β012 新天地へ
眩しい中、うっすらと瞼を起こすと虹色の世界が広がっている。
よく周りを触ってみると、やわらかくぺたっとしたものがある。
僕は、眩しい虹色のシャボンに包まれているようだ。
そのシャボンのまま、ふわりふわりと舞い降りる。
「CMA999。僕の両手の先に繋がっているのか?」
シャボンの中から、僕の声がこだまする。
輝かしいのでよく見えないけれども、CMA999が無事だと分かる重さはある。
「すみません」
「どうしたんだ、CMA999。謝るなんて」
せめてお別れを告げたい訳ではないだろうな。
「とうとう、地獄へ来てしまいました」
「落ちたら死ぬと、CMA999は話していたが、どう考えてもこれから地獄へ行く気がしない。むしろ天国だと思う」
そう、天国だよ。
推論だが、CMA157も沖悠飛くんも白い深層部にはいなかったのかも知れない。
CMA157は、サイバーセキュリティに関して犯罪者だ。
天国への切符は持ち合わせていないはずだろう。
ならば、この先は地獄とも考えられる。
しかし、僕は、CMA999と過ごす虹のシャボンを居心地がいい。
だから、天国だよな。
「地獄ではないよ。それに天国だとしても、まだ逝きたくないな。CMA999にしたって、死んだとは思えないリアリティがある。僕の腕には、君の重さが……。あれ? 軽くなって行く」
僕は、ひやりとした。
「自分は、元々バグです。データの重い物ではありません」
「そうか? 多分、中枢で重要な役割を担っていたと思えるよ」
眩しい光の中、よく目をこらせば、CMA999のホログラム化した部分が増えて行っている。
これは、ゆゆしき問題だ。
折角、マルクウのコンピュータ中枢部分を敵がいないのを確認して抜けたんだ。
虹の世界に来れたんだ。
「あなたは、やはり伝説の巫女です。ありがとうございます。少しでも、延命できました。もう、片腕と顔しかありません。自分は、運命に逆らわずデバッグされて行きます」
僕は、涙が出そうになった。
CMA999との出会いは、忘れられないだろう。
「どうしてもお別れしなければならないのなら、お願いがある」
「はい、何でしょう」
CMA999もいささか涙声だ。
AIのCMAにも感情があるのだ。
CMAβだって、優しき塩対応だった。
「僕は、葛葉創だ。クズハツクルと呼んで欲しいな」
まだ、話せるかい?
それを知らせて欲しい。
「では、クズハツクル様。……助けていただいた御恩は忘れません」
風が強くなって来た。
虹色のシャボンが揺れる。
「僕は、名前を呼ばれるのが、好きなんだ。もう一度頼むよ」
「クズハツクル様。お元気で……」
強い風が吹く。
虹のシャボンが大きく揺れたかと思うと、割れた。
無情な音で、僕らを乗せたシャボンは、消える。
縮こまって行く。
「CMA999ー!」
僕は、これで終わりだと、お別れだと、本当にお別れなのだと涙なんて子供だましだと思った。
しかし、まるで細胞分裂のように、シャボンが二つに分割される。
にゅーいっと僕のシャボンの他にもう一つ小さめのものが浮いている。
中の様子は見えない。
「誰かいるのか?」
虹のくるりくるりとしたシャボンで包まれていて、よく見えない。
誰かいるとしても、CMA999か否かが分からない。
僕は、CMA999が鬼扱いされたバグとして、CMA157らサイバーセキュリティに逆らう者と一緒に対峙するような存在だと思っている。
仲間だと思っている。
「死ぬな! CMA999!」
僕にとって、CMA999は、バグの括りからとっくに外れている。
「コンピュータは、生きている……! 生きているから、ミスがあるんだ。それが、それが、バグなんだよ。人間だって、生きている。生きているから、ミスをする」
僕は、続ける。
「僕の仕事は、『マリッジ◎マリッジ』で、結婚を望む人の顔のホログラムを少しだけ綺麗にするものだ。人の顔にミスなんてない。あるとすれば、個性だ。美形にするのはある意味、個性つぶしだと思う」
僕は、初めて自分の仕事の意義を知った。
己の口から語り出すとは思わなかった。
これも、CMA達に出会ったから分かったのだろう。
胸が一杯になって、泣きたい気持ちになったが、シャボンが割れてはいけない。
気を付けている。
近くをふよふよと浮く小さなシャボンがむずむずと動く。
一回り……。
二回り……。
徐々に僕のシャボンよりも大きくなったかと思うと、破裂した!
僕のシャボンも涙が触れてか、割れてしまった。
「しまった……!」
――割れた中からは、CMAβによく似た、目元が涼し気できりりとした少女が白いひらひらの服で現れた。
僕と少女は、虹のシャボンがはじけたら、もう漂わずに落下し始めた。
「あなたは? CMA999? CMAβ? それとも……」
「今は、答えられません」
落下しているのだものな。
「それもそうか」
「お嬢さん。真下に大きな青い花が。図鑑で見たデイジーのような?」
僕は、ヤン父さんの書斎が好きだった。
図鑑もよくながめたものだ。
「はい、見えます。随分と大きいですね」
「うぐおお! 吸引されて行く! 青い花に吸い込まれるぞ!」
間もなく餌になるのではないかと思った。
「私もクズハツクル様にお怪我をさせたくありません。何とか避けたいです」
「僕も同意見だ。風で引き込まれないように、僕にしっかりと掴まってくれ」
図鑑で見た、スカイダイビングのような形になった。
今までの僕とは違う。
気の乱れなどない。
この少女を救わなければ!
◇◇◇
僕は、家族揃って、空中庭園国の中央広場でブランコに乗せて貰ったことを思い出した。
ひなが、控えめにヤン父さんの国民服の裾を引っ張って、乗りたい気持ちを伝えていたのが、愛おしかったな。
ひなは、欲が殆どない。
普通に生きていただけなのにな。
急な解雇と誘拐は、思いもしない事件だ。
「心細くなっていないかな……。ひな。お腹は空いていないかな」
独り言は、大きなデイジーに吸い込まれてしまった。
謎の少女と共に。
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