第17話 芥川龍之介 鼻

 「いやー羅生門面白いねぇ」


  夏子は羅生門を読み終え、次のページをめくる。


 「そうだね。あと鼻と芋粥ってあるでしょ?」


 「うん、芋粥は初めて聞いたけど、鼻は聞いたことあるなー」


 「鼻はね、夏目漱石から絶賛され、芥川龍之介が作家として生きていく為の自信に繋がった、転機の作品だから結構メジャーだよ。本を読まない人でももしかしたら知っているって程度だけどね。流石に羅生門や、夏目漱石のこころとかには

 適わないけどね」


 「ふーん。鼻かぁ。要約するとどんな話なの?」


 「鼻は...」


 鼻

  禅智内供(ぜんじないぐ)という、鼻にコンプレックスを持った一人の僧が居た。

  彼の鼻は、尋常ではない程の大きさで、自分のアゴの下まで垂れる程の、大きなアゴを持っていたので彼は町中では有名人だった。

  それどころか、彼の鼻にまつわるエピソードがどんどん広がるばかりだった。


  彼はコンプレックスの鼻を何とか短く見せる為に手を尽くした。

  色々な角度から自分の鼻を短く見せる為してみたものの、顔の位置を変えるだけでは安心出来ず、彼は頬杖(ほおづえ)をついてみせたり、あごの先まで指をあてがうなど熱心に工夫を凝らしたが、満足する程に鼻が短く見えたのは一度も無かった。


  禅師内供はたちまち、人の鼻を気にする様になった。

  自分より小さい鼻を見つけて安心しようと考えたからだ。

  しかし、鍵鼻はあっても内供のような鼻をしてるものは見つからず、彼は不快な気持ちになった。


  所が弟子の僧が、鼻を小さくする方法を医者から教わってきて、内供はその方法を試した所、たちまち小さくなっていった。


  しかし周囲の人間は馬鹿にし続ける。

  禅師内供はコンプレックスを解消して鼻を戻した、その姿を以前以上に馬鹿にするのだ。

 

  人間には二つの感情があり、誰でも不幸に同情する者はいないが、その不幸を持つ人間が克服してしまうと周りはなにか物足りなくなってしまう。

  その人を同じ不幸にさせてみたいと周りが笑うのだ。

  禅師内供は自分の小さくなった鼻を恨むことになる。


  ある夜に禅師内供は、鼻がむず痒く熱を持つことに気付く。

  次の朝、内供の鼻は元に戻っていて、内供はとても喜んだ。


 「という話なんだけど、この二つの感情を芥川龍之介は、傍観者の利己主義って表現したのよ。善意で行う行動は、相手に同情するから動くよね?それって見下してるように思われちゃうのよね。それを偽善って呼ぶけど偽善を行うことによって裏では優越感に浸(ひた)っている、その相反なるものが傍観者の利己主義ってわけ」

 

 「利己主義ってどんな主義?」


 「利己主義は、自分の利益を重視して、相手の利益を無視する事」


 「うーん...難しいなぁ...」


 「例えばさ、小学生の男の子がいじめられてて、周りはいじめてる側。いじめてる側は彼をいじめてとても楽しいけど、いじめられてる彼は嫌な気持ちになるよね?傍観者はいじめる側と考えてみると、相手の迷惑なんて顧(かえり)みず、傍観者の利益だけで物事がすすむよね?」


 「うん」


 「彼の虐められていた原因は貧乏臭い容姿が悪かったとするよ。彼は突然お金持ちの格好で学校に出てきたとしたらどうなる?」


 「え?...うーん...。もしかして禅師内供のようにまたバカにされるとか?」


 「そうなのよ。今まで彼は貧乏人というレッテルを貼られていたから、固定観念が付き、彼はまたいじめられるでしょうね。この連続が傍観者の利己主義ってわけ。つまり、傍観者は彼の気持ちなんて一切無視して傍観者がいじめを続けていくのが傍観者の利己主義だよ」


 「んーつまり簡単に言うと、気持ちを汲み取らず、傍観者の都合で物事をすすめるってこと?」


 「うんうん!そういうことよ!...うーんなにか身近な...」


  エリカは部屋に置いてあるラジオを見つめ、思いついた。


 「記者がさ、震災で無くした遺族に、自分の記事にするために、どうして無くしたんですか?なんて無神経な事を聞くことが傍観者の利己主義!」


 「おおぉ!!あったまぃぃー!すごいわかりやすい」

 

 「うわー!私も今、こんなベストな例を思いつくとは思って無かった!」


 「芥川龍之介は凄いね」


 「後世に名を残した偉大な作家だもん。そりゃぁすごいよ」


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