Ⅱ 背徳

β013 大地に

 ずうずうとすすられる花のイビキは、堪らない。

 僕と少女は、何とか花びらに引っかかろうとした。

 しかし、イビキからあがけばあがく程、真下に吸い込まれて行く。

 僕は、磁力のしつこさは、このようなものではないかと感じた位だ。

 重力かも知れない。


「僕の手を離さないでください。下からの風が強い」


 少女はしっかりと繋がって落下しながら、僕に伝えたいことがあると、早口にまくし立てた。 


「丸山喜一医師を知っていますか?」


「ええ、よく存じております。嫌な程」


 CMAβとのライブを邪魔する医師だ。

 お陰で、CMAβが実像かホログラムか分からなくなって来たし、段々、自分の妄想ではないかと思い始めている。

 でも、優しき塩対応のCMAβには、助けられたばかりだ。

 実像だよ。

 そう信じることが、僕の心情だ。


「では、やはり話さなければなりません。ここは、投げられたクラウド墓場です」


 少女の言葉に僕はどきりとした。

 クラウドかあ。

 いや、よく聞けよ。

 クラウド墓場だってさ。

 僕も整理が面倒なデータ、仕事で修正過程にあるホログラムや一人の修正案候補がいくつかあるもの等を便利だからと言って、顧客に断らずに無意識に、パーソナルページアプリでアップロードやダウンロードをして、クラウドコンピューティングしたな。

 サーバーは、マザーコンピュータだから、『マリッジ◎マリッジ』でのお仕事は安全だと思っていた。

 僕のクラウドの扱い方は間違っていたのだろうか?

 僕は余裕だと思っていたけれども、処理能力に負担が掛かったとか。

 あの時、マザーコンピュータは、秋月秘書を気にして、ウィンドウにメモを開いて、僕に訴えたんだ。


<マザーハ・リヨウサレテイル>


 何かあるのに違いない。

 しかし、ここはマルクウの下のはずだから、『マリッジ◎マリッジ』のマザーコンピュータとは、無縁だろう。

 助けたいのに、僕はなんて力がないんだ。


「マザーコンピュータ。機会を見て、僕もがんばるから、それまでしっかりと頼むな」


 少女は、僕の手をぺんと叩いた。


「すまない。すまない。僕は、考える癖があるんだ」


 少女は、怒っている訳ではなかった。

 しっかりと起きているか確かめただけのようだ。 


「クズハツクル様。今、私達は不正アクセスをしているのです。それで、こんなに強い風が吹くのでしょう」


「不正アクセスだって? 僕は、段々、悪い人になるな。大体、どうして不正アクセスが可能なんだ?」


 僕は、不正の二文字に敏感になる。


「あなたのパーソナルフォン情報がだだもれです。通信機器ごとの識別番号であるIPアイピーアドレスが、ここから発しています。そして、クズハツクル様が、ご自身のお名前を言っただけで、識別符号のIDアイディーが『クズハツクル』と分かり、それにこの空間は、顔認証システムを取っているので、シャボンの虹の巫女ガードがなければ、直ぐに、まさに顔パスできます」


「それは、すまなかった……。自ら悪事を働いてしまった。しかし、不正アクセス、こんなのでは、誰だってできるだろう?」


 顔認証は、空中庭園国では、あまり流行らなかった認証だ。

 精度が高く、システムに合わない方々には評判が悪かったと聞く。


「それでも、段階を踏んでセキュリティを強化すればいいのにな」


 僕は、悪いことをしているのが分かって、どうも冥利が悪いとしか思えない。


「まあ、大抵は、虹の世界まで、来れないものですから。それに、ここの主は、クズハツクル様を歓迎しているようです」


「そうなのかい?」


 少女が、急ぎ、丸山の件を切り出した。


「丸山喜一の件ですが、彼は闇医者です。人の脳に潜在する能力をいじり、AI研究をする、研究者としてはその道のスペシャリスト……。いえ、スペシャリストの中でも、一、二を争う立場でしょう」


「ふむ……」


 丸山喜一か。

 CMAβ……。

 シーエムエーβベータと綴るな。

 CMAβのエムエーは、もしかしたら、『MA』とも読める。

 丸山の『ま』か?

 勘繰り過ぎたかな。


「CMA達と丸山喜一は、何か関連があるのかな?」


「ご明察です」


 少女が、青い花を降りて行ったのは、もうお終いとばかりに、風をはらみながら上手く地に足をつけた。

 僕は、お尻からデイジーの中で着地した。


「えええ! あの丸山喜一が、CMAβやCMA999、マルクウのCMA達にも関わりがあるって? まあ、CMAβの場合は、ライブの後にもれなく病院でお会いしましょうの医師だったからな。関係がない方がおかしい」 


 それより、今はどこなのだろうか。

 ここをよく探ってみようと思う。

 五感を研ぎ澄ます。

 座ったまま、手で辺りの床を触る。

 ひんやりとした中、しっとりとしていて、掴めばほろりとこぼれる。

 暗くて見えにくいが、茶色だと思う。

 香りは、初めて嗅いだすいっとするものだ。

 おそらく、床だと思っていた所は、『土』と呼ばれるものではないか!

 ヤン父さんの図鑑にあったよな。

 僕は、衝撃を受けた。


「大丈夫だったかい?」


 少女に声を掛けた。


「二人でゆっくり降りて来たから、大丈夫です。ありがとうございます」


 薄暗い中だが、きちんとお辞儀をされて、僕は困った。

 照れ屋なんだよ。


「これからどうするか……」


 立ち上がって落下して来たデイジーの壁に、古典で習った小さな文字を見つける。

 そっと手でなぞらえた。


 僕は、分かった。

 今いる所、今いる時を。



 ――惑星アース暦四九一八年。

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