β005 振り返れば綺麗なひと

 レストランでは人目もあるので、中核には触れず、世間話をして食事をすませた。

 セトフードサービスの件もあり、僕はリムジンでひなを送った。

 ひながドームハウスへ入るのを見届ける。

 僕たちは二人とも空中都市βのD区―02に暮らしており、行き来するにも近い間柄だ。


「おやすみなさい。創兄さん」


「どんな用でもネココちゃんに緊急連絡してくれよな」


 そうして別れた。


 ◇◇◇


 僕は、ドームハウスに帰って、セトフードサービスのお土産を手に取った。

 食品用ガイガーカウンターで検査しても反応はなかった。

 それでも、人という毒が入っている気がして、捨てた。

 悔しい気持ちで胸が痛くなる。

 バキューム収集されるゴミに、いなくなってしまえと僕の黒い心が叫ぶ。

 ひなは、いつだって真面目に働いていた。

 会社の不利益になるようなことはないはずなのに。

 父さんと母さんの話も捏造としか思えない。

 たった三年前だが、記憶が曖昧なのは確かだけれども。


 僕は、気分転換にミストを浴びた後で、ガラスの椅子に腰掛けながらカフェを飲む。

 炭酸飲料もアルコールも苦手で、どうもカフェばかりになるねと、ひなに微笑ましがられたっけ。

 明日の会社、『マリッジ◎マリッジ』へ向かう前に、自社のアプリが気になった。

 パーソナルフォンの認証をクリアし、ネココちゃんがウィンドウオープンした。


『クズハツクルさま。オツカレサマです。ウィンドウオープンいたしました』


「おお、ネココちゃんお疲れ」


 一度インストールしてあるので、簡単に『マリッジ◎マリッジ』の正十二面体のブロックアプリがくるくると回りながら3D化した。


 その内の一つ、正五角形に軽く手をかざすと、ぽんっとタヌキさんが現れる。


『タヌキです。メッセージが届いております。オープンいたしますか』


「頼むよ」


 タヌキさんのホログラムは、『マリッジ◎マリッジ』からのメッセージ、ピンクの正五角形のカードを読み上げる。


『この度は、結婚相手紹介サービスアプリ、マリッジ◎マリッジをご利用いただきありがとうございます。お客様のご登録地空中都市βのナンバー、XXXXXX46(プライバシー保護の為一部情報を保護してあります)のマッチングマガジンをご登録のメッセージアドレスにお送りいたします。今後ともよろしくお願いいたします』


 やはり、つまるところの太古からあるインターネットを介する訳か。

 システムが古くても、内容だよな。

 機能的にもそうだが、人だよ。


「十日に一人は紹介してくれるって」


 これは、興味深い。

 のせられてしまうと思う。

 空中庭園国の暦は、三六五日カウントされて一年が巡る。

 十日に一度、今日みたいに三四〇日は、庭園国の日でお休みだ。

 僕の会社、『マリッジ◎マリッジ』は、前日の三三九日も花の庭園国の日として半ドンになる。

 昼には空中都市βの中央にある清浄せいじょうの鐘がゴーゴーとなり響く。

 年に一度の五日間、三六〇日から三六五日は、楽しい連休だ。

 つまりは、アプリのシステムは、働く人の休日に合わせてあるのか。


「随分と紹介してくれるが、八十パーセントってそんなにマッチングのハードルが低いの? へえ、AI人工知能がどの人とどの人が相性がいいか決めているんだ。AI信奉しんぽう者は、多いからな」


 僕もAIに否定的ではない。

 だが、神のように思ったりはしない。

 それは、運命とまだすれ違っていないからか。 


「僕は知らないが、『マリッジ◎マリッジ』は、開発した方々が上層部にいると聞く。今度、開発史を調べられたらいいが」


 僕は、脳の検査に疑問を持つし、ひなも健康診断をさせられたのが、引っかかる。


「マッチングアプリで悪いことって何ができるのだろう」


 個人情報の登録データの改ざんは登録時からできる。

 直ぐにばれるのも含めてだ。

 それから、侵入者や外部からのハッキングだろうか。

 婚姻率を上げるような平和なアプリで、何がおかしくなっているのだろうか?

 思い悩んでいると、新しいマッチングマガジンが送られて来た。


『一人目の運命のお相手が見つかりました。ご覧ください』


 ディスプレイにバストアップの画像が投影される。

 長い黒髪が振り返ってくる。


「おお!」


 何をやっているのか、僕は。

 僕の仕事で毎日お目に掛かっているデータではないか。

 お見合いは顔が命って感じに。


「そうか、こんな仕組みになっているのか」


 ちょっと、社員としては恥ずかしい感想だ。

 だが、そうそう自分のお相手を見られないよな。

 この女性に興味を抱いた。

 勿論、真面目にだぞ、ひな!


≪私は、ハイスクールにいる頃よりお仕事をしています≫


「うおお! ホログラム画像が話すのか!」


 僕は、とろとろになった。

 甘い声が、キジトラ猫のネココちゃんの恩返しかと思った。

 まあ、ネココちゃんは、ハイスクールに行っていないな。

 どんなワンダーランドだ。


≪私は、あなたと出逢う為に、恋人になれるお守りを持っています。白いのはあなたの分で、赤いのは私の分です。お互いに懐に入れたら、きっと心が通じ合うと思います≫


 目鼻立ちのすっと整った綺麗な彼女は、美しいまま消え去る。

 しんのある印象が強く残る。

 僕の網膜にはしっかりと焼き付けた。

 これでは、網膜認証ができないかも知れない。


『氏名等のデータ表はお送りできませんが、ご興味がございましたら、メッセージを葛葉創様ボックスにお届けください。尚、当アプリ内コインは、パーソナルフォンの支払いと一括させていただきます』


「はい。後程、メッセージさせていただきます!」


 何を俄然やる気になっているのか。

 暗いことばかり考えていては、明るい虹は見えないな。


「タヌキさん、スリープしようか。僕は、メッセージの下書きをするよ」


『タヌキは、スリープします』


 そして、パーソナルフォンのネココちゃんもウィンドウを閉じた。


「なあ、ひな。僕は、少しだけ春が来たよ。きっとお守りが二人を結び付けてくれるよ。来年の春にでも、ひなに紹介できたらいいね。げほっほっ」


 うっかり、肘でカフェをこぼしてしまった。



 この先、大丈夫か?

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