β017 テキハッケン

 近付いてみて分かったのは、僕が空中庭園国のエレメンタリースクールの頃、博物館で見た古代生物に当たるシノゲンシュティラウスの頭蓋骨を沖悠飛くんが帽子のように頭に被っていることだ。

 又、首の周りにも勾玉の如き首飾りがある。

 姿は、決してワイルドではなく、僕の青い国民服とは違うCMA157と同じ白い検査服だ。

 丸山喜一医師の青い半袖に白衣とも違う。

 沖悠飛くんは、検査服をなびかせたまま巫女の力で固まっている。

 綾織さんが手を振り上げる。


「時よ! 動き給え!」


 熱風が僕の頬を打った。

 日照りも僕を焦がすかのようだ。

 それにしても、巫女って、時間も操れるの?

 ご結婚相手として紹介して貰った時は、春が来たけれども、僕の手に負えるのだろうか。

 夫婦喧嘩はできないな。


「ぐずぐずしていると、シノゲンシュティラウスの頭蓋骨を被った沖悠飛に食べられます」


 綾織さんは、随分と緊張している。

 言葉通り、食べられそうだな。

 歯が何本か数えたくなる。


「――テキハッケン」


 沖悠飛のパーソナルフォンが起動した。

 もやりとした紫色のオバケが出て来た。

 これは、むらさきオバケくんだな。

 では、サムシングブルーの警報器を二度鳴らして、パーソナルフォンを解除したのではなさそうだ。

 本惑星アースへの惑星流しではないのだろう。

 何故、エレジーにいるのか。

 彼も上から来たのか?


「綾織志惟真さん、お久し振りですね。トキオMMホテルのラウンジで会って以来だ」


 歓迎と言わんばかりに沖悠飛くんは両手を広げる。

 目立つ武器はないようだ。


「その話はよしましょう。沖悠飛」


「あの夜のことは、忘れられませんよ。綾織志惟真さん」


 何か、二人で火花を散らしている。

 これを人は修羅場と呼ぶのか?

 僕は、厄介な妄想をしてしまったが、ラウンジと言っているんだから、お茶だろう。


「お茶だけで済ませたかったのでしょうね」


「ええ。沖悠飛と私は何も関わりがありません。変な工作はしないでください」


 僕は、『マリッジ◎マリッジ』で『◎』を受け取った二人が何をしたかなんて、邪推はしない。

 余計なことを考えるな。


「あの時は、失礼いたしました」


 古代生物頭がにやついた。


「本気で殴るかと思いました」


 殴るだと?

 話が危ない方向へ向かっているぞ。


「綾織さん、追い追い話を聞かせて欲しい」


 小声の僕に綾織さんは、こくりとうなずく。

 シノゲンシュティラウスの頭蓋骨を沖悠飛くんがゆっくりと外す。


「このシノゲンシュティラウスの頭蓋骨は、クラウド墓場の遺物だ」


 肩下まで伸びている髪をふさりとかき上げる。

 僕は、この顔に見覚えがあった。

 ナノムチップ、『MY25』に昔の顔を氷結してある、ホログラムを整形した『マリッジ◎マリッジ』の顧客だ。


「骨でなら、婚約指輪を用意してあるが!」


 首の勾玉を回すと、リングが二つあった。

 沖悠飛くんは、本当に綾織さんと婚約したいようだ。

 そうか……。

 僕の胸は、しゅんとしてしまった。

 ぼうっとうなだれた時、首輪ごと僕の顔を目がけてがしっと飛んで来た。


「乱暴はよせ。沖悠飛くん」


 的外れだったので、簡単に避けられた。


「ふはは……! 失恋の味を骨までしゃぶれ」


 失恋だって?

 でも、こうして、綾織さんに未練があるのだろう。

 沖悠飛くんは、諦めが早いな。


「ふはははは」


 乾いた土地で体力を消耗するのは得策ではないと思う。

 沖悠飛くんは、涙も出ないのだろうか。

 このままでは、どうにもならない。

 本題に入らせて貰おう。


「君の父だと名乗る、AIと同じ検査服を着た、空中庭園国特殊国家保全対策推進室、マルクウのCMA157から、沖悠飛くんにコンタクトを取り、息子の機密事項であるβコードを探ってくれと頼まれている」


 僕は、肉弾戦になだれこまずに、話し合いをしたい。


「まさか。何故だ。既にエレジーに来ているが」


 沖悠飛くんは、まだ、乾いた笑いが止まらないが、こちらの話に耳を傾けてくれる。


「理由は分からない。βコードは一部分かっており、『βXXXXX0412』と、前方が不明なのだ。伏字でしか分からないなど、全貌を明かせば、僕の妹、葛葉ひなに会えると聞いた」


 沖悠飛くんは、一瞬にして、シノゲンシュティラウスの頭蓋骨を乾いた地面に投げ付けた。


「父は、βコードをもらして、てっきり本惑星アースへ惑星流しされると思っていた。そんな恐ろしい目にあいたくないので、自分は伏字のまま覚えるように努めてきた」


 沖悠飛くんは、天を向く。


「なのに、何なのだ!」


 地面に投げ付けた頭蓋骨の破片で、僕に切りかかった。

 沖悠飛くんは、ふらふらとしていたので、安易にかわせた。

 彼は、綾織さんには、地面に膝をついて身をかがめる。


「どうか……。結婚してください……。綾織志惟真様」


 その後、沖悠飛くんは喉をガラガラと言わせて倒れた。

 僕らは、台地の影に沖悠飛くんを運んで、いくらかでも涼ませようとした。


 ◇◇◇


 台地の影で、綾織さんが僕をじいっと見る。


「マルクウのバグだったCMA999のシャボンが消えた後、私が生まれたのには訳があります。マルクウ深層部で、丁度マザーコンピュータと対峙していたのです。そこで、CMA999と出会いました」



 綾織さんの真摯な眼差しに、僕も応えようと合わせる瞳に力が入った。

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