つまらない言葉遊び。

雨乃 音(Ameno Oto)

Ⅰ,喫茶店の回想

 「明日が来るというのは特別なことだ。いつ終わってもおかしくない人生を私達は生きているんだもん。迂闊にやり過ごす時間なんてないんだよ。」

 

 笑顔をこちらに向けている女性は言う。終わりを悟っているかのように。

 彼女は普通の女性ではない。きっと、ごく普通の、彼女と年の近い女性たちは、これ程真剣な話題を笑いかけながら話すことなどしないと思う。

 九月の初めはまだ暑さが残っていて、夏が尾を引いたように居座り続けている。健康的でないとわかっていても、冷たいものばかりを体が欲してしまう。氷入りのカフェオレを喉に流し込む。

 さも当たり前のことのように、彼女は目の前でホットの紅茶に口をつけている。 視線を泳がせて、周りの客たちの様子を伺っているようだ。少し間をおいて、彼女は続ける。


 「世界ではこの瞬間にも何十億って人間が命を落としている。それなのに私達は悠然とお茶なんぞをしてしまっているわけだよ。」


 楽しそうに話すな、と心の中で突っ込みたくなるのを抑えて話の先を促す。ちっともこの場にふさわしい話題じゃないと思うんだが。


 「つまり、何が言いたいんだ?」

 「適当に生きてちゃいけないってことだよ。とどのつまりは。」


 なんだ、結局はそこじゃないか。

 日常会話的にこういうことを話し出すのが彼女の癖だった。

 ぬるくなって、氷が解けて薄まってしまったカフェオレの残りをストローで吸い上げる。

 猫みたいな子だな、とつくづく感じた。のんびりと話すのに、どこか知的で、全てを見通しているかのように物事を語る。

 初めて会った時からそうだった。独りでいることが好きで、誰とも(同性の友達とでさえ)深い関係を築こうとしていないように見えた。本心を無意識のうちに隠してしまい、周りと溶け込めないでいるだけだとわかったのは、知り合ってから三ヶ月も経ってからだった。

 まだ彼女のことを何もかも理解できたわけではないが、それでいいんだと彼女は言う。

 

「短い時間で全てを理解できてしまような単純な人間じゃつまらないだろう。」


 難しい表現のように感じたが、言われてみれば当然のことだった。目の前に在って、すでに知っているはずの事実を人は見落としがちになる。盲目的に突き進んでいってしまうのだろう。


 優しく微笑みながら前に座っている彼女は、相も変わらず紅茶をすすっている。

 夕方が近づいて、彼女が言う。


 「夜ごはん、何か買って帰ろうか。」

 「楽なものがいいけど。料理得意なんだからなんか簡単に作ってよ。」

 「ルッコラ買ってあったから、サラダくらいは作ってあげるよ。」

 「冷蔵庫にそんなもん入ってたっけ?」


 ロマンチックな会話はきっと二人には似合わなくて、こういう他愛もない会話や、議論めいた意見交換の方が自分たちらしいのだと思う。

 わざとらしく使う変な口調も、これが二人の日常で、その異様さが好きだった。



 を。ん。

 

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つまらない言葉遊び。 雨乃 音(Ameno Oto) @baron13

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