろとろと、耳に心地よいせせらぎのような音が流れ、僕は心地よい声に包まれたものだ。
夢のアイドルCMAβのライブや愛する家族との楽しい記憶から、薄暗い部屋の検査室で現実に目を覚ましたり、反対に夢の中へ赴いたりした。
今、僕は、空中庭園国を離れた。
もし、ふるさとへ帰ることがあるのなら、丸山喜一闇医者に会いたくはないな。
そっとしておいて欲しい。
しかし、CMAβには会いたい。
「こんな時になんだけど……。僕は、綾織さんのホログラムを初めて見た時、長い黒髪がつややかに揺らいで、すうっとした鼻筋に真を見つめる瞳、唇は触れてはいけない程澄んでいて、美しい人だと思ったよ」
「褒め過ぎです」
突っ込みが早いな、綾織さん。
左から、つんつんされる。
ああ、沖悠飛くんがいるから、背中を叩けないのか。
彼が気を失っている間に、いっちょ、ここで訊いてみようか。
「この背中の沖悠飛くんに何かされたのかい?」
よいしょと背負い直しながら、歩むと、砂が巻き上がる。
「それは……」
珍しく言い淀んでいるな。
キッスとかされたのだろうか。
さっさと無駄な質問を下げるべきだ。
「悪かった。話したくないこともあるよな」
「いいえ。ちょっと、その……。その、間接キスを」
トキオMMホテルのラウンジって、人前だろう?
沢山の人前で困ったな。
「か、間接キッスだったのか」
お茶だけで済ませたかったのでしょうねと言ったから、てっきり、それ以上だと。
ああ、確かにお茶以上だが。
「コーヒーを飲んで待っていました。私、そのコーヒーを白いカップごと沖悠飛に飲まれてしまったのです」
はい。
間接キッス成立ー。
じゃない、じゃない。
心の問題だ。
デリケートなんだな。
僕の初キッスは、かや乃母さんだけだし。
今はできなくても、結婚したら、きっと妻は妻へのキッスを許してくれると思う。
……あ、弱腰。
綾織さんと五十歩百歩だ。
「うわあ、驚いたよね。綾織さん、お嫁に行けないとか思った?」
ひやひやして顔色を伺う。
「私が、わなわなと震え、愕然として俯いていたら、沖悠飛はどこでも良かったのか、その場でプロポーズしてきました。さいっていです! 私、まだ、十九歳なのに」
この話は、煮詰まりそうだな。
沖悠飛くんは、ここまで。
「ふうん、十九歳なのに、もう、お父さんの清浄の鐘つきを手伝っているの?」
三歳違いでも、少女に感じる。
仕事をするとは、偉いな。
「仕方がないのです。父が手負いですから。当初は、空中庭園国の『ラ・シルフィード』に就職する予定でした」
綺麗な名前の会社だな。
ちょっと知らないが。
「何の会社なの?」
「ただのありふれた会社です」
間髪入れずの返答、ありがとうございます。
綾織さんって、面白いね。
「僕もありふれた結婚紹介アプリ会社です」
背中が重いので、軽く頭を下げた。
「そんな、『マリッジ◎マリッジ』の他には、大手なら二番の『オンリーハート』があるでしょう。大手一番のエリートですよ」
えりーとー?
エリートー!
僕は余韻にひたっていた。
「ああ、『オンリーハート』か。ヘッドハンティングされていたんだった。僕。でも、『マリッジ◎マリッジ』への密偵だと明け透けだよね。『ラ・シルフィード』って、図鑑に付録の3Dプロジェクションで拝見したけれども、それは古典回帰の舞踊だったよ」
「舞踊ではありません。ぬいぐるみデザイン販売会社です。それ以上は聞かないでください」
無茶苦茶照れていた。
綾織さんが、頬をぷいっと投げて。
餅みたいになった頬は、ひなにも似ている。
あーれー?
僕の原点回帰は、妹のひななのか?
ひなが産まれた時に、僕が優しく頭を撫でたと、ヤン父さんとかや乃母さんが、よく話してくれたっけ。
ふふ……。
いいですよ。
究極のシスコンで。
僕は、癖の妄想をしたまま寡黙にコロニーを目指す。
日差しが全く弱まって来ない。
月まで眩しいよ。
歩む。
歩む。
歩み続ける
いつになったらコロニーに辿り着くのか、五里霧中さながら、彷徨っている。
◇◇◇
「あ、あれは……! 綾織さん! 綾織さん!」
僕よりも体力のなさそうな綾織さんに配慮もなく、心が舞い踊った。
「あれが、コロニーだといいのですが」
綾織さんは、残念そうだ。
「あの辺り、陽炎ではなくて、本当にコロニーのようですよ。人工物が見えます」
僕は、両手が空いていたら、クシハーザ女王陛下万歳だ。
これは、会社の朝礼でやらされるから、身についてしまった。
「そんなはずはないと思いますが」
目を細めて遠くを見る綾織さんは、相変わらずの表情だ。
「え? ドームハウスに似ていますよ」
だって、コロニーなのでしょう?
ドームハウスが群れているのではないのかな。
「コロニーは、裸で存在するような代物ではありません」
厳しい声色で綾織さんは続けた。
「メガロポリスですから」
ややこしやー。
「では、何で、コロニーと呼ばれているの?」
何でも知っていそうな綾織さんに訊いてみる。
「コロニーの時期もあったと聞いています」
メガロポリス。
セキュリティが高いと聞いたが、何とかひな達を探したい。
創兄さんは、ここまで来たからな。
惑星アースのメガロポリスまで。
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