第14話 別れ/本の価値

 「それでそれで?」


  夏子が身を乗り出して聞いてくる。


 「その後は...」






 「送ってくれてありがとね」

 「うん。もう平気?」

 「うん。エリカちゃんのおかけでね」

 「良かった。じゃまたね!」

 「うん!」


  二人は、ふぅの家の前で別れた。


  そして来週の金曜日...


  ふぅは横須賀へ、引っ越す日だ。


 「ごめんねエリカちゃん。わざわざ〜」

 「いえ、最後ですし」


  エリカはふぅの方へ近づく。


 「今までありがとう、ふぅちゃん」


  ふぅに抱きつく。


  ふぅもまた、強く抱き締めた。


 「またね...!エリカちゃん!」


  ふぅは涙を流す。


  ふぅの涙は、エリカの肩に零(こぼ)れていた。


  エリカもふぅに大して


 「そんな泣かないで」


  と、背中を優しく擦(さす)りながら宥(なだ)める。


  おばさんは二人の抱きつく姿を微笑みながら眺める。


 「ふふ、二人とも...」


  おばさんも近づき、二人を抱きしめた。


 「あ、もうこんな時間...風夏、そろそろ...エリカちゃんごめんね」


  おばさんはそういいながら、纏(まと)めた荷物を手にして家を出る準備をする。


 「また、また会おうね!」


  離れていく彼女はエリカに対してそう言い放ち、手を振った。


 「もちろん!」


  エリカも彼女に大声で叫び、手を振り返した。






 「...まぁこんな感じね」


  エリカは話終わり、夏子の方に顔を向けると、夏子は泣いていた。


 「うぅ...感動的ですねぇ...その抱いてるクマのぬいぐるみ、ピンク色だね」

 「あ、流石にこんな大きなぬいぐるみは持って来れないから買ってないよ。ベッドの掛け布団にかけさせた、その小さいぬいぐるみがあの時ふぅに貰った奴だよ」


  彼女は、自分の抱いていたぬいぐるみを置いて、ファンシーな自分の布団の中に潜り込んで、僅(わず)か40センチほどのぬいぐるみを取り出した。


 「うわ!でっか!」

 「そう?」

 「でかいよ!普通に!」

 「こんなものじゃない?」

 

  そういってエリカはその思い出深いぬいぐるみを撫でて微笑む。


 「そういやあの後、会ったの?」

 「うん。小5の最初だからすぐだけどね」


  彼女は自室の棚に綺麗に置かれていた数冊のアルバムを取り出す。

  夏子はアルバムの数に驚きはしたが、彼女に渡されたアルバムを一枚ずつめくり始めた。


 「ふーん、可愛いねぇ...」

 「でしょ?」

 「うん。めちゃくちゃ可愛い、この子、転校先では虐められなかった?」

 「あれ?あぁ言うの忘れていた。転校先って言うのはね」

 

  エリカはアルバムに飾られた一枚の写真を取り出す。


  その写真には、風夏と母親、そして見知らぬ男性と女性が写っていた。




 「施設なんだ」



 「えっそんな...ごめん!」


  夏子は自分の発言が愚かだったことに気付く。

 

 「え?いや別に大丈夫だと思うよ?私が決める事じゃないけど、ふぅは施設で頑張ってるし、幸せそうだった。私も施設に行ったんだけど、そうそうこの写真!」


  エリカは施設の前で、エリカとふぅのツーショットを夏子に見せた。


 「...私もこの子の友達になりたい」

 「えっ!?そんな事思ってくれるなんて。彼女も喜ぶと思うよ!」

 「周りは彼女に嫉妬していたとかなんとか行ってたけどさ、彼女はとっても立派な女の子だって。それに支えてあげる人間が増えたら増えたで彼女は安心するでしょ!」

 「...そうだね...でも彼女は夏子ちゃんが来たらもしかしたら、怯えるというか、距離を置いちゃうかもだよ?」


 「そんなのは関係ないよ。それなら私が彼女が安心してくれる様に、沢山努力すればいいでしょ!...あ!そうだ!本!本なんてどう!?」

 「夏子ちゃん...」


  エリカは微笑む。


 「ん?本?」


  夏子の発言に疑問が残る。


 「だから本よ!あの人たちに相談して一冊のオススメを聞くの!ちょうど明日でしょ?そして朗読会を開いて彼女と仲良くなれたらなぁって...ね?」


  エリカは驚いた。

  そんな考えは思いもつかなかったからだ。

  エリカは夏子に賛同した。


 「それいいね!じゃあ...」


  エリカはカレンダーを眺める。


 「...次にある大型連休は...夏休みか!ゴールデンウィークは終わっちゃったしねぇ...」

 「夏休みね!予定が分かったら教えて!エリカちゃんの家まで駆けつけるわ!」

 「あ、ありがと。連絡先分かる?」

 「うん。分かるよ!連絡網見ればいいし」

 「確かにそうだね」


  エリカはふと思った。夏子の寝る場所...


 「夏子ちゃん、今夜寝る所なんだけど、私のベッドで大丈夫?ちょっと汚れちゃってると思ってるけど」

 「大丈夫だよ?いい匂いじゃん」

 「ファブリーズかけたからね」

 「あぁ〜なるほど〜」


  エリカは、ふかふかのベッドにダイブして大の字になって天井を見つめた。


 「やっぱり本って凄いんだなぁ」

 「急にどうしたの?」

 「本って、全てが詰まってると思わない?世の中のこう...」

 

  夏子は手を大きく丸めこむようにジェスチャーした。


 「あぁ...何となく分かるよ...」

 「人との繋がりって本から来るのかもね...私の時も教科書という本から始まったでしょ?」


  エリカは核心をつかれ、納得した。

 

 「...なるほど...その通りだわ」

 「本ってなんでも書いてるよねー役立つ事、役に立たない無駄知識、余りにも多すぎて内容が被りまくる本、面白い内容だったらみんな読むしね!」

 「そうだねー」


  エリカは頭の中で想像する。

  本という存在が自分の人生を左右していると、彼女は夏子に言われて気づいた。

  その本が、人を助ける精神安定剤にもなりうる、人間の健康維持にとても効果があると彼女自身特に感じる節があるのだ。

  うつ病の人は、抗うつ薬を打つよりは本を読んで、知識を溜め込みながら、クオリティオブライフを高める、まさに一石二鳥なのだ。


  ただ、彼女はまだ数冊しか読んでいない為、何千冊も読んでる人から、下らないと否定的に批判されてしまったら、その時点で本の価値が下がってしまうだろう。


  何千冊も読んでる人がそんな事を言う筈(はず)もないが...。



 「そういえば夏子ちゃん、最近どんなの読んでるの?」

 「結構前からスキーの本は沢山読んでたよ。最近だと文庫本かなー。触発されたってのが大きいけどね」

 「へー。どんなの?」

 「宮沢賢治の銀河鉄道の夜。といってもまだ4節までしか読んでないけどねー。結構面白いよー」

 「宮沢賢治かー」


  名前だけは聞いた事がある。

  宮沢賢治...岩手県出身の作家だ...。

  若くして亡くなった彼は生前世に出した作品は二冊だけだった。

  春と修羅と注文の多い料理店...その二冊...。


 「今度読ませて」

 「いいよー!私が読み終わったらね」


【改ページ】


 「明日楽しみだね」

 「うん。ケーキも用意出来たし、あの時のお礼もしたいしね」

 「異世界かぁー」

 「興味あるの?」

 「うん」

 「行ってみたいとは?」

 「思ってる」

 「思ってるの...怖くて私は行きたくないよ」


  エリカは自室の白い壁を見つめた。


 「んー怖いっちゃ怖いけど...人間って自分に無いものがあったら欲しくなっちゃうじゃん?冒険心っていうか...なんて言うのかな?」

 「私に聞かれてもね...」


  夏子はエリカのベッドの上で足をバタバタさせる。


 「兎に角(とにかく)、行ってみたいのよねー」

 「あの人たちに聞いてみたらいいじゃん」

 「あ、そっか!明日きーちゃお!」

 「あんまり迷惑かけないでよ...ね?」

 「大丈夫だって!」


  夏子は微笑んでそう言った。

  エリカは不安だったが、


 「はぁ...ジュースもってくるね」

 「あ、ありがとー!」


  夏子を残し、リビングに向かった。


 

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