第21話 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ

  夏子とエリカはテイに譲ってもらった本を眺めていくうちにみるみるハマって、それからずっと店の中に屯(たむろ)って居た。


  エムは彼女らがテーブルの椅子に座る真横で顔を覗かせて一緒に読んでると、テイがエムに話しかけてきた。


 「エム、そう言えば貴女が本を読んでる姿を見た事が無いですね」


 「テイさん、私は本よりもここの雰囲気がとってもお気に入りなのよ」


 「そう言ってくれるのは有難いことです。何か知ってる話とかは御座いませんでしたか?」


  エムは考え込んで彼女らの捲(めく)り先のページのタイトルを見て閃(ひらめ)く。


 「あ!これこれ!セロ弾きのゴーシュ!!これ知ってるわ!」


  彼女が指さす先を、勢いよく指してきたものだから彼女らも驚いて目を真ん丸にしてそのタイトルに注目した。


 「セロ弾きのゴーシュ...?セロって楽器有りましたっけ?」


  エリカは彼女に聞く。


 「セロっていうのはね?今で言う〘チェコ〙の事ですね」


  彼女は自信満々に答えた。


 「おぉ博識ですねぇ」


  テイも賞賛する。

  エムは大人のお姉さんと云う様な、自前の大きな胸をはって自慢気な様子を気取って居た。

 

 「チェコですかぁ」

 「そうそう、宮沢賢治の過ごした時代は外来語が来たばかりで定着されてなくて様々な言い方をしたそうですよ」


  彼女がエリカにまたまた得意気に気取る。

  彼女の姿を見てエリカはこころを射止められたかの様な、そんな眼差しを送り


 「凄いです!お姉さん!」

 「ふふ、エリカさんは可愛いですねぇ。妹に欲しいです」


  と、エリカの頭を撫でる。

  それを見た夏子は身を乗り出して、エリカは私のモノだと言わんばかりの表情をエムに向けていた為、エムはパッと手を離した。


 「あれ?エムさんそんな事どこで学んだんですか?」


  スウェルがお茶のおかわりを持ちながら彼女らの空いたカップに注ぎに来た。

  スウェルとエムは多少のご縁があった。


 「あらスウェルくんお久しぶりです。この知識はそうですね...大魔法師に教えて貰ったモノですよ」


 「エムさん彼に会ったんですか」


 「えぇ...といっても大分前の事なんですけどね」


  彼女はそう言うと一冊の本を取り出す。


 「私だって多少は読むのよ?こういった歴史書」


  それはそれは立派な歴史書だった。

  明治時代の本...


 「セロ弾きのゴーシュって云うのはね?」


  セロ弾きのゴーシュ

  セロを引くプロのゴーシュという人間が居た。

  彼はあまり上手ではないという評判の人間で、彼の所属している楽団の楽長によく周りの目の前で怒鳴られて指摘されてしまうのだ。


  とある日の昼過ぎに音楽会に向けて、円(まる)くなって仲間たちと第6交響曲(こうきょうきょく)の練習に励んでいる所、ゴーシュのセロが周りに追いつかず、足でまといになってしまう。


  夜遅くの帰り道、ゴーシュは涙目で大きな黒いモノをしょって自分の家に帰ってゆく。

  彼の家といっても町外れの川端(かわばた)にある水車小屋に一人で住んでいて、自分の小さな畑の世話を午前中に行って、昼過ぎになると出ていく、そんな生活をしていた。


  彼は追い付こうと夜中であるにも関わらず、血眼になって必死にセロを引き続けたその晩、部屋に入り込んだ客が居た。

  彼の畑から半分熟したトマトを盗み、彼へのみやげとして持ってきた三毛猫だった。

 

  彼は畑を荒らした猫をよく思わず門前払いをするも、猫は生意気そうに、「シューマンのトロメライを引いてごらんなさい。聴いてあげるから」と偉そうな口ぶりで彼に言い、生意気だ生意気だ生意気だ!と言うものの、全ての扉を閉めて猫に聴かせてあげる事にした。

  彼はハンカチを耳に詰め、荒らしのような勢いで、「印度(いんど)の虎狩(とらがり)」という不協和音に満ち溢れた曲を演奏し、猫を追い出した。


  次の晩、今度は鳥のかっこうが訪ねてきて、 すました顔で音楽を習いたいと言ってきた。

  ドレミファを教えろというかっこうに対し、ゴーシュは引いてあげたものの鳥は、かっこうしかいわなかったが、彼に対してドレミファが違うと指摘。

  かっこうは、全身を激しく使い、一生懸命に自分の声でかっこうと鳴くものだから、とうとう彼は、鳥の方がドレミファが揃っているのではと思い始め、かっこうを追い出した。


  次の晩、狸(たぬき)が訪ねてきて、父親がゴーシュに習うといいとアドバイスを貰ってきたそうだ。

  狸は背中から2本の棒を出し、彼に「愉快な馬車屋」と云うジャズの譜面を渡し引いてくれと頼む。

  「ゴーシュさんはこの二番目の糸をひくときはきたいに遅おくれるねえ。なんだかぼくがつまずくようになるよ。」

  狸の核心をついたその言葉にゴーシュは悲しそうに「そうかもしれない、このセロが悪いんだよ」と答えた。

  狸は考え込んで、もう一度引いてくれと云う。彼は了承し、結局夜明けまで練習が続いた。

  狸はお礼を言うとそのまま外に飛び出した。


  次の晩は、母子のねずみが訪ねてきて、青い栗の実をおきお辞儀をした。

 母ねずみは子の具合が悪いから治してくれと懇願するも、彼は医者じゃないとムッと答えたが、母ねずみは彼の毎晩引くセロの音は、周りの動物の具合を治す効果があるというのだった。

  彼は了承し、子ねずみをセロの穴の中にいれ、演奏を始める。

  治し終わり、彼はねずみ親子にパンを与え、返した。


  6日目の晩、ゴーシュが所属する金星音楽団の人らは公会堂ホールに集まり、第6交響曲を披露するとあまりの素晴らしさに、ホールでは拍手が巻き起こっていた。

  楽長は、司会者にアンコールを求められてると言われるも、この大物の後に出した音楽なんて気が済むものでもないだろうと一言いい、せめて挨拶だけでも...と言われるも、「おい、ゴーシュ君。何か引いてやってくれ」といきなり言われ、周りもいけというのだ。

  彼は馬鹿にされたと思い、印度の虎狩を演奏してやると意気込み、披露したがなんという事か聴衆は静かに聴いている。

  演奏後、楽長にたった10日前と今じゃ赤ん坊と兵隊の差だ。

  と褒め称えるのであった。


  そして今晩家に帰ったゴーシュは水を飲み、外を見ながら、「ああかっこう。あのときはすまなかったなあ。おれは怒ったんじゃなかったんだ」と云うのだった。



 ―――店内―――

 「と、こういったお話なんですよー」


 「ゴーシュさんは動物の力を知らず知らず借りていて、そのお陰で這い上がったんですね」

 

  夏子は頷きながらそう言った。


 「しかしゴーシュさん、狸が出てきた辺りから随分丸くなりましたよねぇ。私、この話好きすぎてよく何時も読み返してますよ」


  そう云う彼女は懐から宮沢賢治の短編集を一冊出してアピールして来た。


 「ほぉ!意外と読書家だったんですね、エムさん」


  スウェルが驚いたようにエムを見つめた。


 「これだけだよースウェルくん。他はあんまり読まないかなぁ」

 

 「それでもいい事ですよ。一冊の本を読みこなす貴女は立派な読書家です」


  テイが微笑みながらそう言った。

  彼女は頭に手を乗せ、傍観者から見てもわかりやすい様に照れている様子だ。


 「宮沢賢治さんの作品、本当に読みやすくて素敵です!本の習慣が無かった風香ちゃんも胸を張って勧められます、本当にありがとうございます!!」


  エリカは丁寧にテイに対して礼をする。

 

 「いえいえ、風香さんにもよろしくお伝えください。彼女も是非こちらに来れる日が来るかも知れません...ね?イシュ」


  イシュティルが水晶を眺めながら隅っこに居た。


 「はい...そうですね。彼女を視てました。と云うのも姿を見る訳では無くどんな人間なのか...ですが。エリカさんや夏子さんと同じく魔法に適正がありますね。それもかなり強力の...」


  イシュティルは水晶から離れ自分の肩を揉みほぐしながらそう答えた。

  エムが風香についてどういう事なのかわからずに困惑して居て聞いてきた。


 「ちょっと風香ちゃんって?」

 「あ、言ってませんでしたね。私の幼馴染なんですが...」


  エリカはエムに幼馴染の事を伝えた。

  エムは怒りを顕(あらわ)にする。


 「何よそれ!エリカさんも随分大変な思いをされたんですねッッ!」

 「あ、私は特に...未遂でしたし...」

 「でも本当に良かった...お互い未遂で...」


  エムは優しくエリカを抱き締め、エリカは安心した様に目を閉じて身を任せた。

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