第18話 芥川龍之介 芋粥
「さて、次は...芋粥ね。これは...」
芋粥
平安時代に摂政藤原基経(ふじわらのもとつね)に仕えていた侍がいた。
地位が五位(ごい)と表現されたこの小説では、この五位とは三人称単数、すなわちこの侍の事を指すのだが、摂政という今の天皇の様な存在に仕える者だからさぞかし選ばれし者だろうと思うだろうが、後世に伝わっていない為、伝える必要が無い役職と推測される。
五位は、目尻(めじり)が垂れて、赤鼻で随一身長が低かった身なりだった。
口髭(くちひげ)も薄くて顎もずれていた為、頬がこけていた為、人よりもとにかくだらしが無い風貌(ふうぼう)だ。
五位は年齢が40を超えていて、毎日毎日同じ様な役目で飽きずに繰り返した。
五位の周りでは彼自身を蔑んでいるものがいたが、五位は顔色変えずにすました顔で過ごしていた。
ただ、五位は軽蔑される為に生まれてきた人間で、別に何も希望を持ってないかと言われたらそうではない。
彼は、芋粥という物に異常な執着を持っていたのだ。
芋粥と言うのは、山の芋を中に切込んで、それを甘葛(あまづら)の汁で煮た、お粥の事を言うのだが、それは当時、高貴な人間か、または五位程度なら年に一度、臨時の客としてしか入らない、とても庶民には手の届かない食べ物だった。
それも臨時の客として食べられたとしても喉を潤(うるお)す程度の少量であるのだ。
その芋粥をおなかいっぱい食べてみたいという事が、ずっと前からの夢であり、五位の唯一の欲望だった。
それは誰にも言ってない夢だったが、直ぐに彼は夢を叶えてしまうことになる。
五位は臨時の宴に、出席させてもらえることになり、もちろんその宴にも芋粥があったが、人数はとても多く、いつもよりも量が少なかった。
それを飲み干し、彼は何時になったら飽きることが出来るのかと口走ると、将軍の大男、藤原利仁(ふじわらのとしひと)がこちらを嘲笑い、飽きるまで食べさせてやると持ち掛けてきて、周りの視線は五位に集まっていたが彼は自分の空のお椀と利仁を交互に見比べ、結局行為に預からせてもらうことに決めた。
五位は利仁と共に、二日間かけて京都から敦賀(つるが)という現在の福井県西南部まで移動して、屋敷にようやくついたと思ったらその日は休むことに。
夜、五位は念願の芋粥が食べれると待ちきれぬ気持ちと、その裏で今食べてはいけないのではないか?という矛盾の気持ちが芽生えた。
すると、外の広庭で白髪のお爺さんが五位の為に芋を集めろと下人達に命令させていた。
それが二、三度繰り返されたと思うと、いつの間にか人の気配は消えて、静寂な夜になった。
次の朝、五位は自分の為に大きな鍋で、祭り事をするかの様な勢いで大勢で芋粥を作り出す下人らを見て、自分が情けなくなった。
そして、大勢の人が騒いで作ったその状況で五位のお腹はもういっぱいであり、なみなみと海のように注がれた芋粥を飲み込むものの、たった半分だけ平らげ、残してしまう。
そして彼は芋粥に憧れを抱いていたあの頃の自分を懐かしく思うのであった。
「こんな感じのお話なの。つまりね?いくら叶えたい願いがあったとしても、直ぐに叶えちゃうと、自分の支えとしていたものが失っちゃってどうすればいいか分からなくなっちゃうってことね」
「あーなんかわかるかも。矛盾しているんだねー」
「さっき読んだ鼻の、傍観者の利己主義みたいなものに似てるよね」
「そうだねー」
夏子は読んでいた文庫本を閉じて、本棚に仕舞った。
そして手を伸ばして時計を確認する。
いつの間にか11時20分をさしていた。
「んーーもうすぐだねー」
「そうだねー!どう?芥川龍之介」
「興味でたー!もっと読んでみようと思うー」
「うんうん、それがいいよ。ちなみに鼻、羅生門、芋粥は全て、今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)という平安時代を元にした作品から題材にしてるんだ。芥川龍之介の作品はほぼ全部今昔物語集からきてるけどね。もちろん例外もあるけどさ...」
「ふーん。国語のテストに出そうだし覚えとこ」
「冗談抜きででるよー」
「えーそうなんだ...芥川龍之介の短編集買っておこう」
「興味湧いてくれて嬉しいよ」
「だって素直に面白かったからねー。それにかわゆいかわゆい私の嫁と一緒に共有したいし!」
夏子はエリカに抱きついた。
エリカはヘンな所を触られまいと抵抗するものの、夏子はまさぐってくる。
「あは...ひぁあ!くすぐったいよぉ!もう!」
「あはは...」
二人の乙女の笑い声が部屋に響き渡った。
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