第3話 親友の承認

「えっ! 告白っ!?」

「しーっっ! 優里、声大きい!」


 慌てる七菜に「あ、ごめん」と優里が手で口元を覆う。


 あの後すぐ、七菜たちは四人が住む大学近くの女子寮へと戻って来ていた。

 大学からは歩いて十分程の所にある、四階建ての寮の二〇一号室が今いる七菜の部屋だ。寮に帰るなり、優里は七菜にすぐ部屋に来て欲しいと呼ばれていた。


 白を基調に、ベッド上の布団と床のカーペットにピンクベージュが使われた七菜の部屋は、女の子らしいけど決して子どもっぽくはない。優里は、七菜の部屋に来る度、この部屋から感じる柔らかく優しい雰囲気が、本当に七菜らしいなと思う。

 ちなみに、舞と小春の部屋は三階で、同じ階の二〇五号室の優里の部屋とは、二人よく行き来している。


「それで、何て返事したの?」


 心底驚く様子の優里に、七菜が一つずつ説明するように答える。


「う……ん。ちゃんと断ろうと思ったんだけど、その前に高橋くんに、自分のことよく知って欲しいから友だちになろうって言われて。私も友だちならって答えた。そしたら高橋くん、これからよろしくって」


「七菜、今まで高橋と何か接点あったっけ? 話したこととか」


 優里は蒼一のことをすでに呼び捨てにしている。基本優里は、その物怖じしない性格から、誰のことでもすぐ呼び捨てにする。


「ない。全然ないと思う」


 深く考えるまでもなく七菜が即答した。七菜は今日まで、蒼一の存在すら知らなかったくらいだ。

「そうよね」と言いつつ、優里が七菜の淹れてくれたカフェオレに口をつける。お湯を入れるだけのスティックタイプだけれど、優里はこの味も嫌いじゃない。


「だから私、優里と間違えられてるんじゃないかなぁ」


「はあ? 何で私」


 続けて言った七菜の言葉に、優里の呆れ声が応じる。思わず熱いカフェオレ入りのマグカップを手から落としそうになった。


「だって優里、美人だから」


 そんな優里を、真顔の七菜が上目遣いで見つめる。


「背高くて、顔ちっちゃくて、手も足も長くて、モデルさんみたいに綺麗なのに、頭も運動神経も良くて。その上、芯が通ってていつも考えに迷いがないとこなんか、ホントかっこいいんだよね。 優里は私が憧れる、自慢の親友だもん」


 そこまで一気に捲し立てた後、七菜は今度はしゅんとして下を向く。


「でも私は、特に目立った特徴とかないし。だいたいいつも、優里の隣にいる背の低い子って言われてるし……」


「もう、分かったからやめて」


 途中から恍惚として語り出した後、遠い目になる七菜を優里が赤くなりながら止める。


 身長は確かに一七〇センチある優里に比べると、七菜は一五八センチと差はある。けれど、優里は七菜の、素直なところや、初対面こそ人見知りしても、男女ともに誰とでも仲良くできる性格や、自分とは正反対の女の子らしく可愛いところが好き、と常々小出しにして伝えているのだが、七菜が少しでも自信を持つ気配はさらさらない。


「ちゃんと名前、言われたんでしょ?」


「あっ、そっかぁ」


 こういうちょっと天然なところも飽きなくて好きなんだけど、と優里が吹き出す。


「高橋くん、何で私の名前知ってたんだろう? もしかして、からかわれたのかなぁ? 優里ー、友だちになるって言って良かったかなぁ?」


 不安げに優里に問う七菜を、少し考えた後で優里が真っ直ぐに見る。


「名前のことは分からないけど……。まあ、いいんじゃない、友だちくらい。確かに知ってみないと分からないこと、たくさんあるだろうし。お互いにね」


 意味有りげな言い方をした優里に、七菜は特に気にした様子はなかった。単に気付いていないだけかもしれない。


 蒼一のあの容姿なら、日常的に女の一人や二人くらい泣かせているかもしれないという危惧は優里にもある。そんな悪い噂を聞いたことは一度もないけれど。

 でもそれ以上に、もし彼が舞たちの言う完璧な人物だったとしたら、そんな相手が七菜のどこを好きになってくれたのかという単純な疑問と好奇心が、優里の中で勝っているのも事実だった。


 七菜には悪いが、確かに彼なら良く言って引く手数多、悪く言えばよりどりみどりだろうと。ただし、本当にからかいや誰でも良かったというような理由なら、優里は決して蒼一を許しはしない。


「流されて付き合うって言わなかっただけ良かったよ。成長したね、七菜?」


「うん……、そだね」


 何かを思い出し、再び赤くなった七菜には心当たりがあるようだ。


「まったく、隙だらけで七菜がベタベタ触りまくるから……。ホント、そういうのに限ってろくな男いなかったもんねー」


「……ごめんなさい」


 七菜が今までのことを反省し、ぺこりと頭を下げながら素直に謝る。その度に優里に助けてもらった過去を思い出したのか、すぐに七菜に温かい笑みが浮かぶ。


 中学一年でクラスメイトとして出会い、優里に助けてもらったことがきっかけで、主に七菜の方から懐いていった関係だけれど、今ではお互いに無くてはならない存在になった。そんな優里に七菜のことで知らないことはない。


「まあ、でもあれは付き合ったうちに入らないかー。最長で二週間だったっけ? どっちも何もしてないうちに終わってたしねー」


 優里がいたずらっぽく言うと、


「もう、いいよ。やめてよ、優里ー」


 恥ずかしさで七菜が泣き出しそうになる。

 今度は優里が謝った後で、七菜に優しく微笑み掛けた。


「高橋もそういうやつだったら、また守ってあげるから、やってみたら? 友だち」


「うーん、優里がそう言うなら……。まあ、でも、学部も違うし、そんなに会うこともないよねきっと!」


 あははっと笑った後で「それより昨日の話なんだけどね」と別の話題に移る七菜は、おそらく深く考えることを止めたようだ。


 優里が密かにため息を吐く。

 入学式当日から、あれだけ騒がれていた蒼一の話題でいくら周りが盛り上がろうと、気にも留めることの無かった七菜。

 美意識が人とちょっと違うという訳ではなく、異性に対して致命的に興味が薄いだけなのだ。それに持ち前の天然ぶりが拍車をかける。


 先程のように、度々自分を輝く瞳で見つめる七菜に、優里は七菜の将来が少し不安でもある。

 そんな七菜と、あの蒼一が友だちに。

 

 ——ちょっと面白そ……興味はあるかも。


 軽い咳払いの後、


「会うこともない、ねぇ……」


 ボソリと小さく呟く優里は、七菜の知らない何かを知っているようだった。

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