β019 熱風を群れゆく

 僕は、いつまでも空にある太陽と月を真っ直ぐに見た。

 彼方にあるが、沈まないのだろうか?

 エレジーの乾いた風が、オークルの砂を巻き上げる。

 少しでも、空気が揺らめくと生きた心地がする。

 それ程に暑いのだ。

 ひなは、無事コロニーにいないかな?

 空中庭園国のドームハウスみたいに居心地がよければいいな。


「僕は、コロニーに行きたい」


 顔を太陽に焼いて呟いた。

 僕にしては、意見を述べるのは珍しい。

 綾織さんは、僕の決意を待っていたようだ。


「クズハツクル様、参りましょう」


 この暑い中、クールな顔をして、さっと白いひらひらした裾を翻した。


「ありがとう。それで、沖悠飛くんは、どうしようか? 置いて行けないよ。死んでしまっては、冥利も悪い」


 綾織さんは、眉間にしわを寄せて可愛くない顔になる。

 置いてきぼりにしたいのかな?


「おぶって行くのでしょうか? 交代ですか?」


 そんな不思議な顔で嫌がるなよ。

 この世でCMAβと同じ位の美貌が台無しだ。

 力仕事は、僕が引き受ける。


「大丈夫。僕がコロニーに着くまで背負うよ。はは」


 自分を指差し、苦笑いでごまかすしかないよな。


「クズハツクル様は、嫌いではないのですか? 随分と悪さされましたが」


 くんっと傾げる綾織さんは、可愛い。

 僕は、彼女の表情一つに振り回されっぱなしだな。


「彼は、ある意味、僕が後ろめたい仕事をしていたことを教えてくれた。だから、沖悠飛くんも他人でもないし。お父さんのCMA157も待っていると思う。それに、綾織さんに捨てられたら、哀しむと思うよ」


 綾織さんは、右足で砂にのの字を書いた後、後ろを向いた。


「……お人好しです」


 僕は、胸がぴりっとし、漂う暑い風をあたたかく感じた。

 綾織さんって、僕の気持ちをぐんぐんと動かす人だと思う。

 それより、でれでれした顔を見られずに済んだよ……。


 ◇◇◇


 丸一日、日の暮れない大地を歩む。

 綾織さんを左手に、僕らは行く。

 ずしゅっずしゅっと、沖悠飛くんを背負っているので、何かの修行のようだ。

 せめて、沖悠飛くんが目を覚ましてくれたら軽くなると思うが、随分と体力を使い切ってしまったようで、起こすのもはばかられた。


「コロニーは、セキュリティが高い。それだけは、覚えておいてください。クズハツクル様」


「分かったよ。気を付ける。それが、一番の問題なのだな」


 そういえば、パーソナルフォンで位置情報が流れないな。

 惑星アースが、いや、エレジーがそうなのか。


「クズハツクル様、油断なりませんからね。ここからも言い表しようのない恐怖が待っていますから」


 僕は、綾織さんが真面目に話しているのに、呑気なことを考えていた。

 僕のことはクズハツクルで、沖悠飛くんは、沖悠飛と呼んでばかりだ。

 葛葉創くんとかになったら、ハッピーなのにな。


「綾織さんは、僕の名前を機械的に呼ぶね。クズハツクルと。何故、沖悠飛くんは、自然な発音なんだい?」


 それこそ自然に訊いてみようか。


「それは、『マリッジ◎マリッジ』のマッチングメッセージで、既にあちらが先に沖悠飛と名乗ったのです。私の名前はデータが漏えいしていたようで、綾織志惟真宛に熱烈なラブレターをちょうだいいたしました」


 ぶちぶちと、愚痴ったような綾織さんも可愛らしかった。

 ああ?

 僕は、何でも綾織さんが気に入っているのか?


「でも、クズハツクル様とは、呼び方をCMA999の記憶から拝借しました。決して、クズハツクル様と仲良くないからではありません」


 綾織さんの想いがあふれているのが分かった。

 多分だが、CMA999はおかしいとされたプログラムのバグだったけれども――。

 でも、初めて、綾織さんはバグという存在にも友情を感じたのだろう。 


「CMA999か。彼女の愛のあり方が僕は好きだ。そういう理由なら、クズハツクルでもいいかな。あは、恥ずかしい話だね」


 全く、フォローになっていないが、二人ともちょっと息がつまってしまうからね。


「いえ、私の配慮も足りませんでした。呼び捨てのようにも感じられますね。しかし、クズハツクル様のお名前を呼ぶのに、CMA999の想い出がかぶさります。清浄の鐘で戦った記録を取っているから、どうにかしたいです」


 綾織さんに僕はうなずく。


「言い換えれば、デバッグログがあるってことか。プログラムのおかしな所をチェックして行った記録だよな。普通、僕みたいな、巫女でもないものには目に見えないから、データの推移をいちいち見なければならなくて大変なんだよ」


 僕は、おどけたピエロのように沖悠飛くんを背負い直し、何でもないよと綾織さんを見て笑う。


「でも、CMA999をいつかは何かの形で復活させたい。空中庭園国のサイバーセキュリティの中枢、マザーコンピュータ・エデンのバグではない形で」


 それは、遠くへ行ってしまった友達を探すような話だ。


「……そうですね」


 綾織さんは、ほんのりと笑った。

 笑ってくれた。

 ああ、嬉しいな。

 僕は、喉の渇きをすっかり忘れたよ。


「ふ、ふう……。沖悠飛くんは、僕より少し背が高い。羨ましいが、こんな時は軽くあって欲しいね」


 そんな話でお茶を濁して、ひたすらに歩んだ。


 ◇◇◇


 CMAβと綾織志惟真さんはよく似ている。

 綾織さんは、こうして手の届く所にいるホログラムではなく実体のある人。

 夢のようなアイドルのCMAβは、今はどこでどうしているのだろうか。


 僕は、夢の中のできごとと本当のことの区別もつかないが、この白夜でありながら、図鑑で見たテーブル状の台地が続く、熱風の地を歩むのは、ぎりぎりと五感がむき出しになる。


「本当のこと。真実。見つめ続ければ、ひなに会うことも叶う」



 僕は、他の願い事は胸に秘めて、コロニーを目指す。

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