第13話 鬱な彼女に良く効く薬は友情

 「今日は楽しかったわ」

 「うん!私も!」


  上からエリカ、ふぅ。

  彼女らは夕暮れの現在、電車の中で席に座り帰宅している途中である。

  昼の食事をとった二人はお互いまだ小学生である為、早めに帰ろうと思った次第だった。

  寄り道して飲食店の隣に儲けられたクマのぬいぐるみフェアに目を奪われ、二人は三十分ほど屯っていたのだが...。


  電車に乗っている彼女らはお互い、エリカは白色のクマのぬいぐるみを、ふぅはピンク色のクマのぬいぐるみを抱いていた。

  クマのぬいぐるみフェアを巡っていた二人は記念に...とお互い選び合って購入したのだ。


  可愛らしいクマのぬいぐるみは、二人の思い出の品で、最後に相応しい思い出の品となるだろう...。


 「...今日は疲れたね...」


  電車がガタンゴトンと揺れる。エリカはクマのぬいぐるみを抱きながら、ふぅの手を握っていた。


 「...うん。でも楽しかった...」


  ぬいぐるみに、服の入った紙袋、そして彼女の手を握り返しているふぅは、揺れる電車の振動を体に伝わらせながら顔を俯(うつむ)く。


 「...横須賀ってどういう所なの?」

 「私、良く分からない。行った事が無くて...」

 「そうなんだ...いい所だといいね...」

 「うん......」


  お互い、沈黙する。電車の振動音が響き渡る。


 「...いつ...何時行くの?」

 「...来週の金曜日...土日は引越しのお片付けがあるの...」

 「...大変だね...ごめんね...私...弱くて」


  彼女はふぅの手をぎゅっと強く握る。


 「ッッ!!そんな事無いよ!...私がどれだけ助けられたかッッ!!」

 「...そう...なんだ。そう思ってくれるなら嬉しい...かな...」

 「そうだよ!」


  思わずふぅの声を荒らげてしまい、周りの人らが此方(こちら)に注目を浴びる。

  目の前に座っていた太ったおばちゃん二人に気付き、エリカはおばちゃんズに目を向けるが、おばちゃんズはさっと、わざとらしく逸らし、世間話を再開していた。

  エリカはふぅの方へそっと近寄り、


 「...ごめんね」


  と、抱き寄せる。


 「ちょっと、電車の中!」


  ふぅは恥ずかしく顔を真っ赤にして、エリカを離す。


 「あ...ごめん」


  申し訳なさそうにエリカはふぅに顔を背ける。


 「...そんなに謝られたって私...どうしたらいいか分かんないよ...。エリカちゃんは言ったよね?電車を使ったらいつでも会えるって。だからね?私は寂しくないよ。だって...」


  ふぅはクマのぬいぐるみを強く抱き締め、


 「エリカちゃんは私のナイト様だから...ずっと守ってくれた大切な人だから......心配かけさせたくないの...これからは私、強く生きなきゃって決めたの」


  ふぅはエリカを見つめる。

  エリカは背けていた顔を、彼女の方へ向いて、彼女の真摯(しんし)な、綺麗な目を見つめる。


 「何時までもエリカちゃんに頼ってばかりだったから...これからここを離れたら、何時も助けてくれたナイト様はいない...だからね...」


 「ふぅちゃん...」


  東柏崎駅ー東柏崎駅ー。


  目的地に着いたようだ。

  二人は黙り込んで自分の荷物をせっせと持ち、電車を降りる。

  二人はクマのぬいぐるみを大切そうに抱えていた。


  「...」

  「...」


  駅のホームにて、彼女らは静かに立っていた。


 「また明日、会える?」

 「ふぅちゃんが良いなら...」

 「...今日はありがとう...」

 「うん...また明日...」

 「...また明日ね...」


  お互い駅のホームから散らばって別れた。



 「...はぁ...エリカちゃん...」


  一人で歩くふぅ。幼馴染の名前を口ずさみながら考え事をしていた。


 「...私、もっと強かったら、こんな事にならなかったのかな...もう良くわかんないよ...」


  彼女は自分が虐められていた時の自分を想像して、彼女らに言い返す事が出来たら、黙ってずっと静かに学生生活を送っていたら...そういった想像をしていた。

  勿論もう終わった事、結果は変わらずに自分は病んで不登校になっていたのかもしれないし、もしかしたらエリカと共に明るい学生生活を送り続ける事が出来たのかもしれない。

  しかしそれらは想像に過ぎない。

  それらを妄想する度、自分の無力差に吐き気がする。

  ...

  ...

  ...


  彼女に過ぎった言葉...



  自殺



  ...

  ...

  ...


  自分が自傷行為をしていた事を彼女は怒ってくれたっけな...

  もし私が死んじゃったら...どうなるのかな...?


  彼女は正気を失いかけていた。


 おーーい!!


  誰かが走ってくる。


 おーーーーい!!


  女の子の声だ。


 おーーーーーーい!!


  なんでッ


 おーーーーーーーーい!!


 なんでッなんでッ!!


 おーーーーーーーーーーーい!!


 なんでッいつも私の事を


 おーーーい!!ふぅちゃぁーーん!


 気にかけてくれるの...?


 「急に立ち止まってずっと俯(うつむ)いていたから心配できちゃった...一緒に帰ろ?」


 エリカはふぅに手を差し伸べる。

 ふぅは自分の弱さに嫌気がさしたのか


 「なんでいつも助けてくれるの!!私なんて居なくても変わらないのに!!」


 ふぅは涙を零し、訴えかける。

 エリカは黙って近づき、頬を叩いた。


 パチン!!!


 「ッッ!!」


 「そんなこと言わないで!私の気も知らないで!!!」


  ふぅは生まれて初めて叩かれた。

  しかも幼馴染に叩かれ、痛みが来るより先に放心状態に陥った。


 「...エリカちゃん...」

 「好きな子に気にかけて何が悪いの!自分の妹の様に接してきた私はッッ本当の家族の様に思っていたの!!」

 「エリカちゃん...ごめ...」

 「大体いつも弱虫で!!自分の意見ははっきり言えなくて!!言い返すことできたこと!無かったじゃない!」

 「うっ」


  ふぅは泣きそうになった。


 「一体何がしたかったのか分からない時だって沢山あったでしょ!!そんなの子供だもん!!当たり前だよ!!私だって自分の意見を言えてたら助けられた!弱虫じゃなかったら!!強かったら!!あいつらだってぼこぼこに出来た!!」

 「っそんな...ことは...」

 「あるよ!!私は今言った事が、今ふぅを苦しめていた事でしょ!!でも!!!ふぅの良い所は今言った事なんか少ないよ!とっても...とぉーっても!!あるよ!!」

 

  エリカは涙を零しながらふぅの肩を掴む。

  その真剣さにふぅは目を見開いて彼女の目を見つめる。


 「思いやりがある所、可愛い所、服のセンスが良い所、必ずお礼を言える所、箸の持ち方が綺麗な所、美味しそうに食べる所、フルーツが好きな所、努力が出来る所、誰でも困ったら助けてあげる所、優しい所、料理が上手い所、お菓子作りが上手い所、人に教えてあげるのが上手い所、いい匂いがする所、お掃除が得意な所、動物が大好きな所、綺麗好きな所」


 「エリカ...ちゃん...」


  エリカは弾丸のように言葉を彼女にぶつける。


 「いっぱいあるのに、どうしてそんな事言うのよ!!恩知らず!!」


  エリカは大粒の涙を流しながらふぅの体を強く押した。

  ふぅは地面に倒れ込んでしまい、持ち物が散乱した。


 「エリカちゃん...ごめん...なさい...」

 「なんでそこで謝るの!!なんで私に謝るのよ!!」

 「そ......」


  ふぅは言葉に詰まった。


 「私はふぅが居なくなったら...自殺するよ!」

 「えっ!?なんで...」


  「それほどまであんたの事が大切なんだよ!!!!!」


  エリカは人生で一番大きな声を出した。

  その、耳を劈(つんざ)く様な、エリカの言葉はふぅの心を揺さぶり始めた。


 「...ありがとう...エリカちゃん...本当に...私を助けてくれて...ありがとう...ありがとう.........」


  ふぅは地面に倒れたまま、顔をエリカに向けて、涙を流しながら表情筋がめちゃくちゃになるまで泣く。


  エリカは近づいて優しく彼女を介抱する。


 「そう。私が聞きたいのは消えてなくなりたいとか、居なくなりたいなんて言葉じゃなくて、ありがとうが聞きたかったの...。だって私、ふぅちゃんが居なくなっちゃったら"ありがとう"が言えないじゃん。ふぅちゃんは私が沢山助けてくれたって言ってくれたけど、私は沢山助けられた...だからね。大切な、かけがえのないふぅちゃんが消えたら、私...どうしたらいいかわかん無くなっちゃうよ...」


  エリカは涙を零し、微笑みながら、ふぅに優しく抱きしめた。

  ふぅは、エリカと正面で強く抱き着き、沢山泣く。

  自分の愚かさと彼女の気持ちが混ざりあって、泣き喚く。

  エリカは彼女を受け入れて、ずっと背中を叩いて上げる。


  ふぅが落ち着いたのは十数分後、お互い顔を見合わせていた。


 「落ち着いた?」

 「うん...」

 「さぁ立って!早く帰らないと。まだ明るいけどね」

 「そうだね...エリカちゃん」

 「ん?どうしたの?」

 「私の友達で居てくれてありがとう...」

 「うん!どういたしまして!ほら!」


  エリカは彼女に手を差し伸べ、彼女はそれに応じる。


 「よいしょ!あーごめんね。クマのぬいぐるみ、汚れちゃったね」


  エリカは、彼女のクマのぬいぐるみを拾い上げて、砂を払う。

  そして自分のクマのぬいぐるみと交換し、彼女にそれを渡した。


 「え?洗えば大丈夫なのに...」

 「交換しよ。このクマのぬいぐるみ選ぶ時、自分の髪の色で選んだでしょ!。

 私の銀髪の白、ふぅちゃんのピンク髪のピンク!その白色のクマのぬいぐるみ、私だと思って持っていてほしい」


  そういって彼女は、少し汚くなってしまったピンクのクマのぬいぐるみを彼女に見せた。


 「可愛いでしょ!なんてたって私の大切な人が選んだクマのぬいぐるみだからね!」


  ふぅはエリカに渡された、新品の白色のクマのぬいぐるみを手に取って、微笑む。


 「たくさんありがとう...幸せだよ...」


  ふぅの言葉にエリカは微笑んで


 「早く帰ろ!送っていくからさ!」


  といって、彼女の腕を掴んで、走り出す。


  明るい太陽をめがけて...

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