β006 テキの爪あと
「今日は、仕事が終わったら、ひなの所へ寄ろう。職もなく、一方的解雇に手当もないのでは、痛々しいからな」
湾岸R3モノレールは、いくらフレックスタイム制にしても朝の通勤ラッシュが解消しない。
唯一の息抜きは、モノレール内のニュースだ。
空中庭園国の人口推移は、気象情報と同じ扱いをされている。
重要なニュースを伝える国家のスペシャリスト、スズキアナウンサーが、「一昨日の三三九日も増加である」ばかり繰り返す。
十分増加していても、大げさな抑揚で国民に婚活をすすめていた。
僕らの『マリッジ◎マリッジ』のみが成婚率を上げている訳ではないが、この頃の出生率は上向きらしいとの話題が社内でももちきりだ。
四人家族から五人家族ぐらいの勢いらしい。
『ご乗車ありがとうございます。湾岸R3レール、05の
また、僕の妄想癖が出た。
ぼんやりしていないで、急がないと。
「降ります! 降ります!」
湾岸R3のC05駅で無事に下車できた。
地下のホームから、もう歩かなくても出社できる。
チューブの中を移動するボードに乗れば、
今朝、お返事をいただいた彼女の音声メッセージを思い出してみる。
≪私は、重いβコードを背負って生きています。ハイスクール在学中から、空中庭園国の父の補佐として、清浄の鐘を鳴らす大事な役目を担うようになりました。この頃身辺が落ち着きません。どうか、私のボディーガード役を買って出てくれないでしょうか≫
初めてのメッセージが、こんなにロマンスから離れていて重いとは。
愛らしい声なのは、確かだ。
彼女が気になるのは、揺るぎがない。
僕の個人情報は、ひなの解雇と父さんと母さんの件があるから、あまり伝えたくないので、そこは触れずに返信した。
≪初めまして。僕は仕事をしているので、休日なら大丈夫です。花の庭園国の日と庭園国の日なら、少しはお役に立てるかも知れません≫
何とか彼女と繋がっていたい気持ちは隠せていないな。
ともあれ、今日から、八日間と半分、働け族はがんばらないと。
ひなに仕送りをすることも考えられるしな。
「おはようございます」
僕は、自社のアプリを使用後、初めて出社した。
恥ずかしくて、顔が痒かった。
バーチャルではない、リアルな恋愛はプレスクール以来ではないだろうか。
お見合いホログラムで、彼女を修正した覚えはないから、すっぴんで勝負かしらん。
ますますいいぞ。
「おう、おはよう。葛葉くん。自分はこれから帰るが? その前に少々話がある」
渡りに船だ。
アプリ『マリッジ◎マリッジ』の開発史と残業の件を僕からは切り出したい。
「お疲れさまです。鳳室長。お話しとは何でしょうか?」
室長のブースに初めて入った。
「ここに、今の修正データを持って来なさい。期限は、明日の九時だ」
「承知いたしました。空中庭園暦二十五年の分でよろしいでしょうか」
「そうだな。過去三年分を持って来てくれ二十三年度からだ」
「かしこまりました」
早速、自分のブースへ行き、ナノムチップにまとめてある『MY23』から『MY25』までの顧客データを揃える。
室長が僕に『マリッジ◎マリッジ』のマザーコンピュータにアクセス権限をくださったので、仕事がしやすい。
秘書が監視する中、室長ブースの隣で作業をする。
三年前は、労働改革があった年だから、データが一部欠損している。
これを遡らなければならないのか。
僕が入社したのは、トキオインフォメーションカレッジを卒業してからの空中庭園暦二十四年だから、知らないことも多々ある。
開発史ではないが、近年の顧客のリストは完成した。
「ん? 仕事が終わってもマザーコンピュータにアクセスできるぞ」
僕は、開発史を検索した。
どれ程極秘にしなければならないのか、ろくな答えが出て来ない。
「これは、何かのキーがいるのかな。アクセスをブロックされると、もうここで働けなくなるから、この辺にしよう」
すると、マザーから話し掛けられた。
秘書を気にしてか、ウィンドウにメモを開いた。
<マザーハ・リヨウサレテイル>
どういうことだ?
やはり、ハッカーによるデータ改ざんか漏えいか?
ハッピーになれるアプリ開発社のマザーコンピュータが頭を悩まされて困っている。
これは、捨て置く訳にはいかない。
「ごめん。
そして、いつものホログラムの処理も届いた顧客のご要望によりグラフィックをいじった。
嬉しいやらやはり疲れるやら。
美男美女でも、気になる所があるようで、ホログラムに味付けをする。
もしや、僕の仕事は、登録データの改ざんに当たらないか?
さじ加減だとは思っているが。
「ふー! おしまいだ。クリアー!」
鳳室長は、本当に残業をさせてくれた。
「失礼いたします」
室長はやはりお帰りになられたようで留守だった。
どんな重要な情報だったのだろう。
もう、帰宅時刻は過ぎている。
夜の十一時だ。
やるべきことはやったのだから、僕も帰るとするか。
「ひなちゃこーん。美味しいものを持って行くからな」
自分の仕事について、大きな疑問を抱いて、ひなのドームハウスへとモノレールで向かった。
勿論、手土産はひなの好きなごま団子だ。
半分うきうき半分心配な心境に至ったのが、ユニークだと思った。
◇◇◇
ひなのドームハウスのブザーを鳴らす。
「創兄さんだよ」
いつもなら、直ぐににこにこと現れるのに、様子がおかしい。
ブザーは、五回も押した。
眠っていても出るだろう?
「もしかして、ひなが、いない……!」
ネココちゃんに緊急連絡を頼んでおいたのに!
こりっと何かを踏みつけた。
何かと思えば、Kuzuha Hinaと彫ってあるパーソナルフォンだった。
「くっ。僕から、ひなまで奪うやからはどこだ!」
僕は、拳を握りしめ、パーソナルフォンに眼の雨を降らせた。
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