β018 マザーと愛と

「僕の知っているのは、『マリッジ◎マリッジ』のマザーコンピュータだけれども。会話したことがあるんだ。『マザーハ・リヨウサレテイル』と。やはり、ハッカーによるデータ改ざんか漏えいかと思ったよ。結婚相手を紹介して、ハッピーになれるアプリ開発社のマザーコンピュータが頭を悩まされて困っているのは、ゆゆしきことだと思う」


 乾いた大地に照り付ける太陽で、人間である僕らは、今にも倒れそうだ。

 沖悠飛くんがガラガラと喉を鳴らせて倒れたのもうなずける。


「データ改ざんですか」


 ぼそっと吐き捨てる綾織さんを見て、はっとした。


「ああ! 綾織さんは、この沖悠飛くんとの疑わしいマッチングに、データ改ざんを考えているのか」


 それは、そうだ。

 綾織さんは、真面目そうな少女だから、ホテルへ呼ばれたら頭にも来るだろう。

 何があったのかは、いずれ教えてくれるだろう。

 それにしてもデータ改ざんは嫌だな。

 僕は、よく思い出したら、マザーコンピュータとシンクロして来た。


「沖悠飛くんに色々と悪事に付き合わされたとすれば、『マリッジ◎マリッジ』のマザーコンピュータも辛いよな。人で言えば、泣きむせぶようだった。初めて対話したから、名前も知らないマザーコンピュータ。秋月秘書に見られていなかったら、もっと話したかったな」


 ちょっと待てよ。

 僕の仕事は、『マリッジ◎マリッジ』の顧客のホログラム調整だ。

 データ改ざんではないか!

 後ろ暗い気持ちが高ぶって来る。

 得体の知れない背徳感の塊だ。


「十中八九、改ざんだと思います。沖悠飛は、唐突に迫って来たのですから」


 はい、はい。

 分かりました。

 綾織さんも沖悠飛くんを嫌いなのですね。

 でも、敬称くらいはつけてあげてね。

 それにしても、彼はプロポーズしたかったのだな。

 骨のリングだけに、骨身に沁みる程、勇気があるなんて遊んで考えたらダメだ。

 綾織さんは、語り続ける。


「空中庭園国のマザーコンピュータと会社のマザーコンピュータは、違います。規模が違うと思ってください」


 僕は、暑いだろうと綾織さんを扇ぐが、自立心が高いのか、断られた。

 仕方なく、倒れている沖悠飛くんを手で扇いだ。

 目を覚ましてくれないかな。


「そうか。綾織さんが対峙していたマザーコンピュータって、何だい?」


 きっと、巨大なコンピュータだったのだろう。

 CMA999と出会ったと言うから、まさか?


「私がいたのは、空中庭園国のサイバーセキュリティを一手に引き受けた『マザーコンピュータ・エデン』です」


 ほう、エデンとは。

 楽園ではないかい。

 空中庭園国は、人類の楽園なのだな。

 それを守るのが、マザーコンピュータ・エデンか。

 人というものは、業が深い。


「まさに、アダムとエバではないか」


 僕の戯言に、綾織さんは、こくりとうなずく。


「サイバー攻撃は、主に惑星アースから来ます。ですから、ネットワークも惑星アースとの間が厚めです。そこは、マルクウが弄り過ぎてバグの宝庫になってしまいました」


 綾織さんは、確か清浄の鐘をつく巫女のはずだ。

 鐘をつくとは、きっと抽象的な意味だろう。

 鐘をイメージしたら、音が鳴るとか?

 ぼ、僕は清浄されないように気を付けよう。


「先日、父の命を受け、マルクウのバグ狩りをしました。CMA999と出会った時は、私も戦い疲れていました。それでも、彼女を清浄の鐘で排除しようと試みたのです。しかし、彼女は特別でした」


「特別だって?」


 淡々と述べる綾織さんに、僕はすっとんきょうな声を出した。


「ええ、愛を知るバグだったのです。CMAの中には、突然、変わったものが現われます。CMA999の誕生秘話ですね」


 CMA999は、心が優しかったな。

 ちょっと、遠慮がちだったけれども。


「CMAはナンバリングはランダムで行っています。999は、最高値のナンバリング時に誕生したものです。その時、赤子が産まれたかのように、人とCMAの間の存在として生を受けました。だから、機械、機械で窮屈なマルクウにおいて、データの大きな鬼の異物となったのです」


 そこまで、一気に話すと、綾織さんは動いた影を追って涼みに入った。

 僕もその横に鎮座した。

 邪魔だったら教えてください。

 死にそうなので、沖悠飛くんもずりずりと引き入れた。


「そんな、可哀想な理由があったとは……。虹のシャボンはどうして入れ替わったの?」


「CMA999の心が綺麗なまま、清浄されました。だから、奇跡が起きて、鐘をついた私が若い姿で飛び入りました」


 僕もこくりとうなずく。

 それは、分かった。

 あとさきになるが、惑星アースについても知りたい。


「惑星アースからだけ、サイバー攻撃があるのかい? 空中庭園国が機能マヒになったら、生活ができないからね。学ばせて欲しい」 


「他の惑星ですと、小惑星まで含めてざっと二百位の対象があります」


 綾織さんが、クールな顔で、チョキを出したから、可愛らしい。

 へー。

 二百もか。


「その、他の惑星は分かるのだけれども、惑星アースと空中庭園国との関係って何故そんなに密なのかな?」


 質問です。

 大体、太陽と月は不気味だし、デイジーは小さいし、僕らのふるさと空中庭園国が見当たらない。


「この星を探れば分かります。荒廃したエレジーは、今、見えている以外の光景もあるのです」


「この国にもあるのか。惑星アースなのだろう? 惑星アース暦四九一八年の」


 つまりは、風化した証拠を突き付けられて、辛いよ。


「ええ。この国は、亡くなった方を嘆く谷、エレジーと遥遠くにコロニーがあります」


「コロニーか。ハイスクールで学んだ、菌のコロニーではないよね」


 寒天培地の実験が懐かしい。

 綾織さんは、どんな学生だったのだろうか?


「はっ。冗談も言うんですか。確かに、菌の如く人口も増えて来ています」


「人が……。人がいるのか……!」


 僕は、もう、どこへ行ってもこの荒廃した状況だと思っていた。

 エレジー以外にコロニーがある!

 希望を持っていいだろう。

 創兄さんは、もう、ひなの目の前だよ。


 ◇◇◇


 ――マルクウ深層部で、丁度マザーコンピュータと対峙していたのです。

 そこで、純なCMA999と出会いました。



 私達の深層部で、巡り会いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る